犯人逮捕大作戦編-6
栗子は、ずっと自室にこもって仕事をしていた。
コージーミステリの新作を直していると、どうしても自分ではわからない所があり、担当編集者であり常盤に電話をかけた。
「もしもし、常盤さん?」
「ああ、栗子先生」
常盤の声はちょっと焦っていた。
「どうしたの? 常盤さん」
「実は少女小説のフロアの方に誰も人がいなくて。こんな事今までになかったから、おかしいなって思ってるんですが」
「え? 本当に?」
貝塚は今のところ第一容疑者である。その知らせを聞いて、栗子は不安しか感じない。
「わかったわ」
「ちょ、くり…」
栗子はすぐに電話を切って、亜弓に電話をかける。しかしいくら電話をかけても出る事が無い。今日は確か阿部瑠町の農家に陽介と行っているはずだが、嫌な予感しか感じない。
栗子はいても立ってもいられず、カバンにICレコーダーとオペラグラスを放り込み、外に出た。
そうは言っても、阿部瑠町のどこに行けば良いのか全く見当もつかない。
かと言ってこのまま放ってわけにもいかない。おそらく亜弓は犯人である貝塚に捕まったのだと思う。コージーミステリでは、こういう時は決まって犯人に捕まる展開だ。間違いない。「コージーミステリを根拠の推理しないでくださいよー」という亜弓のツッコミを入れる声などは無く、栗子はとても寂しい思いにかられた。
単なる仕事先の相手でシェアハウスに一緒に住む同居人。それ以上の関係は無いのかもしれないと思ったが、栗子が思った以上に亜弓の事を頼りにしていたのかもしれない。思わず目頭が熱くなるような思いがする。昨日もあれだけ励ましてくれたのに。このまま一生亜弓に会えない事はどうしても嫌だった。
どこへ行ったらいいのか見当もつかないが、教会にいこうと思った。なぜかわからないが、悪魔の誘惑に打ち勝ったイエス様の事がふっと頭に浮かぶ。千尋だったら、何かわかるかもしれない。根拠はないが、そう思う。
「千尋さん!」
教会の前で箒で掃除をしていた千尋に声をかける。慌てた様子の栗子をみて、千尋は面食らっていた。
「どうしたんですか、栗子さん」
「亜弓さんがいないの」
栗子は手短に今の状況を千尋に説明した。
「本当ですか?」
「そうなのよ。何かあったんじゃないかって気が気じゃなくて」
「わかりました。一旦落ち着きましょう」
千尋は箒を壁にかけ、しばらく目を瞑って祈っていた。こんな時にお祈りなんてと思ったが、不思議と心が落ち着いてきた。
「とりあえず、阿部瑠町にいきましょう」
「ええ」
栗子と千尋は、駅の方に向かって走り始めた。途中で輸入食品店のキムとケーキ屋スズキの拓也にもあい、一緒に行き事にした。少しでも男手があった方が良いかもしれない。
阿部瑠町の駅に降りるが、ここからどこへ行けばいいのか栗子はさっぱりわからない。
「草生教の農家に行くって言ってたんですよね?」
千尋が栗子に確認する。
「もしかして、この農家じゃない? 小学校の同級生が草生教信者でさ、この農家がそうっていう噂を聞いた事があるよ」
拓也がスマートフォンで地図を出して、栗子達に見せた。
「歩いて30分ぐらいね。遠いわ」
「タクシーで行きましょう。警察を呼びましょう」
「え!?本当に呼ぶンデスカ?」
キムは千尋の大胆な決断にかなり驚いていた。
「本当に呼ぶの?」
拓也も同様に言う。
「ええ。何かとても嫌な予感がしますね。警察呼びましょう」
結局警察を呼ぶことになり、みんなでタクシーに乗り、その農家の側で降りる。
栗子は一面畑しか無いように見えたが。
「あ、あっちに小屋みたいのアリマスネ!」
キムが、指さす方向には小さなプレハブ小屋はあった。そこに亜弓がいるとは思えなかったが、すぐに向かう。警察もきたのか遠くの方で、パトカーの音も聞こえてきた。
千尋と一緒に栗子は一目散に小屋に走った。
「亜弓さん!」
そこには縄に縛られた亜弓と陽介がいた。
貝塚はライターを手にして、そばにいる円香は今にも逃げるような姿勢でしゃがみこんでいた。
「この!」
キムや拓也が貝塚や円香を取り押さえる。貝塚が持っていたライターの火は消える。カランという音を立てて床にライターが落ちる。
「大丈夫、亜弓さん!」
栗子は半分なきがら興奮して亜弓の縄を外す。
「大丈夫?」
千尋を見た亜弓は、ちょっと興奮したかのように目を輝かせる。この様子では大丈夫だろと栗子はようやく安堵した。
「わぁ、本当に千尋さんは王子様…」
「ちょっと、こんな時に色ボケしないでよ!」
いつもと違って栗子の方が激しく突っ込む。陽介も千尋が縄をとき、自由になった。
警察もやってきて、キム達が捕らえていた貝塚や円香も現行犯で捕まった。
「おら、警察よ。犯人達が自供している音声取れてるはずだぜ」
「え?」
栗子と亜弓はその陽介の言葉に顔を見合わせる。陽介はズボンのポケットからICレコーダーを印籠のように掲げた。
「まあ、俺様ぐらいになるとこれぐらい事は朝飯前さ」
いつも通りに偉そうな陽介の姿に栗子も亜弓も千尋も苦笑するしかなかった。
こうして犯人が捕まり、この事件の幕が閉じた。




