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犯人逮捕大作戦編-2

 午前中、栗子はコージーミステリの新作のミステリ部分で辻褄の合わないところや誤字などを直しの仕事をしていた。


 夕子も事件が解決しないうちに家に帰すのは危険と判断して、やはりそのままメゾン・ヤモメにおいておく事にした。今日は桃果と一緒に幸子のカフェにお茶をしに出掛けてしまった。


 幸子から連絡があり、商店街に嫌がらせをそていた犯人が捕まったという。犯人は赤澤医院の長男で赤澤隼人だった。たいして驚きはしないが、毒入りチョコや空美子の事件が解決したわけではない。


 まだ赤澤はなんと供述しているかわからないが、毒入りチョコも空美子の事も無関係の可能性がある。とはいえ、幸子はかなりホッとしたようで、春ごろから石田書店と共同でブックカフェのようなイベントをする計画を話していた。声を聞く限り、一時期の落ち込みは無いようで栗子はとてもホッとした。


 その後昼過ぎ、文花と待ち合わせをして昼出版に貝塚に会う為に向かう。


「アポ無しで本当に大丈夫かしらね?」


 電車の中で文花に聞く。文花は薄ら笑いを浮かべながら答えた。


「大丈夫よ。私は夫の不倫について文句言う時はいつも約束なんてしてないから!」


 ニヤニヤ笑う姿は、とても性格が悪そうであったが、ここまで強そうな女性と一緒にいれば大丈夫だろうとも安心する。


 飯田橋駅におり、昼出版に直行する。この出版社で文花は有名なのか、ひそひそと噂もされていた。


 亜弓を受付に呼び出し、三人で貝塚のいるオフィスに向かう。


「ふふ、楽しみだわ。普段、昼出版の人間は私のことをメンヘラ地雷女だと噂しているんだから、今日こそギャフンと言わせるわよ」


 当初の目的を忘れて文花はニヤニヤと笑っていたが、亜弓も栗子も逆に文花らしくて突っ込む気も失せる。


 栗子と文花は、亜弓に応接室に連れていかれ、貝塚を待った。その間にICレコーダーの準備もしスイッチを入れる。


 しばらくして不機嫌そうな顔を隠しもしない貝塚が現れた。


「田辺先生の奥さんまで一体何の用?」

「実は私の夫は、少女小説を書こうとしているのですが、そちらのレーベルでは書けませんか?」


 そういえば文花の夫である田辺は、少女小説も書きたいなどと言っていた事を思い出した。


「残念だけど、男性作家さんは赤澤隼人戦生や蒼井カイリ先生が執筆予定よ」

「赤澤隼人は今朝逮捕されたわよ? 貝塚編集長は知らないの?」


 栗子がそう言うと、貝塚はかなり驚いた表情を見せ、さらにイライラとし始めた。


「本当? どうして逮捕されたのよ?」

「まだネットでは騒がれてないみたいですけど、商店街で嫌がらせをしていたみたいです」


 栗子はわざと羊のような人畜無害の顔を作ってい言った。


「赤澤隼人って草生教の信者だったんでしょ。コネで仕事ゲットしたのかしらね?」


 文花は低い声で実に嫌味っぽく言った。一見優しそうだが、目が笑っていない栗子と、明らかに冷たい風貌の文花に囲まれ、貝塚はとても居心地が悪そうだ。うまくいけば自分が犯人だと口を滑らす可能性がある。栗子はさらに気を引き締めて、貝塚を見据える。


「そんな事やってるから出版不況になるのよ。つまんない作家ごり押ししても読者は冷めるだけだわ」

「へぇ。噂通り口も性格も悪いですね。でもそんな事言っていて大丈夫? 何のコネもない田辺先生も干す事なんて簡単よ」


 貝塚は文花にようやく反論できたようで、ニヤリとわらった。貝塚は見かけは綺麗に化粧をしているが、かなり邪悪な顔に見える。栗子は貝塚が犯人であってもおかしくないと確信を持った。


