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ミス・シープル爆誕編-5

 読書会は数日後の午後からメゾン・ヤモメで開かれる事になった。


 場所はリビングにした。客間でも良いかと思ったが、和室だしあまりリラックスできる部屋でもないのでリビングが最善だろう。


 花瓶に花をいけ、少し華やかにする。


 桃果に林檎のパイも作って貰った。以前、桃果に作って貰ったものだが、香坂今日子の事件調査に利用してしまいあんまり食べられなかったのだ。もうすぐひな祭りも近いし、一足早く女子だけでひな祭りパーティーの代わりの読書会と言ってもいいかもしれない。もっとも未亡人だらけのメゾン・ヤモメで雛人形は無いものだが。


 今回の読書会の参加者は、栗子のファンである島崎、未羽、そして真凛。飼い猫のルカもおまけ参加だ。


 亜弓は栗子のファン達にあまり好かれtらいないので、参加を辞退した。桃果は、幸子のカフェで工藤達とお茶である。家に篭りがちの桃果だったが、この一件で幸子のカフェに通い、帰りにベーカリー・マツダのパンやケーキ屋スズキのケーキを買うという事が日課になっていた。微々たるものではあるが、大事な同居人にである幸子の役に立ちたいという思いが強かった。


「栗子さんの家がこんな大きかったなんて、すごく緊張するわ」


 相変わらずの黒づくめ姿の島崎であったが、憧れの作家先生に自宅に足を踏み入れ緊張していた。


「私もきょ、恐縮ですよ」


 同じく栗子のファンの未羽も緊張しきっていた。


 一方まだ子供で、一度この家に来たことがある真凛は堂々としたもので、猫のルカに抱きつき、キャッキャと騒いでいた。


「みなさん、今日はお集まりいただいて本当に嬉しいわ。大家の桃果にも林檎のパイを作って貰ったし、どうぞ食べて!」


 栗子は羊のように微笑み、ホール状に林檎のパイを適当に切り分けた。パイ生地はサクサクしているが、中身はずっしりと入っている。切っているうちから栗子も食べるのが楽しみだ。ティーポットには林檎、レモン、生姜を入れたフツーティーをいれ、それぞれのカップに注ぐ。もうすぐ春とはいえ、寒い時期続く。ピリリとした生姜はを身体を温めるだろう。


「本当、あの時は大変でしたわね」


 栗子は過剰に羊の表情を作り込む。ここで読書の話をしても良いが、本題はそこでは無い。栗子はルカの背を撫でて心を落ち着かせ、みんなを見回す。


「本当、誰が毒なんて盛ったのかしら」


 この中で一番怖そうな島崎が言う。真凛は学校の先生に会ったかのようにぷるっと怯えていた。まあ、島崎は女子校の寮長をしているので、怖い顔も板についてしまっている。


「先生のアンチの仕業じゃ無いですか。別に数は多くないですが、たまにネットにいますもん」


 未羽はぶつくさと小さな声でいい、フルーツティーをすする。


「え、私にアンチなんていたの?」


 まさか自分にもアンチがいたとは。あまり自分の名前で検索したりしないので、栗子はネットでの評判についてはスルーしていた。


「朝比奈先生のファンでしょ。あそこのファンも変な人ばっかりよ」


 真凛が目をつり上げていう。朝比奈先生とは、もう亡くなっている。年末事件に巻き込まれて、文花が犯人を捕まえたようだが、栗子はよく知らない。栗子達もその事件について文花と一緒に推理もした事があるが、自分の推理は間違っていた様である。


「まあ、真凛ちゃん。そんな怒らないで。林檎のパイ食べましょう」


 栗子にそう言われて、一同食べ始める。見た目通り生地はさくとし、濃厚な林檎のフィリングがずっしりと腹に溜まる。栗子が昼ごはんを軽めにしておいて正解だと思った。


「美味しい!」

「美味しいです、栗子先生」


 一同笑顔で食べ始めた。この機嫌が良い時に、事件の事をきこう。栗子がメモ帳とペンをポケットの中から取り出した。


「ねえ、みんなに一つ聞きたい事があるんだけど、あの事件の日、何か気になる事はなかった?」


 一同顔を見合わせた。猫のルカは栗子の膝の上にいるのが飽きてしまったのか、真凛の膝の方へ擦り寄っていった。


「うーん、覚えて無いなぁ。私は栗子先生に会えて興奮していて」


 そう言ったのは未羽。確かにサイン会当日もかなり緊張していた記憶が栗子にもあった。


「変な陰謀論者も来てたけど、あれは関係ある?」


 真凛はルカの背中を撫でながら呟いた。確かにあの陰謀論者でもある陽介は信用ならないが、毒を仕込むような事はしないだろう。あの男だったら悪口だけでも栗子にダメージを与える事ができるし、何より動機がない。サイン会に来たのもカフェの応援だったし、意外と根は悪くないのかもしれないが。


「あ、でもあの編集者が怪しく無い?」


 すっかり林檎のパイを完食した島崎が言う。


「え!? 亜弓さんは真面目ないい子よ。怪しく無いわ」

「違いますよ。もう一人のぽっちゃり系の若い…」


 島崎に言われてハッとする。疑われているのは亜弓ではなく、円香の方のようだ。


「佐藤円香さんの事?」

「えぇ。なんか挙動不審というか、あの日は寒かったのに汗びっしょりかいてた。関係あるかしらね?」


 当日、栗子はサインを書く事に集中し、全く円香の様子は覚えていない。そう言われてみればちょっと鈍臭い女性だが、毒入りチョコにすり替えるチャンスは彼女にある。栗子はこの事をメモする。


 ・サイン会当日、編集者の円香の様子が変?


