犯人逮捕大作戦編-4
翌朝、亜弓は「家でおとなしく仕事していてくださいよ」と栗子に釘をさし、陽介との待ち合わせ場所の駅に向かった。
駅の側の商店街は、昨日の騒ぎと一転して落ち着きを取り戻していた。嫌がらせをしていた赤澤隼人が捕まったため、もう嫌がらせをされている様子はないようだった。警察が巡回している姿も見えない。
陽介は時間より大幅に遅れてやってきた。
「ちょっと、遅刻よ。何やってたのよ」
亜弓は、口を尖らせて陽介に文句をつけた。
「農薬の害に資料をまとめていたら、すっかり寝坊してしまったよ。面目ない」
陽介の目の下はクマが浮かんでいた。イケメンではあるが、今日は寝癖もついているし、遅刻もしてくるし、やっぱり栗子の言うように地雷男だと感じた。つくづく、今は千尋に惚れていて良かったと感じる。
「さあ、行こう」
「ええ」
二人は電車に乗り込み、隣に阿部瑠町へ向かった。
電車を待っている時や乗っている時や、陽介はかなり鼻高々に農薬の陰謀論を披露していた。
「日本と中国はどっちが農薬使ってると思うから?」
「中国じゃないの?」
「いいや、日本のほうが多いんだよ。しかも世界一。添加物の種類の数も実は世界一なんだよ。おそらく日本人の真面目さや勇敢さを恐れて支配者層どもがそうしているんだな」
下らない陰謀論だとは思うが、陽介の語り口は面白く、意外と聞いていると亜弓は楽しかった。
「農薬の害が発達障害とも関係あるといううわさもある。ま、これは賛否両論の説だがな」
「ふーん。農家の人はわかって撒いてるの?」
「それをわかってるかは知らんが、自分の家で食べる野菜には決して農薬を撒かないらしい」
「えー、なにそれ。けっこう酷いわね」
「支配者層どもも無農薬野菜しか食ってないのだよ。俺もそんな気にしてるわけではないが、出来るだけオーガニック栽培のを選んでる」
そんな事を聞いているとオーガニックを選ぶ人の気持ちもわかってしまう。
「ちなみに人工甘味料のスクラロースは農薬開発中に偶然出来た物だぜ。添加物も恐ろしいよな。外食も大きなチェーン店ではなく、幸子さんのお店みたいな個人的なところに行った方がいいぜ」
そんな事を話しながら、駅につき、そこから農家まで歩く。駅から30分ぐらい歩いただろうか。
あまり人気のない田舎道で、野菜畑や梨畑、それにお墓ばかりの場所につく。無人で野菜を販売してる屋台もあり、いかにも田舎という場所である。もちろんコンビニやスーパーなどの商業施設も見当たらない。
「草生教の関係者が運営している畑はどこにあるの?」
「あっちだ」
陽介に従い、ある野菜畑につく。収穫の時期でも無いのか、畑といっても何も植えられていなかった。遠くの方にトラクターは見えたが、人影はない。
「こんな所で、事件の関係があるのかしらね?」
「まあ、とりあえず入ってみるか?」
「入っていいわけ?」
「まあ、誰もいないしな」
陽介はデジカメで畑の様子を写真に抑える。肥料か農薬かわからんないが、少し腐ったような匂いもする。空は晴れていて、呑気な田舎の風景だが、突然背後に人の気配を感じ、思わず陽介の背中にしがみつく。なんだかロマンチックなシーンだが、陽介の背中や肩にフケが落ちていて亜弓は顔を顰めた。
「なんか、誰か居るみたいなんだけど?」
「はあ?」
陽介はキョロキョロと辺りを見回す。
「誰もいないって」
「でも誰か居る!」
亜弓は陽介のフケが顔にかかるそうになり、くしゃみをした。
「ってなんでこんなフケついてるのよ!」
「ああ、俺はシャンプーをしないのさ。湯シャンというやつだ。支配者層が作った化学部質まみれのシャンプーなんて出来るかよ」
深くため息を吐きそうになる。以前栗子は陰謀論者は、「シャンプーを重曹にしろ」等と言うから一緒に暮らすのは大変だったと言っていたが、その苦労がよくわかってしまった。つくづく自分の男の見る目の無さにもため息が出る思いで、千尋も地雷男じゃなければいいが。
「汚いなぁ。シャンプーぐらいしてよ」
「いや、しないさ。俺は実は昔シャンプーをしていた時に、すごい禿げてしまってね。今はこの通りふさふさだ」
陽介はルックスだけは良いと思ってたが、どうやらハゲ予備軍か?
今は禿げていないが、フケだらけの男など気持ち悪くて仕方ない。陽介の取り柄でありイケメンである所もものすごく色褪せて見える。
「もう、そんな事はどうでも良いから、ちょっと後ろの方を見てきてよ」
「えー、嫌だ!」
おまけにちょっと小心者?やっぱり栗子が言う通り、顔で男を選んだら失敗するかもしれない。
そんな事を考えている時、人影が見えた。
「あ、円香!」
円香だった。
しかも、貝塚の姿も見えた。
「逃げなきゃ!」
しかし、足が震えて上手く動けず、陽介も戸惑ったままだった。
「死ね!」
円香に石のようなもので頭を殴られた。鈍い痛みを感じた瞬間、意識が途切れた。
「ふざけんな、くそ女…」
陽介の怒鳴り声も聞こえたが、痛みと何も考えられなかった。




