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悪魔の誘惑編-1

 次の日、亜弓はリモートワークではなく昼出版に出勤する日だった。


 円香は相変わらず鈍臭く、お茶を溢したり、書類を散らかしたり、あらすじや帯には誤字だらけ。「あなたは草生教の信者ですか?」などと直接聞くわけにもいかず、だからといってこのままにしておくのも気持ちが悪い。


 そんな事を考えつつ、会議が始まる。今日の円香は大人なしく、蒼井カイリや赤澤隼人の事は言及しなかった。


 一方、貝塚は前とは一転して円香の要求を飲み始めていた。なんと赤澤隼人をこの少女小説レーベルで書かせるとのたまった。


「ちょっと待ってくださいよ。赤澤先生って医療ミステリを書いてる人ですよ。どこに少女小説要素があるんでしょうか?」


 亜弓も冷静に言ったが、全く聞き入れてくれなかった。それどころか、一切亜弓の意見は聞き入れないという態度である。


 結局、亜弓は貝塚に反論する事ができず、赤澤隼人に新作依頼をする事に決まってしまった。担当も貝塚に決定した。円香はニコニコ不気味な笑顔を浮かべて、満足していた。


 これはどういう事か?カルトのコネ?


 そう思いたいが、何も証拠がないし、直接聞くわけにもいかない。


 沈んだ気持ちを抱えたまま午前中の仕事をこなす。栗子の西洋風のファンタジーの新作を早めに初稿が上がった事が唯一の救いである。事件調査をしたいためか予定より早く初稿をもらった。


 栗子の新作は、悪魔に狙われた聖女と牧師のゴシックファンタジーだ。牧師が悪魔を追い出しながら、殺人事件を解決するといったストーリーだ。牧師である千尋に惚れている亜弓は、ヒーローを千尋に重ねて読み、かなり感情移入してしまった。


 後半の展開はやや尻つぼみなので、あとで直す箇所も多いす、セールス的に売れるかもわからないが、本当はコージーミステリを書きたいなどと言っている事が信じられないほど文に熱意を感じた。サイン会をして読者と触れ合い、事件があったとはいえモチベーションが上がったのかもしれない。


 栗子の原稿のおかげでどうにか気持ちを落ち着かせ、仕事をこなし昼休憩に入った。


 カルト疑惑のある円香や急に態度を変えた貝塚の事も気になるが、二人して昼食を食べに出掛けてしまったようだ。


 亜弓はため息をついて、自分も昼ご飯をコンビニにでも買いに行こうとエスカレーターで一階に降りた。


「あー、滝沢さんじゃ無いですか。お久しぶりです」


 一階でかつての同僚である常盤にあった。田辺の担当でもあり、今は栗子のコージーミステリも担当している編集者だ。


「常盤さん、機嫌が良さそうね」


 常盤はもともと人の良さそうなカワウソのような顔の作りだが、今日はニコニコと笑っている。


「最近あの文花さんがおとなしくて、全然クレーム付けに来ないので、それだけで幸せです!」

「あぁ、そうなの…」


 よっぽどあのメンヘラ妻の文花に常盤は悩まされていたらしい。亜弓はちょっとため息をつき、聞いてみたい事を思い出した。一階のロビーに行き、ちょっと座って話す事にした。


「ちょっと聞きたい事があるんだけど、うちの会社って草生教となんか関係あったりしない?」

「あぁ…」


 さっきまで機嫌が良かった常盤の顔がみるみると曇り始めた。あまり人の事を疑わない性格なのか、常盤は亜弓がなぜこんな事を質問してきたのか聞いてこない。殺人事件の調査をしている事などは夢にも思っていないようだ。


「実のところ、うちの会社って草生教の信者が多いみたいですよ…」

「えぇ、本当に?」

「ええ。うちの紅緒さんなんて草生教系列のエンジェル万歳教の尊師様に夢中なんですよ…。最近アイドル的ルックスにやられたらしいです…」


 常盤は深いため息をついた。


「他にカルト信者の社員は知らない?」

「あぁ、僕の元上司の貝塚さんも有名ですよ。今は滝沢さんのところにいるけど、聞いてません?」


 この事実に亜弓はかなり驚いた。


「まさか貝塚さんがお荷物部署に異動になったのってカルトがらみだったりするの?」

「ええ。噂では田辺先生と不倫したってに事になっているそうですが、そんな事実はないみたいです。そんな事あったらあの文花さんは黙って無いでしょい」

「確かに」


 文花からは貝塚の話題は一度も聞いたことはなかった。その噂は自分のものと混同してしまったのだろう。


「それで貝塚さんは何で異動になったの?」

「なんでも漫画家にかなり執念深く勧誘していたみたいです。人気漫画家の先生だったんで問題になり、二年前に滝沢さんところの編集部に異動になったようです。漫画の部署ではけっこう有名ですよ」


 そういえば常盤はもともとは漫画の編集者だった。同じ会社と言っても部署が違うとあまり接触はないし、噂の聞かない。


「じゃ、お昼いくんで」

「ごめんね。引き止めちゃって」

「いえいえ」


 常盤はそう言い残して外に出て行った。

 一人残された亜弓は、メモ帳に今知った事実を書き込む。


 ・貝塚もカルト教団である草生教の信者だった。


 その上、貝塚も当日サイン会の会場にいた。橋本ちゃんのチョコレートを毒入りのものにすり替える事は不可能では無い。


 貝塚が犯人?円香が犯人?

 手がかりは入手できたが、今一つ決め手がない。

 ちょうどそこに文花からメールが届いているのに気づいた。


 なんと空美子の彼氏のSNSの裏アカを見つけたらしい。名前は高橋旭というらしい。職業は空美子と同じイラストレーターだというが、エンジェル万歳教の信者で今日の夕方から夜にかけて教団の施設で祈祷会を開くらしい。その施設は、文花の家からそう遠くも無いようで、高橋の尾行を一緒にしない?という誘いもある。


 亜弓すぐにOKという返事を送る。


 これで何か空美子を襲った犯人か、毒を盛った犯人がわかるかもしれない。カルト教団である草生教が関わっている事はもう間違いないだろう。それに関わるのは少し怖いが、あの図太い文花と一緒なら大丈夫だろうと思った。


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