読書会大作戦編-5
「は? 栗子先生、こんな事考えているの…?」
上司である編集長の貝塚に栗子が作った読書会企画書を見せたら、予想通り呆れられた。
貝塚は50歳過ぎでベリーショートの髪型が印象的な女だ。典型的なキャリアウーマンであり、仕事も出来る。お荷物部署にいるのが謎の人物でもある。田辺と不倫し、その妻・文花にばれて移動になったという噂もあるが真意はわからない。もしその噂が本当なら、自分と全く同じ境遇なので同情しか無い。
「でも、サイン会かぁ。悪くないんじゃない?」
「そうですか?」
「まあ、この企画書によれば栗子さんが色々交渉やってくれるから悪くはないけど。問題は、この事で栗子先生が執筆遅れることよね」
もっともな指摘である。
ちょうどそこでお茶を運んでいた円香が、盛大にこけた。茶碗が割れ、お茶が床にぶちまけられた。
「ごめんなさい〜」
情け無い声を上げながら、床に溢れらお茶を吹いていた。全く本当に鈍臭い後輩である。貝塚や亜弓も割れた茶碗がを片付けるのを手伝う。
「サイン会するんですか?」
さっきの会話を聞いていたのか、円香は床を吹きながら尋ねる。
「ええ。まだ何も決まっていないけど、栗子先生がそうしたいの」
亜弓は円香に詳しく説明するにも無駄だと思い、そう言う事にしておいた。
「サイン会は絶対やった方がいいですよ。ほら、作家さんって一日中家にこもってストレス溜まるじゃないですか〜。しかも今は疫病でろくに出かけられないから、余計にストレス溜めているかも」
円香の指摘はもっともであった。亜弓は職業柄ネット小説もよく読む。平安時代の話のネット小説を読んでいたが、突然ヒロインが街中に出て大暴れするというトンデモなストーリーになっていた。基本的に引きこもりの平安時代の女性ではあり得ないストーリーになってしまっていた。
疫病に影響で長い自粛になっている。その作家もかなりストレスが溜まっていることが窺えた。実際後書きで、自粛で子供や旦那の世話の負担も多くなり、かなり愚痴っていた事を思い出す。
「夕子先生や榊原先生もきっとストレス溜まってますよ。サイン会のようなイベントするの良いと思います」
「そうね。佐藤さんの言う通りね。栗子さんは気が強いタイプだけど、夕子先生はそうでもないしなぁ」
円香に言われ、貝塚はイベントに乗り気になってきた。溢れたお茶や破れた茶碗を全部片付けた後、貝塚はイベントをする事に賛成する事を言った。ため息混じりに渋々という感じではあったが。
「でも、ちゃんと栗子先生原稿は書いて貰うのよ」
貝塚は念をおす。
「わかりました」
確かに原稿が疎かになったら本末転倒である。こうしてイベントの許可は降りたのだから、栗子にも原稿執筆を頑張ってもらわないと。コージーミステリの新作はともかく、少女小説のヤル気は落ちる可能性は十分ある。亜弓は引き続き気を引き締めた。