ミス・シープル爆誕編-1
食後、ちょうどケーキ屋スズキのプリンをデザートに食べている時、亜弓が帰ってきた。幸子は落書きの処理で疲れてしまったと早々と自室に引き下がり、桃果も部屋でルカと一緒に遊んでいた。唐揚げでお腹いっぱいになってしまい、プリンやロールケーキのデザートももういいのだという。
栗子は一人リビングで事件のメモ帳を見ながらプリンを食べていた。
「おかえり、亜弓さん。夕飯は食べた?」
「ええ。今日は駅でお蕎麦食べてきちゃいました」
「冷蔵庫にケーキ屋スズキのロールケーキがあるから一緒に食べましょうよ」
「わーい!」
亜弓はロールケーキがあると知ると、さっそく小皿にロールケーキを盛り付けてリビングにやってきた。
プリンも美味しいが、みかんやいちごの断面が映えるロールケーキも美味しそうだと栗子は思う。人が食べていると余計に美味しそうだ。
そうは言っても甘くてなめらかな舌触りのプリンとほろ苦いキャラメルソースを味わいながら、今日わかった事を亜弓に報告した。
「えぇ? カルトが関係しているの?」
「たぶんそうよ。松田さんも幸子さんも草生教の勧誘を断っているという共通点があるのよ。怪しいわね」
「ちょっと待って。陽介さんもカルトの仕業だろうと言ってたんだけど」
亜弓もメモ帳を取り出しながら、陽介も嫌がらせを受け、犯人は草生教の連中じゃないかと言っていた事を報告そた。本当はもっと前にわかっていた事だが、空美子の事件もあり、報告するのがすっかり遅れていた。
「どういうこと? なんでカルトがそんな疫病に対して熱心なの?」
「陽介さんの話によると、そうする事で徳が積めて来世で幸せになるそうですよ。そういう教義みたいですね。気持ち悪いですけど」
そう言って亜弓はロールケーキを完食し、ティッシュでクリームがついた口元をふいた。
「だったら、もう嫌がらせの犯人は草生教の連中よ。赤澤医院の息子が実行犯かわからないけど、間違いないわ」
栗子は陽介の推理を認めるようで、内心悔しかったが、ここまで状況証拠が揃うと認めるしか無い。栗子はメモ帳に、嫌がらせに犯人は草生教信者ち大きく書いた。
「でも空美子さんやチョコレートの毒については誰が犯人なんです?」
冷静な亜弓の指摘に栗子は口籠もる。
「おかしいですよ。チラシや落書きなどの嫌がらせと毒もったり、空美子先生を殺すのって次元が違いません? 同じ犯人ですかね?」
糖分をとって頭が冴えているのか、亜弓の指摘は間違いばくもっともであった。
「確かに。なんか毒や空美子さんの事は殺意を感じるわね? 嫌がらせとこの事件は関係ないの?」
そんな発想も栗子の頭に浮かぶ。ノートにもその疑問を書いて見たが、わからない。そう思うと何もかも謎だらけである。
「それはわからない。もしかしたら空美子先生や夕子先生を狙った事もあるかもしれない」
「でも、だって…」
あに二人を恨みそうな人物を思い返したが、やっぱり心あたりがない。ファンがそんな事をするとはどうそても思えなかった。ただ、空美子と話した事を思い出し何かピンときた。紅茶をゆっくりと飲み干し、少し心を落ち着かせてから亜弓に話す。
「そういえば、空美子先生、彼氏がエンジェル万歳教の信者って言ってたんだけど、何か関係ない?」
「ちょっと待って、エンゼル万歳教って草生教と母体が一緒みたいですよ。文花さんがエンジェル万歳教の信者に勧誘受けて困っているらしく、色々調べたみたいでそう言っていました」
亜弓はメモ帳を慌ててめくりながら言う。
「という事はちょっと繋がりがあるわね。なんで空美子先生が殺されたかははっきりしないけど」
「カルトがらみの犯行ですか? ヤバいですよよ。コージーミステリではこんな宗教ネタありましたっけ?」
亜弓は事件の想像以上の大きさに気づき、さらに慌てていた。一方栗子は落ち着き払っていた。
「やめません? 事件調査」
「何言ってるのよ。私はこんな事では負けないわ!」
一方栗子は胸をはる。いつもは人畜無害でお花畑なおばさんに見えたが、急に頼りになるように亜弓には見えた。
「それにこのまま放っておいたら、少女小説ファンの橋本ちゃんだって傷つくわ。そんな読者が傷つくことなんて私にはできない!」
「先生…!」
想像以上に読者思いの発言を聞き、亜弓の目頭も熱くなる。「感動した!」と昔の総理大臣のように叫びたい。この人と一緒に仕事をしていて良かったと思うほどでもあった。
「それにこのまま嫌がらせが商店街にされたら大変よ!」
さっきより大きな声で栗子は吠えた。
「ベーカリー・マツダのパンが食べられなくなったらどうしましょう! それにケーキ屋スズキのケーキだって絶品なのに! 石田書店がなくなったらどこでコージーミステリを注文すればいいのよ!? 幸子さんのカフェがなくなったら買い物中に疲れたどこで休めばいいの? 幸子さんのカフェの玉子やハムのサンドイッチやココアやフルーツティー…」
こうして栗子は火因町商店街のグルメがいかに美味しいか述べた。結局は食べ物の為に調査をしたいという事が亜弓にも伝わってきてドン引きである。いつもの栗子だと安心するとともに、さっきの発言で目頭が熱くなった気持ちを返してほしいものだ。
事件調査のヤル気になった栗子と今後の計画も立てた。カルト教団の仕業だと証明する事、同時に少女小説ファンが事件と無関係である事も証明したい。橋本ちゃんをはじめ、少女小説ファンに接触する事も決定した。
彼女たちに焼き菓子を配ってもさほど口が緩むとも思えないので、栗子の書いた小説にサインを入れて配るという作戦に決定した。名付けて「サイン本大作戦!」。
その夜栗子は、出版社から送られてきて新作の見本誌数十冊にサインを入れ続けた。これで効果があるかはわからないが、居てもたってもいられない。一刻も早く事件を解決しなければ!栗子はそう決意を新たにした。




