悪魔の誘惑編-2
今日は空美子の彼氏である高橋を尾行するため、早めに仕事を終わらせて退社した。貝塚や円香は相変わらずで、何か事件を匂わせるような素振りはしなかったが、こんな事実を知ってしまうと見る目が変わる。特に貝塚は、見かけはキャリアウーマンだったので、カルト信者だったとは想像できなかった。嫌なギャップである。
亜弓は退社後、一応この事について栗子に電話をした。
「やったわね。その高橋ってやつに上手く接触できるといいわね。またお色気大作戦をしましょうか?」
「またですか〜?」
お色気大作戦とは香坂今日子の事件の時にした事件捜査である。あまり効果はなく、むしろ栗子が犯人に色仕掛け攻撃に遭ってしまったが。
「栗子さんの方はどうですか?」
「うん、夕子先生と連絡ついたわよ。夕子先生、やっぱりちょっと事件の後で気に病んでいるみたいで、うちでちょっと彼女を呼んで退院おめでとうパーティーもやってもいいかなって思ってるの」
栗子の声は、ワクワクしている事が伝わってきて元気そうだった。
「いいじゃないですか。手がかりも掴めそうだし、賛成です!」
孤独な作業になりやすい作家同士が集まってパーティーするのは悪いアイディアでは無いだろう。事件も進みそうだし、一石二鳥だ。
亜弓も栗子の元気な声を聞いて、今日知った貝塚の事などを不快になっても仕方がない気がしてきた。
亜弓は電話を切ると、足早に駅に向かい、文花と待ち合わせしている場所に急いだ。
文花はすでに待ち合わせの駅に到着していてスマートフォンを操作しながらぶつぶつと呟いていた。
「お待たせしました。文花さん!」
「遅いわよ。さあ、あの空美子先生の彼氏が入っているカルトの施設にいきましょう」
そこはここから歩いて20分ほどのところにある。
火因町と似たような田舎の道を歩く。民家もポツポツとあるだけで、コンビニなどはなく、梨畑や野菜畑が広がっている。もう夜に近く、少し肌寒くなってきた。
「ところで文花さん、さっきスマフォで何を見ていたんですか?」
「ああ、あの高橋の裏アカよ。空美子先生の事件の日、どんな投稿をしているのかチェックしてみたのよ」
ここで文花は実際にスマートフォンを取り出して亜弓に見せた。
「ほら、事件当日、エンジェル万歳教と草生教教の連中で合同祈祷会をやったみたい。写真が上がってるけど、事件の日付と時間がほぼ同じ」
文花が言う通り写真を見ると、高橋と思われる男と数人の男でどこかの体育館のような場所で座り込み、ピースサインを出していた。
「という事は、この男は犯人じゃないっぽい?」
「一応アリバイはあるわね。しかもこの男みてよ。赤澤隼人じゃないの」
その写真は、何人かの男も写っていたが、赤澤隼人も映っていた。赤澤隼人に顔写真は亜弓もネットで見た事があり知っていた。
「だったら赤澤も犯人じゃないの…?」
亜弓は愕然としながら写真を見つめる。
「でしょうね。毒については知らないけど、空美子先生についての犯行は関わっていない可能性があるわ」
だったら犯人は誰なのか。
有力の犯人候補にアリバイがある。
亜弓と文花とは、だんだん暗くなっている空の下とぼとぼと歩き続けた。二人で話してみたが、全く犯人が浮かばない。ただ、貝塚や円香がカルト信者で犯人の可能性があると話と、文花は食いついた。
「まさかそうなの?もしかして昼出版ってカルト信者の巣窟?」
なぜか文花がクスクスと笑い始めた。昼出版での文花の評判は最悪なので、一矢報いた気分なのだろうか。
「紅尾さんもエンジェル万歳教の信者になったらしいですよ。常盤さが呆れてましたよ」
「おぉ、嫌だ。気持ち悪いわね。案外今からいく教団の施設にも紅尾さんがいたりして」
普段から仲の悪い紅尾の弱みを握り、文花はニヤニヤと笑ってメモまでとっている。さすがに性格が悪い。
教団施設は一見綺麗な公民館風の建物だった。カルトの施設には一見見えない。ただ周りは田んぼや野菜畑ばかりで辺鄙な場所だった。
