転機
誰だ!?
そう思いながら勢いよく後ろを振り向くと、そこには自分の二倍ほど大きい男が立っていた
嘘だろ。さっき確認したときはこんな奴はいなかったぞ。いや、それよりも早く逃げないと!
そう考えながら全力で手を引き抜こうとするが、手はびくともしない。それどころか、空腹のせいでどんどん力が抜けていく
ぐぅ~
「…ついてこい」
そう言いながら男は俺の手を掴んだまま歩き出す
これは、無理だ
そう思った俺は大人しく男に手を引かれるまま歩いた
それからしばらく歩いて、俺たちは公園のベンチに座っていた
どういうつもりだ?俺を衛兵に突き出すつもりじゃなかったのか?
俺が男の顔を覗き込んでいると
「食え」
そう言いながら男が懐からリンゴを取り出し
「腹が減っているんだろ?」
俺に渡そうとしてくる
なっ!なんだと
「ふざけるな!」
そういいながら俺はその手を振り払った。当然、リンゴは手から転げ落ちて地面を転がる
すると、男は無言で立ち上がってリンゴを拾い
「食え」
そういいながら再び俺の前にリンゴを突き付けた
「なんのつもりだ!俺に同情してのつもりならやめろ!」
「腹が減っているんじゃないのか?だから、露店のリンゴを盗もうとしていたんじゃないのか?」
「それはそうだが、これは違う!だれかから施しを受けて生きるのは違う!」
「ほう、それじゃあ盗みはいいと?」
「それは…だが、これは違う!こんなのは違う!」
「俺を衛兵に突き出すなり自由にすればいい!だが、なんの対価もなしにそれを受け取ることはできない」
「…俺が対価を求めればいいのか?」
「ああ!といっても、俺に対価として払えるものなんてないがな」
「そうか、なら対価を払ってもらおうか」
「だから、俺には払えるものなんてないと」
「お前、俺の弟子になれ」
「……は?」
今なんて言った?俺の聞き間違いだよな?今、弟子になれって言ったのか?俺に対して?
「なぜ?」
「俺はお前が気に入った。だから俺の弟子になれ」
「おかしいだろ。俺は盗みを働こうとした人間だぞ。どこに気に入る要素があるんだよ」
「あと、ついでに言うなら俺はダイアモンドの冒険者なんだが、英雄になるためには弟子を最低でも一人取らなきゃいけないらしい。ちょうどいいからお前が俺の弟子になれ」
「そんなこと訊いてないんだが」
「それで、どうする?」
そう言いながら男は俺の目を真っ直ぐに見つめてくる
「…弟子になったとして、俺に何かメリットはあるのか?」
「リンゴ一個と、人生をより豊かに生きる術を学べる」
「……」
どうする?この、言葉、信じていいのか?あとで何かやらされるんじゃないのか?
そんな風にウダウダ考えていると
ぐぅ〜
大きな腹の音がなる
「はぁ〜寄越せ」
そう言いながら俺は目の前のリンゴを乱暴に奪い取り、齧り付く
「俺の弟子になったからにはまず身体作りからだ。腹いっぱい食ってそのガリガリの身体をどうにかするぞ」
「それはいいけどよ。どうせならリンゴよりも美味いもんで腹一杯にさせてくれよ?」
「なんだ?リンゴ、美味くなかったのか?」
「水の味しかしねぇよ。クソまずい」
「ははは、確かにな。俺もそれ嫌いだぜ。たっく、しかたねぇなぁ。ついてこい」