殺人事件編-3
翌日、日曜日。亜弓は仕事は無いが、のんびりする気分になれなかった。
朝、文花からメールが届いているのに気づいた。文花もこの騒ぎを知っていて、栗子を気遣う言葉とともに橋本ちゃんの事が書いてあった。
なんと彼女は警察に疑われているらしい。なんでも彼女が夕子にあげたチョコに毒が入っている可能性が高く、警察が彼女に取り調べをしているのだと言う。捕まってはいないが、文花はかなり憤っていた。文花は橋本ちゃんと親しいらしく、「こんな事をする人では無い!」と怒っていた。メールに文面だけでもあの文花でも憤っている事がありありと伝わってきた。
栗子にもお見舞いをしたいと言うので、二人で行くことになった。10時に火因町駅で落ち合い、一緒に行くことになった。
亜弓は、その前に商店街の方を見る事にした。
幸子のカフェにはしまっていたが、警察が彷徨いていて騒がしい。
ベーカリー・マツダやケーキ屋スズキはいつもと違って客があまりいなかった。日曜日の午前中なら行列とまではいかないが、客で賑わっているのに。
ちょうどベーカリー・マツダから工藤が出てきた。
「こんにちは、工藤さん」
「おぉ、メゾン・ヤモメのところの亜弓さんじゃないか」
工藤は両手いっぱいにベーカリー・マツダの袋を持っていた。ベーカリー・マツダファンの工藤にしては珍しい事では無いが。
「昨日は大変だったな。ベーカリー・マツダのパンに毒が入ってたって噂だよ」
「え!?」
亜弓は大きな目をさらに見開いた。そんな話は初耳である。文花の話では、橋本ちゃんのチョコから疑いがあるというし、警察はカフェを調べているらしいし、一体何が本当なのか?
「そんな嘘よ。松田さんが毒入れる動機なんてないじゃない」
「わかってるよ。単なる噂だよ。でも松田さんも和水くんも落ち込んでた。だからいっぱい買ってきたんだよ。冷凍保存できる食パンやフランスパンばかりだがな」
工藤は意外といい面もあるらしい。工藤を見直したが、問題はそこではない。そんな噂が広まってしまったら、店にとって打撃ではないか。工藤が買え支えたとしてもたかが知れている。
「じゃあ、栗子さんによろしくな。頑張れよ」
工藤はちょっと亜弓を励ますようにいって、亜弓の前から去っていく。
ケーキ屋スズキはもっと客がいない。主婦らしき女達ががヒソヒソと噂している姿も見えた。
亜弓がケーキ屋スズキに行き、店員の拓也に軽く事情を聞いてみた。
「あ、亜弓さん」
拓也は明らかに落ち込んだ顔を見せた。ガラスケースの中には、フルーツケーキやチョコレートケーキ、プリンなどの色とりどりの生菓子が詰め込まれていたが、拓也はそれらに悲しそうな視線を向けた。
一瞬栗子に持っていこうかと思ったが、医者にケーキを食べて良いものか聞いていなかった。手については、介助して食べさせれば良いが、胃の方はまだ万歳ではないはずだ。とりあえず、日持ちのするマドレーヌやクッキーなどの焼き菓子を適当にかった。
「変な噂が流れてるんですってね」
「あぁ…。昨日うちに警察が色々聞いてきてさ、それで噂に尾鰭がついたんだろうな」
いつも明るく人懐っこい笑顔を見せる拓也だったが、明らかに落ち込んでいて表情も暗い。やはり、自分もできる限り事件を調べうと思ってしまった。
「警察はなんて?」
「あの生チョコをかった客はどれくらいいたとか、ピンク頭の若い女は客で来たかとか、怪しい人はいなかったのか?とか聞かれた」
「それで何て言ったの?」
「バレンタインやホワイトデー時期は客が多いしさ。でもピンク頭の客は覚えてたよ。何しろあの頭は目立つし」
ピンク頭の客は橋本ちゃんの事だろう。実際彼女はここの生チョコをプレゼントとして夕子に渡していた。警察が聞いてきということはやっぱり橋本ちゃんを疑っているのだろう。
「それと変わった事なかった?」
「まさか、また事件を調べているの?」
拓也は少し引きながらもニヤリと笑った。今日初めての笑顔だった。
「そっか。また犯人見つけてうちらの店の評判も守って欲しいよ。うちは絶対毒なんて入れないって」
「それはわかってるって。他に気になる事とかない?」
しばらく拓也は考え込んでいた。
「うーん。事件に直接の関係あるのかわからないんだけれど、幸子さんのカフェに変な若い男がうろついているのをみた」
「え? どんな男がだった?」
「わかんないけど、怪しい男だった。マスクにサングラス。でも今の時期だったら別にそんな怪しくも無いけどさ。もしかしたら幸子さんのカフェに嫌がらせした奴かもな。俺が声かけるとすぐ逃げて行ったよ」
「わかった。ありがとう」
亜弓は拓也に例を言ってケーキ屋スズキを後にした。カバンからメモを取り出してメモを書く。
・幸子さんのカフェに怪しい男。事件に関係あるかは謎。




