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プロローグ

 日曜日の午後、亜弓は讃美歌(さんびか)を歌いながらメゾン・ヤモメに帰ってきた。かなり上機嫌である。


 亜弓は、教会の牧師である三上千尋(みかみちひろ)に惚れてしまった為、日曜礼拝にも出かけ始めていた。とはいっても敬虔な千尋には亜弓のアタックは何の効果も無いらしく、今度の恋愛も上手く行くようには全く見えないが。


 それでも千尋の説教や聖書勉強会なども面白いらしく、日曜日の亜弓は機嫌がいい。


「あなた、機嫌がいいわね。今日は聖書のどこの説教を聞いたの?」


 栗子はリビングでポテトチップスを食べながら、そんな機嫌のいい亜弓に話しかける。亜弓もニコニコとポテトチップスを頬張っている。


「今日は、イエス様が悪魔から誘惑を受けるところを聞きましたよ」

「どんな話? ちょっと気になるわね」

「確かイエス様に悪魔が、自分を拝むならこの世にある名誉などを全部あげようって誘惑するんですが」

「へぇ。やっぱり悪魔とはいえ、名誉ぐらいは好きにできるのね」


 真凛の事件を思い出す。栗子はちょっと不快そうにしながら、ポテトチップスをつまむ。キムの店で新たなに売り始めたバーベキュー味のポテトチップスでこれは当たりである。亜弓と一緒に食べているが、あっという間に一袋分を完食しそうである。


「でもイエス様は聖書の言葉を引用して悪魔の誘惑をはねつけるんですよ。すごいですね。千尋さんも言ってましたけど、この事でイエス様は完璧な神様である事を証明しているんですって」

「へぇ。そう聞くと聖書も面白そうね。でも、人間は悪魔からの誘惑をはねつける事は出来るのかしらね? クリスチャンはともかく普通の人はどうなの?」

「うーん」


 亜弓も考えこむ。


 真凛の事件では、悪魔に魂を売る人間が実際にいる事を目の当たりにした。子供を生贄にして、悪魔を喜ばせる儀式を繰り返し、社会的成功や地位や名誉を得ようとしていたそうだ。


 そこまでの事をしなくても、「悪魔に魂を売る」という言葉が実際にあるので、そういう事は事実としあるのだろうか。栗子はしばし考え込む。


「栗子さんは、地位や名誉を全部あげるから、魂売れって言われたら売りますか?」


 ちょっと冗談っぽく亜弓が言っていたが、やっぱり栗子は考えてしまう。


 もし長年ずっと書きたかったコージーミステリを書けると誘惑されたら?売り上げを気にせず、読者の評判も気にせず好きな仕事をして良いと言われたら?


 栗子はそんな誘惑をはねのけられる自信はなかった。今だって少女小説は書きたく無いと口で言いながら、ダラダラと続けている。それは妥協、金、市場の需要などの問題もあるが、結局居心地の良いぬるま湯みたいな環境に馴れ合っている結果でもあった。


 少女小説は書きたく無い癖に目指しているコージーミステリ作家になる覚悟や勇気もまるで無かった。そんな状況は、悪魔に積極的に魂を売って居なくても、神様のように正しいわけでも無いと思わされる。実に中途半端な状況だった。文句を言う事だけは立派な癖に自分から改善しようとせず、現状に甘んじていた。


「わからないわ」

「まあ、悪魔なんてそうそうやってきませんよ、栗子さん」

「そうかしら?」

「そうですよ。千尋さんも町の平和を守られますようにって今日も祈っていましたから大丈夫ですよ」


 そんな事を話しながら、再び殺人事件に巻き込まれ、作家という職業はそんな誘惑とかなり近い事などは夢にも思っていなかった。


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