毒入りチョコレート編-6
こうして身支度を整えて、栗子は幸子のカフェに向かった。
カフェの前には幸子が屋台の準備を始めていた。秋祭りと同じようにドリンクやクッキーを売るようだが、それに加えて栗子や夕子、空美子の新刊も一部並べられていた。サイン会の整理券は配布し終えてまったが、一見さんに売るためのもので石田書店からの持ってきたものだった。
まだ準備中だったが、何かイベント事をしていると思われ、商店街の客達がカフェをチラチラとのぞいていた。やはりイベントをしてカフェを盛り上げようという栗子の作戦は悪くなかったようだ。
栗子はカフェの裏手からバッグヤードに入る。
既に夕子や空美子、編集長の貝塚や円香、それに亜弓も到着していた。
「栗子先生、遅いですよ。あら、今日の先生は本当に羊みたい」
亜弓は栗子のファッションを見て目を丸くする。他の面々も栗子を見て次々と羊みたいと声を上げる。陽介や死んだ夫に「シープル」などと言われるには腹が立つが、こうして女達に邪気なく褒められると嬉しいものである。栗子は鼻高々で、みんなに声を上げる。
「今日はありがとう。さっそく準備をしていきましょうね!」
「はい!」
一同が笑顔で頷いた。
まずサイン会の流れを抑えて、実際にバックヤードでサインを書く練習を栗子、夕子、空美子で始める。
特に夕子は久々に人に囲まれて嬉しそうな顔を隠せていなかった。円香がドジしてお茶をこぼしたりもそていたが、準備は滞りなく進む。栗子はサインは書きやすい崩し文字だが、イラストレーターの空美子はイラストを入れている。クマのイラストだが、なかなか細かい。描くのは大変そうに見えたが、空美子は涼しい顔をしていた。
「貝塚さん、亜弓さん、その箱は何?」
栗子は亜弓と貝塚が小ぶりの箱を持っているのにきづいた。
「あ、これは読者からのプレゼントボックスを入れるのよ。私が持っているのが、夕子先生の」
「私のが栗子先生のですね。昔、栗子先生がサイン会やったときもプレゼントいっぱいきたっていう噂を聞いたので」
亜弓はちょっと苦笑していた。島崎や未羽、真凛などの濃いファンを思い出しているようだ。
「プレゼントって食べ物とかですか?」
空美子が箱を見ながら指摘する。
「大丈夫ですか? 安全ピンとか入れられたりしませんかね?」
「えー、そんな昭和アイドルみたいなことはあるの?」
空美子の話を聞いて、栗子は顔を顰めた。
「人気漫画先生の所アシスタントした時があったんですけど、時々アンチから嫌がらせがあったみたい」
今日の空美子は、前あった時と違ってメイクをし、少し華やかなワンピースを着ていたが、不安を隠せないようだった。
「大丈夫でしょ」
同じくちょっとオシャレなスーツを着ている夕子が言った。やはり久々に外に出られて、夕子の目は冬眠明けに小動物のように生き生きとしていて、空美子のような不安な表情は見せていなかった。
「そうね、大丈夫でしょ。私もよくお菓子もらうし、たまにアンチもいるけど、そんなトラブルになった事はないわ」
栗子も夕子の意見に同意した。
「少女小説家のファンなんていつもの濃い面子ですし、たぶんいつもファンレター送ってくる人たちでこちらも住所とか把握していますから」
「そうでしすね。まあ、あの面子で何かしでかすとは思えませんよ」
貝塚や亜弓が同意して、空美子は何も言い返せなくなった。こうしてプレゼントボックスはサイン会の開催される机の上に置かれる事になった。
外は少々騒がしい。もうサイン会の客達も集まり、屋台も始まり幸子や石田店長慌ただしく働いていた。
石田書長は整理券を確認し、順番通りに並べているようだ。やはり、少女小説家のファンは大人しいようで、特にトラブルもなく綺麗に列ができていると、石田書長をアシストしているバイトの田端から亜弓に報告が入った。
「まあ、そんなナーバスにならないで。サイン会始めてだから緊張しているのよね」
最後に栗子は空美子を励まして、サイン会に席についた。




