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読書会大作戦編-6

 ちょうど亜弓が編集長とそんな話をしている時、栗子は阿部瑠町の駅に降りたっていた。火因町から電車で一駅の隣町である。


 火因町と違い、駅前はコンビニやスーパーばかりで商店街はない。新しくできた住宅街があるが、似たような家が立ち並びどこか画一的である。


 心なしか2月の風が冷たく感じた。


 栗子はこれから同じ少女小説家の青村夕子(あおむらゆうこ)と会う予定だった。メールを送ったらぜひ会いたいとの事だった。


 ただ、疫病も気になるし都心などで会う気分にもなれず、結局夕子の自宅で会う事になった。また変異株が出てきたようで感染者も増えているようで安心は出来ない。


 栗子の片手にはベーカリー・マツダの袋を持っている。夕子は辛いものが好きだと以前言っていたので、ベーカリー・マツダでカレーパンを買ってお土産に持っていく事にした。ベーカリー・マツダのカレーパンは衣がザクザクとしていて中身のカレーはスパイシー。店員の和水によると女性より男性の方に人気があると言うが、辛いもの好きの夕子なら気に入ってくれるだろう。ちょうど揚げたてが買えたので、袋もちょと温かい。


 夕子の家は、住宅街の一角にあった。どれも似たような二階建ての家だが、庭にはハーブがうえられていて少し特徴的ではあったが。


 チャイムを鳴らし、玄関から夕子が出てきた。


「栗子先生、久しぶり!」

「わぁ、夕子先生お久しぶりです」


 家から出てきた夕子は、栗子と同じ歳ぐらいの女性だった。栗子と違って背が高めで、長い髪の毛も頭のてっぺんで一つに纏めていた。少し疲れた様子で、目の下にはクマができていた。それに関しては、栗子も同じなので職業柄仕方ないのかもしれない。


「どうぞ、上がって」


 夕子に招かれ、家の客間に通される。家の中はきちんと片付けてあったが、花瓶などのインテリアもなく、独身女性の家にしてはちょっと寂しさも感じるほどだ。客間にも花瓶や絵画などもなく、ソファもグレーでなんとなく味気がない。無印用品の売り場に来てしまった気分だが、この方が落ち着く人が多いのかもしれない。フワフワとしたインテリアに囲まれた自分の部屋に方が、やっぱり浮世離れしているのかもしれないと栗子は思った。


「栗子先生は紅茶でいい? 前、先生が書いたティーショップを経営する伯爵令嬢の少女小説の紅茶描写がとっても美味しそうだったわね」

「おかまいなく。そんな小説も書いた事あったわねぇ」


 コージーミステリもかける事になってしまったので、自分で書いたものとはいえ、過去の少女小説はすっかり忘れていた。夕子に褒められても、あまり実感はない。


 しばし夕子は、客間から離れて紅茶を持って戻ってきた。


「いい香り。どこの紅茶?」

「リプトンだったかしら? まずくはないと良いけど」

「そういえば私もカレーパン持ってきたの。出来立てアツアツよ。一緒に食べない?」


 カレーパンと言うと夕子の目がキラリち光った。そういえば、ちょっと今日は表情が沈んでいるように見えた。何か悩みがあるのかもしれない。今日はイベントができるかどうかの交渉のために来たわけだが、話を聞いた方が良いかもしれない。


 二人でベーカリー・マツダの袋をあけ、まだほんのりと暖かいカレーパンを食べた。


 衣はサクっとしていて中身の刺激的なカレーが美味しい。具もごろっとしている。夕子は目尻を下げて、美味しそうに頬張っていた。


「このカレーパンすごく美味しいんだけど」

「そうでしょう。ああ、意外と無糖の紅茶とカレーパンが合うわね」


 栗子は紅茶を飲み、より笑顔になる。スパイシーなカレーパンと苦味がありスッキリとした無糖紅茶の相性も最高だった。


「どこのカレーパンなの? デパート?」

「そんなんじゃないわよ。うちの近所のベーカリー・マツダさんのパンよ。そうだ、夕子さんも今度一緒にカレーパン買いに行きましょうよ」


 そう栗子が言うと、なぜか夕子はポロポロと涙をこぼし始めた。


「え!? 私、なんか酷い事言った?」


 栗子はカバンの中からポケットティッシュを取り出して夕子に渡した。


「いいえ。最近ちょっとストレスがすごくって」

「何か困っているの?」


 夕子はティッシュで涙を拭きながら、ここ2年の事情を説明した。夕子のシンデレラストーリーである『幸せな私の花嫁』人気になった。それは良いのだが、アイディアが浮かばず、作品書く事自体にも飽きてしまっているという。簡単に言うとスランプらしい。栗子もたまにあるので気持ちはわかる。その上、ブログではアンチから毎日のように嫌がらせコメントが届き、ネット書店のレビューでも酷評が並んでいるという。


 すっかり自信がなくなっているそうだ。また、疫病の影響で上手くストレス発散ができず、自律神経失調症を発症。好きなアイドルのコンサーも続々と中止になったり、お気に入りの居酒屋が潰れたりしてメンタルもかなり参っている事を話した。


「こうして一日中家に閉じこもって夢みがちなシンデレラストーリー書いていると頭おかしくなりそう…」


 夕子の悩みは、同業者としてとてもよくわかるものだった。ウンウンと深く頷いてしまう。夕子は一人暮らしだしさらにしんどいだろうと思う。栗子はメゾン・ヤモメの自室で書いてるためか、そこまで追い込まれない。桃果や幸子に泣き言や愚痴を言ってもいいし、猫のルカと一緒に遊べば気が紛れる。仕事のことは亜弓に相談すればすぐに的確なアドバイスも貰える。夕子より栗子の作品は全く売れていないが、執筆環境はどう考えても栗子の方が恵まれていた。


 しかしこんな状況は逆にイベントを提案しやすい。チャンスであった。


「実はこんな事を計画しているんだけど」


 栗子はカバンから読書会の企画書を取り出して夕子に見せる。


「なにこれ、読書会…。サイン会も?」


 夕子は明らかにこの企画書に食いついていた。


「そこでお願い何だけれど、一緒にサイン会やってくれないかな。私はともかく夕子先生は今人気作家じゃない?お客さんもいっぱい来てくれると思うのよ」

「いいの?っていうか、私って人気作家なの?」

「そうよ。あなた、今の本はすごい人気じゃない。漫画化したのもいっぱいネット広告見たわよ」

「そうなの?私の本なんれアンチばっかりだと思ってたわ」


 それは認知が歪んでいるのかもしれない。引きこもっての執筆なのでしやがれ狭くなるのは仕方ないが、もったいないかもしれない。夕子には熱狂的なファンも多いのに。なおさらサイン会を開催してファンと触れ合った方が良いと思われた。


「まだ決定したわけじゃないけど、サイン会どう?」

 栗子はさらに前のめりで提案した。

「そうね。良いかもしれない。栗子先生とも一緒だし」

「やった! 決まりね!」


 夕子と栗子はカレーパンをもぐもぐと食べ尽くし、笑顔になった。


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