読書会大作戦編-8
幸子のカフェは水曜日が定休日だった。この日に栗子は石田書店の店長に連絡をとり、あの企画書も郵送し、会えるよう調整してもらった。15時に幸子も含めて三人で会える事になった。電話口の店長の声はそう乗り気でもなかったので、少し不安ではあった。この日までの栗子はしゃかりきに原稿をすすめた。
イベントは出来そうな感じで前向きに進んでいるが、原稿が疎かになっては困ると亜弓の監視が厳しくなってきた。コージーミステリの担当者でもある常盤も毎日原稿やプロットの進捗を聞いてきて、意外と気が抜けない状況だった。
とはいえ、好きなコージーミステリを書きながらの少女小説執筆は以前ほどメンタルがキツくならず順調に進んでいった。途中ではあったが亜弓に原稿を見せると、ヒーローであり牧師が格好いいと絶賛。どうやらまだ三上牧師について片想いしているようだったが、こう褒められるとやる気が出るものだ。
あと栗子は新しくブログも開設した。主に仕事の告知や飼い猫のルカの写真や動画をあげるだけだが、せっかくコージーミステリを書けるのだから真面目にネットでも宣伝しようと思った。
ブログには熱狂的な少女小説ファンから「コージーミステリを書かないで」とコメントが何件か寄せられたが仕方がない。そんなコメントがつくのは想定内だったし、だからといってコージーミステリについてが譲れない。こんな事でへこたれるわけにはいかない。幸いな事にルカの動画や写真の評判はよく、猫好きからのコメントに癒されているうちに少女小説ファンからのコメントはだんだん減ってきた。
そして水曜日がやってきて昼過ぎ、栗子は幸子にメイクをしっかりする様に頼んだ。
「何でですか? いつもはあんまり塗らないんだけど」
「効果あるかわからないけど、石田書店の店長は40代ぐらいのおじさんなのよ。幸子さんの顔みて舞い上がって色々良くしてくれるかも」
「そんな事ありますかねぇ」
幸子は半信半疑だったが、桃果と二人がかりで幸子の瞼や頬の色々と塗ってみた。
「あら、幸子さん!いつも以上に綺麗だわ」
ばっちりとメイクした幸子をみて、桃果が声を上げり。
「そうですか?ちょっと顔が立体的のなった感はありますけど」
「いえいえ、十分美人になったわ…」
さすがに嫉妬などはしないが、メイクをきちんとした幸子はちょっと女優のような華やかさがあった。香坂今日子にしたお色気大作戦というほどではないが、十分効果はありそうだった。
「じゃあ、シーちゃん達がんばってね!」
「わかった! 桃果もお留守番よろしくね。ルカの面倒も」
「桃果さん、色々ありがとうね。メイクも」
こうして桃果に見送られてメゾン・ヤモメを後にした。
石田書店は、駅からちょっと歩いたところにある。駅のそばのスーパーを抜け、教会の方をまっすぐ歩き数分。そばに中央図書館や公民館、花屋や楽器店などもあり、商店街と違って少々文化的な香りがする位置に石田書店があった。
さっそく入店すると、栗子の既刊がずらりと並ぶコーナーがある。地元の作家だと応援してくれているのだ。亜弓の前任の担当者や営業部の人と石田書店に伺い、サイン本やポップも置いてもらっている。マイナーな少女小説では珍しい事であり、栗子はただただ石田書店のこんな好意がありがたかった。
他のコーナーにも陽介の陰謀論本コーナーができていてちょっと気分は悪くなるが、他はメディアミックスや漫画本のコーナーは賑やかで見ているだけで楽しい。ちゃんと受験勉強用の参考書コーナーもあり町の小さな書店としては100点満点だと栗子は思う。栗子もネット書店などは使わずにこの町の書店で資料や仕事に必要な本は注文していた。
幸子も漫画コーナーやペット本や料理本を興味深々に見ている。ただ、時間帯にせいなのか自分達以外の客はなく、バイトの田端がレジで暇そうにしているのがきになった。いつもはもう少し客がいるものなのだが。
「田端さん、こんにちは」
声をかけると、田端は眠そうな目を見開いた。学生バイトらしく、栗子が前に営業に来た時からの顔見知りの若い女性だ。いかにも本好きそうな地味な感じの女性で栗子の本もよく褒めてくれるので良い印象しかない人物だが。
「こんにちは。栗子さん。カフェの幸子さんも」
「こんにちは。たまにうちのカフェにも本読みにきてくれてますよね?」
幸子はおっとりと優しそうに微笑んだ。
「ええ。フルーツタルトやチーズケーキが絶品ですよね」
