#1 朝の散歩中に見かける美少女
「たっくん! ちょっと待ってよ〜!」
「早くしないと置いてっちゃうぞー!」
……あれ? こいつって、もしかして……
「待って! って言ってるじゃん。たっくんのバカ……意地悪……」
「うるさいなー、バカって言う方がバカなんだよ。バーカバーカ」
「酷い、なんでそういうこと言うの……もう嫌い……」
幼い頃の俺……?
そうだ、これは確か5歳の頃の俺だ。
よくこの女の子と一緒に遊んでたんだよな、懐かしい。
でもこいつはこの後……
「たっくん、ごめんね。私、お父さんの転勤で引っ越すことになったの。もう会えないかもしれないけど、もし再会出来たら、その時はまた仲良くしてね」
「ねぇ、待ってよ……行かないでよ。もう会えないなんて、嫌だよ……」
※※※
「ハッ! こんな夢、どうしてまた……」
久しぶりに見たな、この夢。何年ぶりだろう。
確かあいつが引越してすぐの時は、ずっとこんな夢見てたな……。
「拓也〜! 起きなさ〜い!」
「うるせーなー、もう起きてるっつーの」
折角あの頃の記憶に浸っていたのに、気分を台無しにしやがって。
「……はぁ」
話を戻すが、俺には幼い頃によく遊んでいた女の子、いわゆる幼馴染がいる。
今でも名前は覚えているが、どんな顔だったかは全く覚えていない。
「確か名前は……新垣澪」
姓が変わっていない限り、この名前で間違いないだろう。
この先再会するとは限らないが、もし再会するならまた幼い頃みたいに、たくさん話して、たくさん遊びたい。
そんな気持ちが俺の中にはあるため、10年経った今ですらこの名前をしっかりと覚えている。
「あの頃に戻りたいなぁ……」
「あんたは朝っぱらから何ふざけたこと言ってんだい。ほら、早く朝ご飯食べな」
「へいへい」
はぁ、もう早く食べて朝の散歩しよ。
朝の散歩は、高校受験が終わってからのモーニングルーティンとなっていて、毎日のように朝ごはんを食べた後、家から少し離れた公園を1時間ほど散歩している。
この公園には大きな池があり、とても空気が美味しく、気分転換をするには打って付けの場所だ。
そのため、リフレッシュしたい時や何か嫌なことがあった時には、朝の散歩以外にも来ることが多い。
「ふー、やっと着いた」
この公園に行くには、家から30分ほど自転車をこがなければならないため、少々面倒くさいが、それは仕方がないと割り切っている。
だって、ここに来ると落ち着けるし。
「んーーーーーー!」
俺は大きな池を目の前に、自転車を止めて、手を伸ばし、大きく背伸びした。
これも毎日のモーニングルーティーンの1つだ。
背伸びを終えると、池の向こう側に水色のスポーツウェアを着ている1人の女の子が、ランニングをしているのが目に入った。
その女の子は、長い黒髪を揺らしながら、池を回ってだんだんと俺の方に近づいてくる。
「俺も毎日ここに来てるけど、あの子も毎日ここでランニングしてるんだよな」
素直にすごいと思う。俺だったら絶対無理だし。
しかも容姿端麗で、スタイルもいい美少女であり、俺には縁もゆかりもないであろうタイプの女の子だ。
「やっぱり、あんな美少女は見ているだけでいいのかもな」
本当はお近付きになりたいが、絶対に無理だろうし。
お近付きになれるなら、今すぐ土下座してでもお願いしたいところだ。
そんなことを思いながら、近づいてきた美少女に目を向けると、綺麗な瑠璃色の目と一瞬だけ目が合った。
が、そんなことは気にもせず、その美少女はサッと通り過ぎていった。
「やっぱりお近付きにはなれないよなー」
うん、知ってた、知ってたけどね……
はぁ…………と心の中で深くため息をつきながら、渋々家に帰るのを決めた。
明日は高校の入学式だが、入学前に特別しなければならない課題もないため、家に帰ってからはずっとテレビゲームで遊んでいる。
この作品は、国内で最も人気を有しているアクションゲームで、こちらも朝の散歩同様、受験が終わってからずっとやっている。
今日は体内時間では、もう6時間くらいはこのゲームをプレイしているだろう。
「お兄ちゃん、いつまでそのゲームやってるの。もう寝ないと明日起きれないよ」
「大丈夫だよ。千紗、お前も明日朝練あるんだろ? 早く寝ないと起きれないぞ」
「はいはい、じゃ、おやすみー」
妹である千紗は、このように毎日寝る前に俺の部屋にノックもせず、無断で入ってくるのだ。
千紗が部屋を出て行った直後、毎回のように思う。
「こいつ、本当に何がしたいんだ?」
ま、まさか……! 俺のことが好き、なのか? (俺たちは血の繋がった実の兄妹だから、お前の気持ちに応えることは……)
……さすがにないよな。何意味の分からないこと考えてんだよ、俺。
「疲れてるのかもな」
変なことは考えずに、寝て何もかも忘れてしまおうと思い、不服だが、千紗の言う通り颯爽とベッドに潜り、目を閉じた。
※※※
入学式当日。
新しい紺色の制服に袖を通し、赤いネクタイを結んで、元々用意していた鞄を持って高校に向かう。
家から近いため、自転車を使って登校することに決めた。
登校前にあの公園で朝の散歩をすることもあって、徒歩だと不便に違いないし、自転車通学になるのは必然だろう。
今日は入学式だから、さすがに行けないけど。
自転車を走らせて、10分もせずに高校に到着すると、校門を通過してすぐの場所に人集りが出来ているのが分かった。
クラスの表が掲示板に掲示されているらしい。
「待ちに待った高校生活、絶対に充実させてやる!」
そう意気込んでいたのは束の間、自分のクラスを確認してクラスに入ったのはいいが、知ってる人が1人もいないことに気がついた。
「あ、コミュ障の俺には最悪なパターンだわ……」
さすがに知っている人が1人や2人はいるかと思ったが、どうやら1人もいなかったみたいだ。
「詰んだ……絶対詰んだわ、これ」
俺が1人で自席で落胆している中、前で話していた男子3人組の会話が、嫌でも耳に聞こえてくる。
「なぁ、あの子めっちゃ可愛くね?」
「それな! あんな可愛い子見たことねぇよ!」
「あの子と同じクラスとか最高だわー」
可愛い子?
思わず反射的に前の3人が視線を送っている方向を見てみると、そこには、よく朝の散歩中に見かける美少女が座っていた。
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