毒入りチョコレート編-5
ついにサイン会の日はやってきた。朝早くから幸子、栗子、石田書店の店長、そして雪也までもカフェでサイン会の会場を作っていた。
雪也は男手が必要なので呼んだが、意外と素直に栗子達の指示に従い、テーブルや椅子をならべかえたり、花やポスターなども設置した。最後に石田書店からの在庫である栗子や夕子、空美子の本の山を並べて終了である。サイン会に整理券は既に石田書店が配布済みで、50名分の整理券は昨日全部配布し終えたらしい。
「それにしてみ良いよなぁ、サイン会」
雪也は羨ましそうに出来上がった会場を見廻した。ちょっと悔しくそうでもある。
「雪也だって頑張ればサイン会できるわよ」
「難しいよぉ。俺の本はまだ株の本しか出てないしさ」
雪也は死んだ夫の息子で栗子と血の繋がりはない。株の本や異世界もののライトノベルを書いている。どうやら雪也の想像以上に本の執筆作業が大変のようで、最近すっかり丸くなり、栗子について悪口を言うことなどだいぶ少なくなった。真凛の事件の時には、せっかくできた彼女も失ってしまった為、最近とても大人しい性格にも変わっている。
「それにしてのカフェでサイン会かぁ。本音ではうちの店でやって欲しかったんだけどなぁ」
石田店長は眉を下げて苦笑する。
「ところであなたの店の嫌がらせは減った?」
幸子はちょっと心配したように言った。幸子の店に嫌がらせは、たまにチラシを撒かれたが、少女小説ファンのちょっと不気味な女達が、店に来るようになってからだいぶ減ってきた。栗子の予想では読書会をやって犯人は逆上するものだと思っていたので肩透かしである。逆上した所を捕まえても良いと思っていたのでちょっと残念である。
「ああ、それですか。船木さんの本を全撤去したら全く無くなりましたよ」
「やっぱりあの男のせいだったのね」
一同ため息をつく。とはいっても連日駅前では演説をしているし、ネットでは動画や電子書籍も新しく出している。陽介は逆に絶好調のようだった。
こうして会場でき、栗子は一旦メゾン・ヤモメに帰る。入れ替わりのように亜弓はサイン会の準備で石田書店の方に出バタバタと行ってしまった。
「亜弓さん、頑張ってね〜」
「栗子先生こそ、あんまり緊張してないですね。じゃあ、打ち合わせがあるので行きますよ」
ちょっとだけ会話はできたが亜弓は忙しいようだった。
栗子はまず自分の部屋に行き、今日のために準備した服に着替える。
モコモコとした白いセーターに白いチノパン。全身白だ。これは幸子に選んで貰った服で、本当に羊にみたいに似合うからと是非勧められた。
サイン会と言ってもカフェでする異例のイベントである。あまりきっちりオシャレしすぎるのも違和感があるという事で、夕子や空美子とも話し合ってカジュアルな服装にしようという事に決まった。
とは言っても全くオシャレをしないのも客前に出るのにダメだと思い、幸子に服を選んでもらった。
メイクは桃果にやってもらおうと思い、メイク道具をもってリビングに降りる。
「あら、今日はちょっとオシャレしているのね?白いモコモコの服がよく似合ってるよ」
桃果は栗子の羊のようなファッションを見て、楽しそうに笑う。
「桃果、メイクやってくれない?私あんまり得意じゃないのよねぇ」
「いいけど。整形レベルまでは変わらないわよ」
「そうじゃなくて、ちょっとオシャレに見えればいいから」
そんな事を言いながら、さっそく桃果は化粧水を塗り、栗子の肌を整える。歳のせいか、正月に食べ過ぎたのかちょっと肌のコンディションは良くないが、下地を塗り、シミやソバカス、吹き出物をコンシーラーで隠しただけでみだいぶ顔色が良くなった。
「桃果は今日のイベント行かないの?サイン会だけでなく、カフェの前で屋台が出て幸子さんがクッキーやココアやコーヒーを売るんだ」
「それはいいわね。別にシーちゃんのサインはいっぱい持ってるから今更要らないけど、お祭りみたいのはいいね」
桃果はファンデーションを塗り、芸術レベルの指さばきで眉を描き、アイシャドウを塗る。
「秋のお祭りは中止になったもんね。あの事件のせいで」
「そうなのよ。本当にあの犯人のせいで、今でも許せないわ」
あの香坂今日子の事件を思い出して栗子はぷりぷりと怒ったが、鏡の中の自分は普段よりだいぶ華やかになり、栗子は目を輝かせた。
「わぁ。けっこう綺麗にできたわね」
メイクをきちんとした栗子のかおは、まさに人畜無害の優しい顔もマダムである。面の皮の下に少々いワガママで自己主張をはっきりとする性格が隠されているとは、誰も思わないだろう。
最後に髪の毛を桃果にセットしてもらう。前髪をドライヤーでふんわりとさせ、スプレーで固めた。紫色の前髪が際立ち、一段と上品に出来上がった。
「こうして見ると、本当に羊みたいよ、シーちゃん!」
桃果は出来上がりに満足し、容姿が整うと栗子もだんだん気分が上がってきた。




