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読書会大作戦編-3

 落ち込んだ気分を抱えたまま、亜弓と幸子はメゾン・ヤモメに帰った。玄関には男物の靴があった。一瞬この町の牧師の千尋が遊びに来たのではないかと期待したが、リビングを見ると陽介が来ていた。飼い猫のルカに背を撫でながら、栗子と桃果と何か言い争っていた。


「どうしたの? 栗子さん達」

「どうしたんですか?」


 亜弓も幸子もゾロゾロとリビングに入り、ソファに着席する。


「あら、二人ともお帰り」


 栗子は亜弓と幸子に笑顔をみせた。桃果もちょっと笑っている。言い争うと言っても大した事が無いようだ。


 テーブルの上には紅茶やジャムサンドクッキーがのっていた。これは桃果が昨日作ったものでメゾン・ヤモメの面々にも大好評だった。あの陽介もポリポリと美味しそうに食べている。


「ところで陽介さんは何しに来たんですか?」


 この男の顔だけは亜弓のタイプだったが、結局千尋に惚れてしまったので興味がない。もっとも千尋との仲は全く進展していないが。日曜日に聖書を教会で教えてもらってはいるが、話題はイエス・キリストの事ばかり。イエス様はいかに素晴らしい神様か話され、色っぽい会話は皆無だった。とはいえ、神様の話は面白いし、もう二度と不倫などしないと思わせる力もあり、毎週楽しみではあったのだが。


「実はな、俺の本が最近発売されるんだが」

「へぇ、陽介さんって本出してたんですか?」


 幸子が興味ありそうに聞く。


「今回は反ワクチンの本だったんだが、この町の石田書店でも大々的に置いて貰っていたのだが…」


 石田書店は火因町(かいんちょう)にある個人経営の書店である。商店街ではなく、駅からちょっと歩いたところにある。地元の作家は応援したいという店長で栗子の本も目立つところに置いてくれてありがたい。


 陽介の本も一応地元作家という事でたくさん置いてくれていたそうだが、内容は過激な陰謀論。石田書店も嫌がらせを受け、陽介も困っているという話だった。


 陽介は同じ地元作家でもそういったトラブルのない栗子に疑問に思い、わざわざ悩み相談に来たらしいのだが。


「栗子先生の本は少女小説よ。そのなトラブルになりようがない内容よ」


 亜弓は呆れながら陽介に突っ込んだ。こころなしかルカも小馬鹿にしたようにニャーと泣いている。


「そうよ。私の小説は陰謀論じゃないわよってさっきから言ってるじゃない」


 栗子も呆れたようにいう。陽介は見かけによらず意外と天然なのかもしれない。


「石田書店でもそうなのね。実は私も店を営業するなって嫌がらせされたの」


 この話の流れで言いやすかったのか、幸子も店が嫌がらせを受けた事を話した。


「何ですって? そんな馬鹿な事する人がいるの!?」

「まあ、酷いわね、シーちゃん」


 栗子も桃果も幸子の話を聞いて怒っていた。特に栗子は人の良い羊のような皮が剥げかけている。


「お客さんに足も最近遠のいているし、どうしましょうかね」


 幸子は深くため息をついた。今まで見たことは無い疲れ切った表情だった。


「ふん。下らない。疫病なんて嘘なんだから今まで通り営業すれば良いんだろう」

「変な陰謀論言うのやめてよ」


 栗子はぐわっと狼風の顔を出して言った。コージーミステリが書ける予定で機嫌が良いと思ったら、陽介への態度は相変わらずのようで亜弓はちょっとため息をついた。


「まあ、でもこの疫病騒ぎは思ったより長く続いているわよね。こんな長く続くとは思わなかったわ」

「桃果さん、そうね。うちの会社も昼休みに上司や同僚と一緒に食事するのも禁止になってしまったのよね」


 亜弓の働く昼出版はいろいろとゆるい面が強い会社ではあったが、最近やっと疫病対策のような事をし始めた。


「くだらないな。そんなの無視して普通に会食すれば良い。どうせ疫病なんて製薬会社がワクチン売って監視社会にする為の嘘なんだから」

「ちょっと、陽介さんは黙ってなさいよ。まあ、でも本当に疫病って嘘?」


 意外な事に栗子は陽介の陰謀論に耳を傾け始めた。羊のように何も考えていない人と揶揄され「シープル」と陽介に呼ばれている栗子で、陰謀論など興味ないと思っていたのだが。


「確かにこに疫病騒ぎで飲食店だけ攻撃されるのはおかしいのよね」

「おぉ、シープルおばさんのくせに結構賢いじゃないか」


 陽介はわざとらしくのけぞり、ジャムサンドクッキーを齧る。亜弓も一つ食べてみた。ちょっと塩味のするクッキーと濃厚なイチゴジャムのバランスが最高だった。あの陽介でも食べる理由がよくわかる。


「ラブホテルや歯医者は時短営業とかになっていないのに、居酒屋や飲食店が営業するなっておかしいわよ。虫歯は仕方ないけれど美容目的の歯列矯正は何の規制ないのも変よねぇ。それに歯医者さんも死んで無いわ」

「シープルおばさん、ついに目覚めたか。よし、次はワクチンや医療利権の闇を一緒に語ろうじゃないか」


 陰謀論を話したがっている陽介のことは栗子は完全に無視して話を続けた。それでも全く陽介は気にせず、再びジャムサンドクッキーを齧り、ルカの丸い背を撫でた。


「カフェで何かイベントをやったら良いと思うんだけど」

「イベント?」


 一同は目を丸くして、栗子に尋ねる。陽介だけ涼しい顔で再びジャムサンドクッキーを齧る。よっぽど気に入ったらしい。


「ええ。コージーミステリでよくやってるイベントなんだけど、カフェで読書会をすれば良いんじゃない?」

「読書会って何ですか?」


 幸子が一番こに話題に食いついていた。


「コージーでは、本の感想を言い合ったり、編み物しながら本を読んでたわね。まあ、それでもいいけど少女小説ファンを呼んでみるのもいいかも? あと私もサイン書くし、石田書店とコラボできたらいいかもね」

「わぁ、それはいいアイディア!」


 幸子は喜んで拍手していたが、果たして準備できるだろうか。少女小説ファンで集客できるかわからない。最近女性向けファンタジーも流行っているが、それはいわゆる「なろう小説」で少女小説自体が注目されているわけではない。


 亜弓が冷静にそう言うと、栗子も幸子もおしだまる。


「少女小説ファンより俺様のファンを呼んだ方が集客できるぜ?」


 陽介はニヤニヤと挑発しながら笑っていた。その言葉に栗子の中で何かが火がついたらしい。


「いいえ! 少女小説ファンの読書会をするわ。どうせあなたのファンなんて顔目当てのミーハーか、頭のおかしな陰謀論好きばっかりでしょう」

「おぉ、シープルおばさんのくせにけっこう言うな…」


 栗子の指摘は図星だったのか、陽介はちょっと落ち込んでいた。こうして見ると、栗子の方が十分強いように見える。やっぱり羊なのは見た目だけのようだった。


「読書会やるわ!」


 再び栗子は声高々に宣言した。


 陽介はフッと嫌味っぽく笑い「まあ、頑張れよ。シープルども。俺はこれから農薬の闇について取材しなくちゃならん」と言って帰っていった。

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