人気は無い場所だが続々と信者たちが集まって入り口に吸い込まれていく。みな笑顔ではあったが、嘘くさい笑顔ばかりで胡散くさい雰囲気がただよう。紅尾の姿を探したが、彼はいないようだった。
亜弓と文花は駐車場の木の影に身を隠し、様子を伺っていた。
「あ、あいつ。高橋が施設に入っていくわよ」
文花が指さした先には、空美子の彼氏である高橋の姿があった。ジーパンにコート姿。分厚いマスクをかけている。入念にアルコール消毒もした後、使い捨てのて手袋まではめている。よっぽど疫病について怖い事がうかがえた。
しばらくして教団の会が始まったようで、壁から教祖様のありがたい説教が漏れて聴こえてくる。なんでもポジティブ思考でいれば願いが叶うという自己啓発やスピリチュアルみたいな事を発信しているようだ。
「くっだらない。そんなポジティブ思考でいれば願いが叶うのなら私の夫は不倫などせず、とっくに返ってきたでしょうね」
その手の話が嫌いな文花は顔を顰めて吐き捨てるように言った。
「まあ、胡散臭いですよね」
「そうよ。あんなのインチキよ。そうやって無駄にポジティブ思考にさせて現実逃避させてるだけね。現実逃避したって何にもならないわ」
つくづく文花は達観していると感じる。やはりあんあ夫を持ってしまうと、悟りの境地までいくのだろうか。
その後、お経のようなものが施設から聞こえてきた。
「なにこれ? 人を呪う祈り? 文花さん、流石にこれは気持ち悪いですね」
お経は、一人一人ターゲットを決めてやっているらしい。個人名がいくつもあがり、呪われるように信者達がお経を唱えている。
「呪いなんて無いわよ。下らない。あれ? 今度は拍手喝采ね」
「え、なんか空美子先生の名前が上がっていません?」
亜弓はそういい、駐車場から施設にさらに近づき、耳を近づける。壁に近づけるととんでもない言葉を言っていた。
「我々が呪った空美子というイラストレーターは死にました! どうぞ、皆さん、尊師様に拍手しましょう!」
また拍手喝采。
尊師と呼ばれた女の声が聞こえる「ざま〜みろ!」とまるで鬼の首でもとったかのように叫んでいた。
「文花さん、これどういう事かわかります?」
「おそらく教団で空美子先生が恨まれていた事は確かね。でもお経で呪い殺すなんて絶対に無いわよ」
文花は断言していた。
「どういう事?やっぱり空美子先生はカルトに恨まれて殺されたの?」
「たぶん、動機はそうかもしれないわね。ここの連中、勧誘を断った人間をお経で呪っているみたい。私も何度もこのカルトを断っているから、相当恨まれているでしょうね」
そういう文花はぴんぴんとそている。それどころか殺人犯も三度も捕まえている。この文花の存在自体が、お経で人を殺す事は出来ないと証明しているように亜弓は思った。
その後、そしばらくお経を続けていたようだが終わったようで、施設からパラパラと信者達が出てきた。
「いきましょう、高橋よ」
文花が指さす先には高橋がいて、文花と共に後を追った。
幸いにも信者達がぞろぞろと歩いていたので、亜弓達も身を彼らに紛れながら高橋の後をつける事に成功した。
高橋は、そのまま駅まで歩き続け、電車に乗り込み、近隣の比較的商業施設で栄えている駅に降り立つ。
そのまま、チェーン店の牛丼屋に入っていった。
「どうする?滝沢さん。このまま尾行していても無駄足になるわよ」
「そうねぇ。ここらで一つ、お色気大作戦でもやってみようかな?
「お色気大作戦?あなた色仕掛けなんてできるの?」
文花は目を丸くして驚いていた。
「まあ、ダメ元でやってみますよ。前に関わった事件でもちょっとやってみた事あるんです。あんまりうまくはいきませんでしたけど」
そう言って亜弓はバッグか手鏡を取り出して、メイクを軽く直した。
「まあ、その作戦は私には無理ね。まあ、頑張って」
文花に応援されながら、亜弓は牛丼屋に入っていった。




