悪魔の誘惑編-6
夕子はハイカカオチョコレートを食べ終え、もう眠いというので、栗子は二階の空いている部屋に連れて行く。空き部屋といってのベッドや布団もあるし、掃除もしていたので問題ないだろう。服や下着も今日の午後に桃果が急いで買ってきたものを渡した。
それが終わると、一階に降り、亜弓と事件の事を話し合う。夕子の事情にはいろいろ思うところがあるが、やはり事件についてこのままにしておくつもりはない。
「さぁ、事件について作戦会議よ!」
栗子はリビングの上に散らかったハイカカオチョコレートの包み紙のカスをゴミ箱に入れ、宣言した。
「全く、やっぱりコージーミステリにヒロインになりきってますね」
亜弓は呆れながらも温かなルイボスティーをカップに注ぐ。もう夜なのでカフェインの入っていないお茶が良いだろう。キムの店で買ってもので、オレンジの風味がついていて美味しい。
「いいじゃない。で、やっぱり犯人は貝塚編集長だと思う? 亜弓さん」
「そうでしょう。動機もありますし、チャンスもある。少なくとも毒入りチョコはあの人が一番可能が高いです」
「空美子先生の件は?」
栗子はちょっとワクワクして今までの事件についてのメモを見返す。
「私は、毒入りチョコの事に何か勘づいて警察に言うって貝塚に言って口封じの為に殺したと思うの?この推理どう思う?」
「そうですね。栗子先生の言う通りだと思います。共犯者で円香が関わっている可能性も大ですね。あの人もカルト信者ですから」
亜弓にはっきりと言われて、栗子は満足そうに頷く。オレンジの風味がするルイボスティーを啜り、ちょっと興奮気味の心を落ち着かせる。
「商店街の嫌がらせは? あれは貝塚が関わっていると思う?」
栗子に言われて亜弓はしばらく考え込む。
「どうでしょう? それもカルトが関わっているとは思いますが、はっきりとした証拠はないですね。この件は赤澤隼人やカルト関係者が単独でやっていて、毒入りチョコや空美子先生の事件とは関係ないのかもしれませんね」
「そっかぁ。コージーミステリだったら犯罪は全て犯人という事になる事が多いんだけどね」
「やめましょうよ、コージーミステリを根拠に推理するのは」
いつものように亜弓が突っ込んで、思わず2人とも笑ってしまう。
「でもどうやって貝塚を捕まえるの? 警察内部にもカルト信者がいっぱいいるみたいで、鳥谷刑事もろくに調査しないようなのよね」
鳥谷刑事の事を思い出すと、栗子はため息が出る思いがする。体格は良いし、堂々とした雰囲気ではあるが、どこか頼りない。刑事というよりサラリーマンといった分以降だ。スーツ姿もよく似合ってた記憶がある。最近、商店街を巡回して嫌がらせはとりあえず控えめになっているようだが、犯人は捕まっていないし、頼りがいを感じない。
「警察に言った方がいいのかしらね?」
「うーん。警察内部にもカルト信者がいるとしたら、固い動かぬ証拠か現行犯逮捕しか無いですよね」
「そうは言ってもね…」
ふと香坂今日子の事件の時に活躍したICレコーダーの事を思い出した。
「私が貝塚編集長と接触して吐かせるって言うのはどうかしらね? それを録音しておくの!」
いいアイディアだと思ったが、亜弓は渋い顔。
「一人でやるのはやめた方がいいかも。勧誘でもされたらどうするんですか?」
「そうねぇ。それは困ったわ。あ、文花さんと一緒に行くのはどうかしら?あの奥さんがモデルの『愛人探偵』ではしょっちゅう編集部にクレーム付けてるシーンがあったわ。文花さんと一緒なら大丈夫な気がする」
自分でもこれもアイィアに感じた。もっとも文花が同意してくれるかどうかはわからないが、意外と人のいい文花なら協力してくれるかもしれない。香坂今日子や真凛の事件、この事件でも文花は陰ながら協力してくれている。
「まあ、あの図太い文花さんと一緒なら安心かな。さっそく文花さんに聞いてみますね」
亜弓は半分、呆れつつ渋々といった様子で栗子のアイディアに同意した。
「ところでもう3月ね。まだ温かくはないけど、ひな祭りパーティーでもしようかしら。真凛ちゃんや島崎さんも呼んで」
「っていうか3月は…」
そんな話題を出すと、亜弓は何か言いかけて口をつぐんだ。
「そういえば3月は三上牧師の誕生日って聞いた事があるわ。あなた、チャンスじゃない?」
なぜか亜弓はこの話題でも慌てる様子を見せ、「千尋さんの事なんてどうでもいいじゃないですか〜」と話を打ち切った。
どうやら本当に亜弓の恋愛はうまくいっていないようだ。まぁ、あの恋愛に興味の無さそうな牧師は単なる肉食攻撃では簡単に落ちないだろう。雪也や陽介よりはマシな男の趣味だとはいえ、亜弓の恋愛は前途多難だ。もっとも作家の田辺と不倫していた事と比べるとよっぽど良い傾向でがあるが。
とりあえず今後の作戦は、栗子と文花が貝塚に接触する事に決定した。
「ところでその間は亜弓さんは何するつもり?」
「そうですね。とりあえず商店街の嫌がらせの件を調べてみようかとも思います。陽介さんのSNSを見ると、なんかわかったとか謎が解けたと言っていたので、陽介さんに接触してみますか」
「陽介さんねぇ…。まあ、真凛ちゃんの事件ではあの男の言うことも一理あったのよね」
栗子は陽介の事は相変わらず嫌いではあったが、真凛の事件では少しは見直した。幸子のカフェに通っている事もあり、以前よりは嫌ってはいないのだが。
「陽介さんは顔だけはいいんですけどねー」
「そんな事言っちゃって、牧師さんに言いつけるわよ」
「わー、やめてください!」
メゾン・ヤモメのリビングはしばらく栗子と亜弓の笑い声で包まれていた。




