甘い毒
頭を空っぽにしてお読みください。誤字脱字報告ありがとうございます!!この物語はシリーズです。最後までお読みいただいた上でパクリ等判断をしていただけると幸いです
私は幼い頃から厳しく育てられた。王太子殿下であるカイディン様と物心がつく頃には城で顔合わせをして妃候補に入れられ、両親から引き離されて城での厳しい教育を受けた。一つ間違うだけで鞭で打たれ、泣けばもっと打たれる。私と同じ様に他の少女は居たのだが、時が経てば私ともう一人の三歳年上の少女、ケイトリン様だけが残っていた。
私は少ない自由な時間を、綺麗な花々が咲き誇る温室の隅でいつも泣いていた。見つかればまた鞭で打たれる。だから隠れて泣くことしか出来なくて、それが辛くて、痛くて……寂しくて。
そんなある日、ケイトリン様が隠れて泣く私を見つけた。私は顔から血の気が引き、惨めに縋る事しか出来なかった。
「お、お願いします!!私が泣いてた事は秘密にして下さい!!お願いします!!」
「大丈夫よ、落ち着いて。貴女はクラリッサ様で合ってるかしら?」
「……はい、みっともない所をお見せしてしまい、申し訳ありません」
「ふふっ、謝ることなんて無いわ。だって私も少し前まで此処で泣いていたんだもの」
「……ケイトリン様も?」
「ええ、少しミスをしても鞭打ちなんて酷いわよね。私達は道具なんかじゃない、ちゃんと生きてる人間なのに」
「……私は道具だと両親も、先生も、王妃様も仰っていました」
「本当に嫌になるわ。確かに私達は大人からしたら良い駒なんだろうけど泣く事すら奪ったら唯のお人形よ」
「……どうしたら私はケイトリン様みたいになれますか?」
ケイトリン様は輝かしいブロンドの髪で、空色の瞳も綺麗で天使みたいだけど、とても強い人なんだと私は思った。反対に私は同じブロンドだが、夏草色の瞳で容姿なんて平凡だとメイド達に裏で言われている程だ。
「クラリッサ様はクラリッサ様で良いのよ。貴女には貴女の良さがあるから。私と同じになる必要なんて何もないのよ。でも、そうね……良かったら私の事はケイトと呼んでくれる?」
ケイトリン様……ケイト様は私の泣き顔でぐしゃぐしゃな顔をハンカチで優しく拭ってくれた。私はそんなケイト様をまるでお姉様が出来た様に感じて久しぶりに笑った。
それからというもの、自由な時間はケイト様と一緒に過ごす様になり、お茶会も何度もした。お互いに好きな物や、嫌いな物を言い合ったりしてお互いに知らない事は無い程、仲が良くなった。私はケイト様が大好きだった。
「クラリー、どうしたの?もしかしてナッツクッキーは嫌いだった?カイディン殿下から頂いた物だったのだけれど……」
「あの……アレルギーなんです。食べたら死んじゃうかもしれないから食べちゃ駄目だって言われてて」
「ごめんなさい!!それは知らなかったわ……本当にごめんなさい」
「いえ、言わなくてごめんなさい。隠していた訳では無いのですが……」
「駄目よ!!命に関わる事なんだから、ハッキリと言わないと!!」
「ふふっ、私やっぱりケイト様みたいになりたい」
喜怒哀楽がハッキリしているケイト様はまるで太陽みたいだ。いつも誰かの言いなりになって、言われるがままの私にはとても眩しかった。
だが、この楽園に足を踏み入れた人物がいた。王太子殿下であるカイディン様と、その友人であるコルテス様だった。コルテス様はいずれカイディン様の騎士になる事が決まっている人だった。
カイディン様は王族の証である銀髪をしていて、翡翠色の瞳は柔らかく、見惚れる程に中性的な美しさだ。反対にコルテス様は漆黒の夜を思わせる髪をしていて、無機質な黒い瞳をしていた。私は何故かコルテス様に目を惹かれて暫く見つめてしまった。
この人は私と同類だ。太陽に照らされて静かに輝く月のようだと。
カイディン様とケイト様は同い年で、付き合いが私よりも長く仲睦まじい。側から見ると本当にお似合いの二人だ。なのに、何故私はまだ婚約者候補に居座っているのだろう。
四人になった世界、ここは楽園。この時にはもう抜け出せ無くなっていただなんて本当に……。
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カイディン様はケイト様を心から大事にしているのが分かるほどだ。ケイト様はカイディン様の言葉を軽く流している様だったが。残された私はコルテス様と話す事が多くなった。コルテス様はあまり喋るのが得意では無いようだが、私も同じだ。でも、それが心地よくコルテス様をもっと知りたいと思った。
でも、そんな勇気なんて私には無くて、初恋の相手にどう話せば良いか分からなかったが、それすらも幸せだった。
そんな時が何年も続き、少しずつケイト様の様子がおかしいと感じ始めた。時折、暗い表情になるのだ。
「ケイト様?どうしました?最近、悩んでいる様ですが……」
「クラリー……いえ……大丈夫よ、心配しないで」
もうすぐカイディン様の婚約者が決まる。ケイト様が心配しなくても選ばれるのはケイト様なのに。
