34 想いと言葉
程なくして、小学校の向かいにあるバス停に着いた。和馬、花山さんと一緒なのはここまでだ。
「花山さん。あの写真の女子について聞きたいんだけど。今度、時間のある時に教えてほしい」
「んー」
花山さんは自らの顎に人差し指を当て、考える様子を見せた。
「色々引っ掻き回しちゃったから、お詫びに教えてもいいんだけど……」
花山さんの視線が移動する。一瞬、柚佳の顔色を窺うように。その考えを薄々察する。先回りして言っておく。
「もちろん柚佳も一緒の時に」
左隣にいる柚佳が……驚いたのか、勢いよくこっちを見た。
花山さんと二人きりになったりして、また柚佳が篤と帰るなんて事になったら堪ったもんじゃない。それに、柚佳を心配させたくない。
「俺も俺も!」
和馬が明るく話に割り込んでくる。
「絶対そう言うと思ったよ」
半ば呆れて笑う。「はー」という、花山さんの溜め息が聞こえる。
「分かったわ。じゃあ話は明日ね。私も彼女について、あまり詳しくはないんだけど」
明日は土曜日。第三土曜日なので半日授業がある。毎月第一・第三土曜日は学校が半日で終わり、第二・第四土曜日は休みになっている。
「……あっ、雨」
柚佳が空を見上げている。ぽつぽつと降り始めた雨に、和馬が慌て出す。
「わっ? 俺、傘持って来てない! 歩きで帰ろうと思ってたのに!」
マジか。和馬の家は学校の近く。山の上の方にあるそこまで、歩きで上るのは結構疲れると思う。しかも傘もなく雨の中は辛いだろうな。
ここはひとっ走り家に帰って、傘を持って来てやろうかと考えていたら。鞄をゴソゴソしていた花山さんが和馬に何かを差し出している。
「っ……ありがと」
和馬がお礼を言いながら両手で受け取ったのは……折り畳み傘のようだ。開かれた傘はピンクに近い薄紫色で、桜の花模様が入っている。何となく、花山さんのイメージに合っていると思う。傘を見上げた和馬が目を輝かせて一言述べた。
「家宝にします」
「あげないからね。貸すだけだから。明日返してね!」
透かさず、花山さんがツッコミを入れている。和馬を睨んでいた彼女は表情を和らげ、オレと柚佳の方を向いた。
「私はバスを降りたら家近いし大丈夫。柚佳ちゃんと沼田君は?」
「歩いて十分くらいかな。オレたちも雨が弱いうちに帰るよ。行こう柚佳」
「う、うん。またね美南ちゃん、柳城君」
「うん、二人ともまた明日ね!」
「じゃーなっ!」
手を振る二人に、オレたちも振り返す。バス停を後にした。
大通りの歩道を急いでいる。後方の柚佳に声をかけられた。
「海里、ゆっくり行こう?」
振り返って見る。彼女は手にした傘を開いているところだった。
「私も折り畳み傘、持ってたんだ」
黄色とオレンジのチェックに向日葵柄の傘で、明るい色合いが彼女に似合っていて可愛い。
「えっと……入って?」
促したのは柚佳なのに。何故か恥ずかしそうに目を逸らされる。
差し出された傘に入り、彼女の手から傘の柄を取り上げる。
「オレが持つよ」
オレの方が身長が高いから、柚佳が傘を支え持つのは負担が大きい筈だ。
「ありがとう」
嬉しそうにお礼を言われた。目が合うけど、また逸らされた。何だ、この可愛い生き物は。
「何? もしかして相合傘なのを、恥ずかしがってんの? キスまでしてる仲なのに」
意地悪くハッキリと言ってやる。相手は息を呑むように顔を上げた後、眉尻を下げて俯いている。
「うん。何だか夢みたいで。海里の彼女になれたのが、嬉し過ぎて。ごめんね。私だけ浮かれてて」
ついさっきまで柚佳のオレに対する「好き」より、オレの柚佳への「想い」の方が重いのではと考えて悶々としていたけど。案外、相手も同じような事を考えていたりして。そんな風に思えて、笑った。
「オレも浮かれてるよ?」
溢れ出しそうな想いを、全部伝えきれないのは分かっていたから……今は。
その一端を、言葉に乗せる。
追記2024.5.19
「ちら、と柚佳の顔色を窺うように視線を移動させている花山さん。その考えを薄々察して先回りして言っておく」を「花山さんの視線が移動した。一瞬、柚佳の顔色を窺うように。その考えを薄々察した。先回りして言っておく」に修正、「和馬」を削除、「和馬が」、「述べた」を追加しました。
追記2025.11.3
「した」を「する」、「察した」を「察する」、「見上げた」を「見た」、「ついた」を「ついている」、「慌てている」を「慌て出す」、「た柄だ」を「ている」、「思った」を「思う」、「と」を「。」、「入って」を「入り、」、「された」を「される」、「息を呑むように顔を上げた柚佳は眉尻を下げて俯いた」を「相手は息を呑むように顔を上げた後、眉尻を下げて俯いている」に修正、「、」(十三カ所)「。」「と」を追加、改行を調整しました。
追記2025.11.4
「驚いたようにこちらを見た」を「驚いたのか、勢いよくこっちを見た」、「と、花山さんが溜め息をついている」を「という、花山さんの溜め息が聞こえる」、「笑った」を「笑う」、「、」を「。」(二カ所)、「和馬がお礼を言いながら両手でそれを受け取っている」を「和馬がお礼を言いながら両手で受け取ったのは……」、「こちらを向いた」を「オレと柚佳の方を向く」、「返して、」を「返す。」、「と、」を「。」、「溢れ出しそうな想いを全部伝えきれないのは分かっていたから、今はその一端を言葉に乗せた」を「溢れ出しそうな想いを、全部伝えきれないのは分かっていたから……今は。その一端を、言葉に乗せる」に修正、「、」(十カ所)「の」「を」改行とスペースを追加、「それを」を削除しました。