田端に褒められて、幸子は恥ずかしそうに俯く。どうやらこの娘は褒め上手らしい。そういえば店内の田端が書いたポップは熱がこもり、よっぽどおススメである事も伝えわってくる。思わず栗子もいくつかポップをみて購入してしまうほどだった。確かに誰かに欠点やミスを探す事より、こんな風に良いところを褒めたり、褒められる方が良いなと栗子は思う。
「店長に御用ですよね?バックヤードにおりますから」
田端の案内されて幸子と共にバックヤードに入る。机やイス、ちょっとした事務作業ができるスペースがあった。もう一つのバッグヤードは在庫があるらしいが、さすがにそこまでは栗子達は入れない。以前ここに来たときもサイン本100冊書いた記憶があり、思い出すと手がヒリヒリしてくる。
石田店長は誰かと電話中だった。忙しい時にきてやっぱり迷惑だっただろうか。そんな事を栗子が考えていると、田端はお茶と羊羹を持ってきて机に置き、店の方に戻って行ってしまった。
「すみませんね、栗子先生」
ちょうど電話を切った石田店長も栗子達のいるテーブルに近づき着席そた。白髪頭でやせ柄の中年男性である。エプロン姿が板につき、いかにも書店員という雰囲気だ。人が良さそうで、少し栗子とも雰囲気がかぶる。もっとも石田店長は栗子と違って強烈な中身では無いだろうが。
幸子を見るとちょっと顔を赤らめていた。栗子の作戦はまずまず成功と言って良いだろう。
「いえいえ、こちらこそ忙しい時に悪かったです。お電話中だったのよね」
栗子は軽く頭を下げると、石田店長は渋い顔を見せた。
「え? 何か、問題でもあったんですか?」
幸子が優しく言うと、店長は少し泣きそうな顔を見せていた。
「実は私の店は嫌がらせされてるんです。さっきの電話もいたずら電話で、何度もかかってきたんです」
「嫌がらせ?」
栗子と幸子は顔を見合わせる。幸子も他人事ではない。数日前に店にチラシを貼られ、落書きもされた。
「犯人に心当たりはありますか?私の店もやられたんですよ」
幸子はちょっと泣きそうな顔で言う。
「ちょっと言いにくいんですが船木陽介さんのワクチンの本を大々的においてから、嫌がらせが…」
栗子は深いため息をついた。やっぱりあの男が要因のようだ。全くろくな事をしない。
「おそらく犯人は疫病に怖がってる人ね」
その推理は栗子でなくても誰でも予想がつく事だ。
「そうでしょうね。みんな疫病に怖がってるいるんでしょうね。だから、そうそう犯人を警察に訴える気分にもなれなくて」
「お気持ちはわかるわ。私だってお客さんだったかもしれない人を訴える気分にはとてもなれない」
優しい幸子の言葉に石田店長は深いうなずいている。やっぱりこの人は見かけ通りのお人好しのようだ。栗子はそんな二人にちょっと疑問を感じながら羊羹を食べる。ねっとりとした甘味が口にひろがる。少し濃いめの緑茶とピッタリの味だ。
「ちょ、ちょっとお二人さん。そんなお人好しの事言っていていいの? 石田店長もその嫌がらせでお客さん減ってるんじゃないの?」
図星のようで、石田店長は顔を曇らせた。お人好しなのは良いが、こうしてやられっぱなしでいる事は良いわけが無い。
栗子は羊の良さそうな皮をチラチラと剥がしながら、イベントの企画書を熱っぽくプレゼンした。
石田店長は栗子の話を聞きながらだんだんやる気になってきたようだ。
「実は人気作家の青村夕子先生やイラストレーターの榊原空美子先生も一緒にイベントやりたいって言ってるのよ」
「本当ですか? 青村先生の本はうちのライトノベルコーナーで一位の売り上げですよ!」
夕子の話題を出すと、石田店長はちょっと興奮そてきたようだ。この様子ではイベントに協力してくれるだろうか。栗子と幸子は、カフェで読書会をする事、できればサイン会もしたい事、ここで本を買った人はドリンクが割引にまる事なども詳細も話す。
「カフェでサイン会するのは難しいですかね?」
「うーん、でもうちの本をカフェに持っていけば…」
「お願いしますよ、石田店長」
幸子がちょっと上目遣いの店長を見ると、彼は顔を真っ赤にした。
「わかりました! なんとかしましょう!」
「わーい、嬉しい!」
栗子は子供のような笑顔を見せて、幸子と一緒に喜んだ。こうして栗子が立てたイベントの企画が決まった。
もともとは幸子のために始めた事だが、こうして順調に進んでいくととても嬉しい。嫌がらせされた事は悔しいが泣き寝入りなどしない。耐え忍んで幸せになれるのは、シンデレラストーリーの少女小説のヒロインぐらのものだ。
現実は、こうやって色々動いて欲しいものは入手しなくては。栗子はそう思いながら、濃いめの緑茶を啜った。