第1話【問題用務員と準決勝開幕】
「ユフィーリア・エイクトベルさん、そろそろ出番です」
「結構時間がかかってたじゃねえか」
「第3組の予選がなかなか終わらず、ようやく試合終了となって挑戦者が選出されました」
運営側の男子生徒に名前を呼ばれて、ユフィーリアは控室の外に連れ出される。
これから始まるのは準決勝だ。
3つある組の中から代表者が1名選抜され、上位3名が戦う。この3名のうち誰か1人が勝てば、決勝で待ち受けるイザヨイ・サブロウに挑めるのだ。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を吹かし、運営側の男子生徒と何気ない会話を続けながら思考を巡らせる。
イザヨイ・サブロウの名前は聞き覚えがある。
強者を求めて極東地域を渡り歩き、挑んできた猛者を切って捨てて首級を挙げた侍だ。誰かに挑むという武人のような思考回路しか持ち合わせておらず、この地下闘技場はピッタリの場所だろう。何せ強者は向こうからやってくるのだから。
(絶対に終わらせてやる)
そう、終わらせてやるのだ。
ユフィーリアは第七席【世界終焉】として与えられた役割をこなすだけである。彼は自分の欲に負けて脱獄し、このヴァラール魔法学院に潜入した。それが運の尽きだ。
ここで彼の功績すらも消し飛ばし、この世界から排除しなければならない。記念すべき100人目の犠牲者である。
「大丈夫ですか?」
「ん、何が?」
唐突に声をかけられて、ユフィーリアは何でもないような雰囲気を装って運営側の男子生徒に応じる。
「思い詰めている様子だったので。何かあったのかなと」
「まあ、決勝戦にどうやって行くかなと考えていたところだ」
まずは決勝戦に到達しなければ話にならない。準決勝までやってきたが、決勝戦に行けなかったらもう乱入するしかない。
「体調不良なら棄権も出来ますので、その際は仰ってくださいね」
「それならもう乱入するしかなくなるなァ」
「絶対に止めてくださいね」
運営側の男子生徒に真剣な表情で止めるように言われ、ユフィーリアは苦笑するしかなかった。
☆
「さあ、地下闘技場も残すところあと2戦!! やってまいりました、準決勝のお時間です!!」
地下闘技場の会場部分に繋がる1歩手前の部分で立ち止まり、ユフィーリアは運営側の生徒に「待っていてくださいね」と念を押される。本当に実況の最中に乱入すると思われているのだろうか。
頑丈な檻が行手を阻み、その先には見慣れた狭い戦場が広がっている。
遮蔽物が吹き飛んでいたり、地面が黒焦げになっているのは、今までの予選の余波がまだ残っているのだろう。修復魔法は使わないのだろうか。
待っている間は退屈なので、ユフィーリアは司会者を務める生徒による準決勝まで勝ち上がってきた挑戦者の紹介に耳を傾ける。
「まずは1人目、屈強な肉体とは対照的に繊細な魔法の操作が得意な5年生!! 正確無比を極める遠距離からの魔法攻撃は地下闘技場の中でも随一を誇るでしょう!!」
それまで歓声で喧しかった観客席が途端に静かになり、司会者による紹介文の読み上げがやたら大きく響き渡る。
「趣味は手芸、特技は格闘技!! ゴリラのような見た目に騙されないで、彼は意外と乙女な部分も持ち合わせる!!」
ガラガラ、とどこかで檻が開いた。
戦場に足を踏み入れたのは、司会者の言葉通りに屈強な肉体を持つ背の高い男子生徒だった。確かに彼の言う通り、彫りの深い顔はまさにゴリラと称してもおかしくない。
短く切り揃えられた焦茶色の髪、制服の上からでも分かる彫像のような肉体美はエドワードと同等と見ていい。彼の身体の大きさに合わせて制服を作るのは大変苦労しただろう、歩くたびに揺れる長衣も仕立てのいい襯衣も洋袴も何もかもが他の生徒と比べて規格外だ。
ジロリと誰もいない戦場を睨みつける生徒の名前を、司会者の生徒が叫ぶ。
「魔法が得意な知的ゴリラ、アルバート・キルシュタイィィィィィィィィィン!!」