「他に何か気になる事はない?」


 栗子は優雅にフルーツティーをのみ、みんなに聞く。全く平和なお茶会だ。皿の上の林檎のパイはほとんどなくなり、フルーツティーも2杯目を注ぐ。一見すると毒入りチョコレートの事件の話などをしている様には見えないだろう。


「あ、事件とは関係ないかもしれないんですけど…」


 未羽が、小さな声で発言し始めた。


「何? なんでもいいから言って?」


 栗子が優しく微笑むと、未羽は自信なさげだがポツリと話し始めた。


「夕子先生の事なんですが。あの先生はけっこうアンチがいますね」


 その話は初耳ではなかったが、こうして言われると栗子が気になった。


「そういえば夕子先生って突然売れたよね。今は和風シンデレラストーリーで人気だけど、ぶっちゃけ栗子先生の方が長年ずっと書いてるのにって思う」


 真凛は口を尖らせた。それと同調するように島崎も続ける。


「二年前ぐらいから突然ごり押しが始まったわよね。なんか、私は不自然過ぎると思うのよ。まあ、事件に関係あるとは思えないけど、夕子先生が逆恨みされてたって可能性はあるかの? 実際私だって栗子先生のが売れて欲しいって微妙な気分!」


 島崎がそんな事を考えていたのか。正直なところ同業者については考えても仕方がないし、コージーミステリに執着心の方が強いので、そんな事は全く考えた事はなく気づかなかった。


 ・夕子先生恨まれていた可能性大


「こうしてメモ帳書いている栗子先生って探偵みたい」


 真凛が無邪気に笑う。


「そう、そう。ミス・マープルっぽいわね!」


 島崎にミス・マープルと言われ、栗子の鼻は高々だ。でもさすがにあの名探偵と同じ名前を呼ばれるのは、おこがましく顔が熱くなる。


「マープルっていうか、シープルね!」


 夫や陽介に散々馬鹿にされた蔑称ではあるが、あの名探偵と一字違いだ。そう思うと、馬鹿にされた呼び名が良いものへと浄化されていくようだ。羊を意味するシープと人間を意味するピープルという陰謀論界隈の蔑称である事をみんなに説明しても、あまり否定されない。栗子も羊のようなルックスともあの名探偵の名前ともあっていて違和感がないからだろう。


「ミズ? ミセス? ミス・シープル? 先生は未亡人ですから、ミス・シープルでもいいかも!」


 未羽がそう言い、この場は穏やかな笑いに包まれた。


「じゃあ、今日から私はミス・シープル。探偵よ!」


 香坂今日子や真凛の事件も偶然が重なったとはいえ、解決に導いた。こうして新しい二つ名も得て、栗子の心は自身にみなぎる。


「じゃあ、さっそく先生の本にもミス・シープルってサインしてください!この前のサイン会のリベンジですよ!」


 島崎がそういったのを皮切りに、本当にミス・シープルとサインを自分の本に書いてみる。


 ちょっと恥ずかしい事は恥ずかしいが、死んだ夫や陽介達に一矢報いたようで、ちょっと嬉しい。それに事件調査の事やコージーミステリの執筆についても応援され、みんなからベーカリー・マツダにシナモンロールがいっぱい入った箱もプレゼントされる。


「うわぁ、うれしい!あの時のプレゼントはみんな警察に押収されてしまったから」


 栗子のシミや皺だらけの目元にうっすらと涙が浮かぶ。栗子は本当に嬉しかった。


「私は、先生がコージーミステリ書くのは正直なところちょっと辛いですけど、先生の事は何があっても応援していますから!」


 島崎にも力強く応援された。


「私もです! コージーでもなんでもついていきます!」


 未羽もちょっと泣きながら言う。心なしかちょっと声も大きくなっている。


「私だって応援してるもん! 大人になったら栗子先生みたいな作家になるんだから! だから栗子先生頑張って!」


 最後に真凛にも励まされ、栗子はポロポロと涙をこぼして喜んだ。


 自分には強いファンがいる。カルトのコネもないし、コージーミステリの新作が売れるかどうかもわからない。少女小説の新作もトレンドに合っていないので売れない可能性も高い。それでも読んでくれる人がいる事実は、栗子を力強く励ました。栗子の中にいる狼はすっかり静かになり、ニッコリと羊のように笑った。

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