「だったらそれでもいいわよ? 私は作品の芸の肥やしで不倫をする夫にはウンザリしていたのよ。筆を折ってもらっても構わない」

「はは、よく言いますね」


 脅しのような事を言われても文花は全く動じない。本当に肝が据わった女である。文花を連れてきたのは、正解だったと言えるだろう。


「そんな強がらなくてもいいのよ。そうね。栗子先生も田辺先生も草生教に入信するなら、いっぱい売ってあげるわよ?」


 貝塚は誘惑し始めた。目は笑っていないが、口元は魔女のような笑顔を作っていた。


「そうやって夕子先生も誘惑したのね?」


 栗子も文花を見習い、落ち着き払っていった。まだ羊の仮面は剥がれ落ちていない筈だ。


「教団から脱退したいという夕子先生は憎かったでしょう。邪魔だったでしょう?」


 栗子はさらに畳みかけた。自分は貝塚の誘惑などのらない。強い意志をこころに宿す。


 しかし貝塚は栗子の質問などには答えず、応接室の天井を見つめた後、再び話し始めた。


「私の事、事件の犯人だと疑っているのね?」

「そうですね。あなたのは動機もチャンスはあるじゃない?」


 文花はさっきよりもさらに低い声を出す。自分の夫の事も言われ、文花も腹にすえかねているようである。


「でもそれって状況証拠じゃない? 警察にも何にも言われてないし、私は無罪よ」


 貝塚は、邪悪な笑みを浮かべながら胸をはる。


「毒はどこで手に入れたの?」


 栗子の質問などに貝塚は答える事はなかった。うっかり口を滑らせる犯人ではないようで、栗子の羊の皮も剥げそうである。


「栗子先生、ミス・マープル気取りはいい加減にした方がいいんじゃない? マープルっていうか、シープルね」


 どこから調べたのか貝塚は栗子の蔑称を知っているようだ。そしてクスクスち笑っている。でも自分のファンの子達に新たにこの名前をつけられた。蔑称でもなんでもない。栗子はグッと奥歯に力をこめ、貝塚の挑発にのらないように我慢をする。


「そう。栗子先生も田辺先生も私達の教団には入らないのね?」

「そうよ。夕子先生のこと見てたら誰が、入るものですか」

「ええ、うちの夫だってそんなカルトになって入れませんよ。ただでさえ不倫で苦労してきたんですから、また変な事し出したら許しませんよ」

「そう。ま、いいけど、田辺先生はともかく、栗子先生の牧師がヒーローの少女小説の新作は出版の話はなかった事にしましょう」

「え…?」


 さすがの栗子もショックで言葉が出ない。


「もともと牧師がヒーローのファンタジーなんて売れないから嫌だったのよ。滝沢が熱心に推すから仕方なく通しただけ。せっかく初稿はできてるけど、没ね」


 栗子の頭は真っ白になる。まさかこんな露骨に反撃に来るとは。予想できた事ではあったが、どうすれば良いのかわからなくなる。


「コージーミステリの新作の出す予定なんですってね。あっちの編集長の紅尾も私どもの教団の関係者ですし、そっちも没にしましょうかね」


 コージーミステリのことまで没と言われて、栗子は動けずに固まってしまった。


「これってパワハラとも言えるんじゃない?」


 文花は冷静にいいかえした。


「そんな事して許されると思ってるのかしらね?」

「大丈夫よ。私はこれでも教団内部ではそこそこ地位は上だから。何人も勧誘に成功しているから、実は教祖にも連絡取れる間柄なのよね」


 栗子はもう頭が真っ白で何も頭に入ってこなかった。


「私は犯人じゃないわよ」

「嘘ばっかり!」

「だったら証拠を見せなさいって何度も言ってるじゃない」


 文花と貝塚が言い争っている声が聞こえたが、栗子はもう何も考えられない。


 ただ、少し前に亜弓から聞いた悪魔から誘惑を受けるイエス様の聖書箇所を思い出した。


 栗子はクリスチャンでもないし、聖書の言葉を使って悪魔からの誘惑をはねつけるわけにもいかない。


 こんな時どうすればいいのかわからない。


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