ミス・シープル爆誕編-6
島崎達少女小説ファンが帰ってしまうと、2階から亜弓がおりてきた。今日はリモートワークで家にいて、昼もとらず仕事していたらしく、これから昼ご飯を取るようだ。
「えぇ、桃果さんの林檎のパイがあったんですか? 食べたかったー」
もう林檎のパイが無いと知ると、亜弓は残念がった。
「また作ってもらえば良いじゃない。昼はベーカリー・マツダのシナモンロールはいかが?」
栗子はファン達から貰ったベーカリー・マツダに箱を見せ、リビングで二人で食べる事にした。もうフルーツティーも飲み干してしまったので、コーヒーを淹れる。コーヒー豆は、キムの店で買ったものだ。年始にかった福袋にコーヒー豆の引換券があり、その期限が切れる前の計画的に購入して飲んでいる。
コーヒーのいい香りとシナモンロールの甘ったるい香りが食欲をそそるが、さっき林檎のパイを食べてしまったので半分だけにしておく。それでもシナモンの風味が口いっぱい広がり満足できる。
亜弓もよっぽどお腹が減っていたのか、シナモンロールを頬張りながら目尻が下がったままである。栄養面ではちょっち偏っているがたまには良いだろう。今日に夕飯は野菜たっぷりのちゃんこ鍋の予定だし。桃果の遠縁の女性が無農薬にネギやにんじん、ほうれん草や大根などをどっさりと送ってくれたので、そんなメニューになった。
「ところで今日は何か手がかりは掴めました?」
「っていうか、私の二つ名が決まったわ。ミズ・シープルよ」
栗子はこの名前が決まった経緯を微笑みながら説明した。
「旦那さんや陽介さんはけっこう馬鹿にしてシープルって言ってたはずですが、いいんですか?」
「いいのよ。だってミス・マープルに響きも似てるし、本当にコージーミステリのヒロインになった気分だわ」
亜弓はそれで良いのかとツッコミたい気分にもなったが、栗子がいつになく機嫌が良いので良いだろうとも思う。心なしか飼い猫のルカもニャーとなきながらソファに寝そべり、機嫌が良いようにも見えた。
「で、何か事件についてわかりましたか?ミス・シープル」
「ふふ。そう言われると結構嬉しいわね。島崎さんによると編集の円香さんの行動が怪しかったんですって。どう思う?」
「え?あの円香?」
亜弓はそう言われて、円香の事を思い出す。サイン会当日は、忙しく円香の様子などよく見ている暇はなかったが、そういえば最近の様子は変だ。突然『余命666日の花嫁』の作者や赤澤隼人と知り合いだから少女小説レーベルでも書かせたいなどと言ったり。
「赤澤隼人?あの赤澤医院の息子よね?カルトの」
それを聞いて栗子は顔を顰める。
「何か関係あるの?」
「わかりません。でも確かに彼女は橋本ちゃんのチョコレートと毒入りチョコレートを交換できるチャンスはありますね」
「まさか…」
身近なところに反抗可能な人物がいて、栗子はだんだん怖くなる。ほろ苦いコーヒー飲み、少し心を落ち着かせる。
「まさか、円香さんもカルト信者って可能性ないかしら?」
ふと頭に思いついた憶測を亜弓に話す。
「まぁ、うちの会社にも草生教の信者がいるっていう噂はあるんですよね」
「ええ。前も聞いたわ。『余命666日の花嫁』の作者はどうなのかしら?」
「ちょっとネットで調べてみますよ。赤澤隼人マイナー作家ですけど、その先生は人気作家なので何か噂があるかも」
しばらく亜弓はスマートフォンを操作して『余命666日の花嫁』の作者である蒼井カイリに事を調べていた。
栗子はさほどネットは得意では無いので、ここは若い亜弓に任せるのが良いだろう。その間にコーヒーをゆっくりとすすり、メモ帳を見返す。やはり夕子が恨まれていた可能性がある。次は夕子に話を聞く事にしよう。
「わ、蒼井カイリ先生も草生教の信者疑惑があるみたい!」
スマートフォンを操作しながら亜弓が声を上げた。
「本当?」
「陽介さんが作ってる草生教信者一覧に蒼井カイリ先生の名前が乗ってました」
「またあの男…。でもまあ、真凛ちゃんの事件の時は陽介さんの情報もあってたし、たぶん『余命666日の花嫁』の作者の蒼井カイリ先生は草生教信者の可能性かなり高いわね」
「だとしたら蒼井カイリ先生と赤澤隼人と知り合いの円香ってやっぱり草生教の信者?」
「その可能性大いにあるじゃない」
「円香もカルト信者で、カフェに嫌がらせする動機もありますね。毒を盛った理由まではわかりませんけど」
一緒に仕事をしていた円香もカルト信者で、事件に関わっている可能性が出ててきた。さすがの亜弓もあまり良い気分はせず、コーヒーを飲みながら気分を落ち着かせた。
結局、次の作戦は亜弓は仕事をしながら円香を探る事、栗子は夕子と連絡を取り接触する事に決まったわ。
「案外身近にカルトがあるなんて怖いわ。私は千尋さんのところで聖書の勉強も始めたし、クリスチャンになろうかしらね」
円香がカルト信者かもしれないという憶測は、かつて不倫をしていた女とは思えない事を言わしめるほどだった。
〜作中と関係ないお菓子豆知識〜
現在流行ってるマリトッツォについて。
このお菓子は、正式にはサント(聖なる)マリトッツォとも呼ばれ、カトリックとも関係が深いようですね。
戒律が重いカトリックで、肉やチーズが禁止され、唯一許されるお菓子だったそう(もともとはクリームはなくパン生地だけだったみたいです)。手元にある「イタリアの地方菓子とパン」という資料によると、ラツィ オ州ローマのお菓子のようです。
今作でもマリトッツォ出したかったのですが、なんせヒロインが高齢なので(カロリーヤバいです)、シナモンロールあたりに止めておきました(笑)