ある日胸騒ぎがして夜中に寝てるの承知で、ケイト様の部屋を訪ねて扉を開けると、ケイト様とコルテス様が抱きしめ合っていた。私は言葉を失い、声を上げないように両手で口を塞ぐ。
「クラリー……ごめんなさい。私は愛する人と自由に生きたいの。妃になるつもりなんてない……ごめんなさい……」
その言葉にコルテス様は静かにケイト様を強く抱きしめた。私は泣きそうな気持ちを殺して黙り込む。姉同然な大好きなケイト様、初恋であるコルテス様。私は二人とも大好きだ、私にできる事は沈黙だけだった。切り裂かれそうな胸の痛みは仕舞い込んで。
「私達はこの後、隣国に行くつもり。優しいクラリー……貴女は貴女の幸せを見つけて頂戴。ごめんなさい、クラリー……」
二人はローブを纏い開け放たれた窓から、コルテス様がケイト様を抱き上げ飛び降りようとしていた。その背中にか細く、聞こえるか分からない言葉を言った。
「……コルテス様、ずっとお慕いしていました」
コルテス様は振り向いて、何も言わずに悲しそうに笑って飛び降りた。
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「どうしてだ……ケイト……そんなに私と婚約するのが嫌だったのか?どうしてコルテスと……クラリッサ、君は知っていたのか?」
私が返すのは沈黙。言葉にしたら足元から全てが崩れ落ちそうな気がして。ただ黙ってカイディン様を見続けた。
「ケイトもコルテスも、クラリッサ……君までも私を裏切るのか……?許さない、許さない!!」
カイディン様は私に近づいて、ドレスを無理矢理引きちぎり、床に押し倒す。そこからは痛みと悲しみと絶望しか思い出せない。気づいたら、ボロボロになったドレスで裸同然で呆然と涙を流しながら床に座り込む私だけが残っていた。
直ぐに私は王太子殿下カイディンの婚約者に収まった。
私はどうしたら良かったのだろう。大好きな二人を裏切りあそこで悲鳴を上げれば良かったのか……行かないでくれと無様に縋り付けば良かったのか。何が正解だったのだろうと同じ事を何度も考える。でも、結局正解なんてないんだ。
私は昼間はベッドに繋がれた鎖で部屋からは出れない。カイディンは毎日やってきては怒りをぶつける様に私を抱く。それもケイト様の名前を呼びながら。
「ケイト……ケイトリン……コルテス、何故どうして……」
何度も呪いの呪文かと思うほど、何度ケイト様とコルテス様の名前を呼ぶ。私は?私の存在価値は?
「クラリー、君が好きな薔薇の花だよ」
(私が好きなのは白百合よ)
「クラリー、君と瞳と同じ色の
ドレスを」
(私の瞳の色は青じゃ無く、夏草色よ)
「クラリーの髪に似合うと思って、君の好きな花の髪飾りを作ってもらったんだ」
(私は花よりも蝶が好きなのに)
痛い、苦しい……誰か助けて。
愛する人に裏切られ、相手は親友。怒るのは当然だろう。きっと私よりも喪失感が大きいのだ。だが一か月程すると、月ものがきていない事に気づいた。
その時私は絶望した。
私は誰だ?私は、鏡を覗き込むとケイト様が涙を流して映っていた。あれ?ケイト様はこんな顔をしていただろうか。違う、此れじゃない……鏡に映る私は誰だ?
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「クラリー、今日は君が好きだと言っていたナッツクッキーだよ」
「嬉しいです、カイディン様。私の好きなお菓子を覚えてくれてたなんて」
私は差し出された甘い毒を喜んで口にする。何枚も何枚も食べて段々と呼吸が出来なくなってくる。遂には呼吸が出来なくなり倒れる。
「クラリー!?」
体が痙攣し、視界が暗転しする。次に目を覚ました時にはカイディン様がやつれた顔で、今にも倒れそうに私の手を握っていた。
「すまない、クラリー……君がナッツアレルギーだなんて知らなかったんだ。そして今まで私の行いは許された事では無い……どうしようもない気持ちをクラリッサ、君にぶつけていた」
「カイディン様、私はクラリーではありませんよ?いつもの様にケイトと呼んでください。カイディン様と私の仲ではありませんか」
私はケイトリン。薔薇の花が好きで、虫は苦手。いつか城の外へと出て、色々なものを知りたい、見てみたい。勉強は好きじゃないけど動くのは好きな方。
「クラリー……残酷な事を言うが、お腹の子供は流れてしまったらしい」
「……?何を仰っているんですか?私達の間に子供なんている訳ないじゃないですか」
「クラリー?……本当にどうしてしまったんだ?」
「ケイトリンですよ?カイディン様、どうしちゃったのですか。あんまり変な冗談を言わないでください」
ここは楽園、二人だけの世界。もう抜け出せないけど大丈夫、何も問題ないから。未だに胸が痛いのは気のせい。ボーッとする意識の中、あれ?私ともう一人いたはずなのに覚えてない
でもこれだけは分かる。貴方のせいで全ての感情がすり抜けていった。大切な物が壊れた音は鈍く刺さる。
貴方が私を壊したの。
私は間違ってない。
相変わらず狂ってる作者