カルト疑惑編-2
いつもベーカリー・マツダの店内がシナモンロールやカレーパン、動物パンやガーリックトースト、食パンにガーリックトーストと色とりどりのパンで溢れていたが、今日はほとんど置いていない。帰りにいくつか買っていこうと思ったが、栗子は残念に思った。
「パンほとんど無いわね…」
「あぁ、実は工藤さんがうちが嫌がらせ受けてるって聞いたら買い占めてきてね…」
ベーカリー・マツダの店長の直人は苦笑していた。髪の毛は真っ白だが、体格がよくまだまだ若々しい人物で、のが町内会の会長の勢力的にこなしている。
「ま、三上牧師も日曜礼拝の時に信徒さんに配るって言っていっぱい注文してくれたんだよ。本当ありがたいな」
和水からその話を聞き、栗子の胸もきゅんとする。いい男である。あの男の趣味が悪い亜弓でも惚れてしまう理由がわかるが、彼女の恋は前途多難だろう。今のところ、亜弓からは恋愛について良い報告は一度ももらっていない。
「それより、嫌がらせがずっと昔からあったってきいたんだけど」
「あぁ…」
二人とも表情を曇らせた。
「これがお祭りの時にポストに入ってた手紙なんだけどさ」
直人はレジの奥から手紙を持ってきた。手紙はパソコンで打たれたものだろう。活字で印刷され、「疫病をばら撒くお祭りを中止にしろ!さもなければこの町は呪われ地獄に落ちる!」とある。突然呪いとか地獄とか言われても栗子はピンとこない。
「でもこの手紙はちょっと怖かったよな…」
直人は2枚目の手紙を広げた。そこの文面は確かに怖い。「香坂今日子が死んだのはお前らのせいだ!この町は何をしても呪われ、殺人事件が続くだろう」と書いてあった。
「この手紙、香坂さんの事件の後に届いてさ」
当時の事を思う出したように和水は顔をしかめて、おでこをかいた。
「確かに気持ち悪いわね。この事は警察に言った?」
栗子も顔を顰めながら尋ねた。
「いや。まあ、すぐ今日子さんを殺した犯人は捕まったじゃん? 栗子さんにおかげで」
そう直人に言われるとちょっと栗子は照れるおもいがした。頬が少し赤くなる。
「しばらくこんな嫌がらせはなかったんだけどなぁ」
「和水くん達は、あの陰謀論者の陽介の演説とか聞いた?」
二人とも首をふる。という事は、陽介がこの事の原因とも言い切れないようだ。
「松田さんに限って無いと思うけど、何かトラブルとか抱えたりしてない?」
言いにくい話題だが思い切って聞いてみた。
二人がしばらく考えた後、無いと言った。
「あ、でも」
栗子ががっかりしかけた時、直人がちょっと大きな声を上げた。
「赤澤医院とはちょっと…」
言いにくそうに直人は言う。口籠もり、あまり言いたくなさそうだ。
赤澤医院は商店街にある内科医だ。ちょうどミチルの唐揚げ専門店があった場所の目の前にあり、駅から離れたところであまり立地は良くない。とはいえ、必要な場所ではあるので、患者がいないという話は聞いた事はない。健康体の栗子は滅多に病院に行かないので、評判はよく知らなかったが。
「赤澤医院のあの息子さんですよ…」
和水が付け加えるように言った。赤澤医院の息子と聞いて栗子も思い当たる節がある。赤澤隼人という名前で、確か自分と同じ作家である。医者という肩書きを全面に出した医療ミステリなどを発売していたはずだ。ただ引きこもっての執筆なのか、その姿は滅多に見た事はなかったが。
「その息子さん、かなり熱心なカルト信者なんだよなぁ。なんだっけ?草生教とかいう、けっこう大きな規模のカルトなんだけど。栗子さんは聞いたことある?」
和水に言われて、どんな宗教だったか思い出す。名前は聞いた事があるが、興味がない話題なのでそれ以上はわからない。
「あんまり聞いた事は無いわね」
「うん、俺も興味なかったんだけど、赤澤医院の息子さんがかなり熱心に勧誘に来てな…」
いつも朗らかで明るい直人にしてはならないかなり暗い表情だった。
「断ったんだけど、かなりしつこくてさ」
「ま、親父が言うように赤澤医院の息子が関わっているとは思えないけど、うちとトラブルと言えるものは、それだけだよ…」
栗子は今知った事をメモする。
・赤澤医院の息子の隼人がカルト信者
・松田さんとのトラブルは隼人からカルト勧誘を受けて断った事のみ
・この事と嫌がらせや事件と関係ある?
しかし、いくら考えてもわかりそうにない。




