#6 部活動見学
入学してから4日ほどが経った放課後、様々な部活の勧誘や体験入部が始まった。
1年生の教室があるフロアや校門前では、勧誘をしている先輩たちの声が飛び交っている。
「ねね! 皆でどんな部活があるか、見て回らない?」
「それいいね!」
皆で一緒に部活を見学しようと提案したのは楓花だ。
俺は元々高校では部活に入るつもりはなかったが、澪があまりにも乗り気なため、とりあえず見に行くことにした。
「俺は生徒会に入りたいからパス」
「うん、知ってる。こんな真面目でおバカさんな樹は放っておいて、3人で行こー」
「お前の方がバカだろうが!」
そんな樹の叫びを無視して、スタスタと階段に向かって歩いていく楓花。
対して樹は「なんなんだ、アイツは」と呟いて、楓花とは逆方向に歩いていった。
「いつもあんな感じなのか? 2人って」
階段を下りながらずっと気になっていたことを聞いてみると、楓花は「うん」とこちらを向かずに頷いた。
「結構前からこんな感じだけど、私はこの関係、あまり嫌じゃないんだよね」
「……え?」
「樹がどう思ってるかは知らないけど、私はバカバカ言い合えて楽しいし、樹の前ではいつでも素でいられるから気が楽だしさ」
なるほど……
確かに楓花の言う通り、2人は話している時はお互いに素でいられているだろう。
それは傍から見ても明らかだ。
少し羨ましいような、羨ましくないような……
「ま、そんなことは置いといて、部活の見学しよー!」
部活動見学をできる期間は割と長めに取られているため、1日に2つ部活を見学したとしても全部活を見学することができる。
しかし、早めに決めたいという楓花の要望により、俺たちは今日だけで興味のある部活を全て回ることになった。
現在ここにいる3人は全員、入るとしても運動部となったため、文化系の部活は見学しないことに決める。
話し合いの結果、バスケットボール部→バドミントン部→バレーボール部→テニス部→陸上部の順で見学をすることになり、順々に部活を見学していったのだが……
「ダメだー! どの部活も楽しめそうにないー! 絶対練習とかキツそうだし!」
「楓花ちゃん! 諦めるにはまだ早いよ! 陸上部見学してないし」
この高校で部活を楽しもうと思って、運動部に入部する人はほとんどいないだろう。
ここは偏差値的に見てもかなり上位の高校だが、スポーツ推薦で合格した人の数が割と多いため、どの運動部も県大会出場以上の実力を持ち合わせている。
そのため、初心者として入部したとしても、練習が始まってから1ヶ月もせずに、練習に耐え切れず退部する人がほとんどらしい。
「よし! 陸上部見に行こう!」
「うん!」
テニスコートから少し離れた場所にある陸上競技用トラックに着くと、そこには懐かしい風景が広がっていた。
短距離専門の人たちがクラウチングスタートをしていて、長距離専門の人たちは永遠に続くインターバル。
走幅跳や走高跳なんかの練習も奥でやっている。
「懐かしいな……」
ここで朗報。
なんと俺、中学の頃は陸上部だったのです。
いやー、驚きですよねー!
だって、見た目からして足遅そうですもん!
そんな自虐ネタを心の中で披露していると、短距離の練習をしていた女子がこちらに駆け寄ってきた。
それに気づいた澪と楓花は、「え、私たち何かした!?」などと言って、おどおどしている。
しかし、俺は駆け寄ってくる女子に見覚えがあった。
「お! やっぱり拓じゃん!」
「お久しぶりです。茜先輩」
駆け寄ってきた女子の名前は、皆実茜。
走る時に邪魔にならないようにショートヘアにした栗色の髪、そして髪色に合った綺麗な眼。
さらに運動部では稀な華奢な体型であり、中学の頃は学校中の男子を虜にしていた陸上部の先輩だ。
「たっくん知り合い!?」
「うん、この人は中学の頃お世話になった先輩だ」
「嘘……モデルみたい……」
俺が茜先輩について説明していると、茜先輩はいたずらっぽい表情でこちらをまじまじと見ていた。
なぜだろう。すごく嫌な予感がする。
「えっと、どうしたんですか……?」
「いや〜、拓が知らないうちに両手に花になってるとは思わなくってさ」
1年振りに会ったばかりなのに、急に何を言い出すんだこの先輩は!
「「花だなんて……えへへ」」
コラそこの2人! 何喜んでるんだ!
それに楓花は樹がいるだろうが!!
「まぁ、そんなことは置いといて、拓は陸上続けるでしょ?」
「一応、高校ではどの部活にも入る予定はないですけど……」
「はぁぁぁあああ!?」
俺の返事を聞いた茜先輩は、突拍子もない声をあげて去っていった。
しばらくして、奥で練習していた先輩たちを数名こちらに連れてきた。
「おい拓也! 陸上をやめるってのは本当か!」
「お前ほどの‴逸材‴がどうして辞めることになった!」
茜先輩が連れてきたのは、全員中学が同じで、陸上部に所属していた先輩だ。
「えっと……たっくんって中学の時、陸上部だったの?」
「まぁ、一応」
「すご! じゃあ足速いんだ!」
「いや、全然?」
そう答えると、しばらく沈黙が続いた(……なんで?)。
俺何か変なこと言った……?
「も〜、拓ったらご謙遜しちゃって〜。あんた関東大会の出場経験あるくせに〜」
「「……え!? 関東大会!?」」
「出場しただけじゃないですか。予選落ちしましたし、大したことないですよ」
「それでも十分すごいよ! それなら辞めるの勿体ない!」
「でも……」
澪や楓花、それに先輩方もすごいと言ってくれているが、自分の中では納得のいく結果なんて一度も出せていない。
そのため、引退当時は高校でもちゃんとした指導者のいるところで、陸上を続けようと思っていた。
実のところ、今も続けたいとは少し思っている。
でも、澪と折角10年経った今会えたのに、部活のせいで全く一緒に過ごすことができないと思うと、どうしても悩んでしまうのだ。
「拓ほどの逸材を手放すのは勿体ないし、毎日練習に参加しなくてもいいから入ってくれないかな。先生には私たちから言っておくから」
そう言って手を合わせながら懇願する茜先輩。
そんなの顧問の先生が許してくれるわけないだろうに。強豪校なんだから、絶対怖い先生だろうし。
すると、そんな俺の心を読んだかのように茜先輩は喋り続けた。
「あ、心配しなくても大丈夫だよ。うちの顧問、優しいし適当な人だから」
まじすか……
そんなこんなで、俺は陸上部に半強制的に入部させられたのだった。