わああああああああ、と割れんばかりの拍手が知的ゴリラことアルバート・キルシュタインを出迎える。知的ゴリラという言葉が強すぎて、ユフィーリアは思わず笑ってしまった。
魔法が得意なゴリラも笑える言葉である。司会者の紹介の仕方に才能みたいなものを感じる。まあ自分があんな感じに紹介されたら、迷わず今度は氷塊を叩き落とす所存だが。
知的ゴリラと紹介された影響か、アルバート・キルシュタインは拳を掲げて雄叫びを上げた。彼なりのサービスなのだろう、自分でも知的ゴリラと認めているのか。
「続きまして、魔法が得意な知的ゴリラとは対照的に、こちらは脳味噌まで筋肉が詰まった蟷螂です!! 予選第1試合では文句なしの1位通過、魔法のみの使用が許された試合では相手を暗殺者の如く狩って狩って狩りまくった外道の極み!!」
また出た、知的ゴリラの次は脳筋蟷螂である。字面が強すぎる。
「かつては大食い選手権で3連覇を果たしました。この地下闘技場ではその実力や如何に!? その痩身は全てが武器となる!!」
ガラガラとまたどこかの檻が開放されて、次にヒョロリとした男子生徒が戦場に足を踏み入れた。
ボロボロになった黒い長衣に全身をすっぽりと覆い隠し、溢れる髪の色は黒。どうも手入れがよく施されていないようで艶はなく、闇のような黒さだけがそこにあった。
肌は驚くほど白く、病気を疑ってしまいそうになる。長衣の頭巾の下に隠された瞳はギラギラと輝き、これから始まる準決勝に心躍らせている様子だった。あのヒョロヒョロでガリガリな体型は、知的ゴリラのアルバートと比べると名前を逆にしたらよかったのではと思ってしまう。
アルバートを見上げてニタニタと不気味に笑う男子生徒の名前を、司会者が観客に向けて紹介した。
「這い寄る脳筋蟷螂、ヴォラ・オルテガァァァァァァァァァァァァァ!!」
再び割れんばかりの歓声が、地下闘技場の地を揺るがす。
観客たちの声援に応えたアルバートとは違い、こちらはうるさそうに周囲を睨みつけている。挑発的な態度と言えようか。さすが蟷螂、周囲に威嚇するしか出来ないか。
ユフィーリアはもう我慢できなかった。腹を抱えて笑い転げていた。知的ゴリラと脳筋蟷螂の面白ワードがもう我慢できなかった。
「そして最後の選手です!!」
お、とユフィーリアは爆笑状態から復帰する。
今度はついにユフィーリアの番だ。
知的ゴリラと脳筋蟷螂の流れでくれば、次は何と呼ばれるだろうか。問題用務員では味気がないので、もう少し捻りを入れてほしい。
「ヴァラール魔法学院が創立して1000年という長い月日が経過しました。創立当初から在籍する彼女は、今まで数え切れないほどの問題行動を起こしてまいりました」
それまでの熱が嘘のように、司会者の生徒は静かに語り出す。
「星の数ほど存在する魔法を手足の如く操る様は、まさに天才の一言。女性でありながら男性顔負けの身体能力と腕力を有する、能力値だけ見ればもはや反則と言っても過言ではない問題児の中の問題児。今宵の地下闘技場の最有力候補!!」
ガラガラと行方を阻んでいた檻が開き、ついにユフィーリアは地下闘技場へと足を踏み入れた。
「闘技場を荒らす真冬の台風、刀剣を片手に戦場を駆る蒼の剣姫!! 彼女の瞳に映れば待ち受けるは敗北のみ!! ユフィーリア・エイクトベェェェェェェェェェェェェェル!!」
わっとその場が湧き上がり、万雷の喝采がユフィーリアを包み込む。
なるほど、蒼の剣姫とはまた言葉の選び方がいい。面白ワードではなかったが、ユフィーリアは大いに気に入った。
最後に登場したユフィーリアを睨みつける知的ゴリラと脳筋蟷螂に余裕の笑みを返し、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を握りしめる。
万雷の喝采に会場が包まれる中で、司会者の生徒が準決勝の規則を説明した。
「準決勝の規則は魔法・物理両方ありの何でもありの大乱闘!! 三つ巴の戦いの果てに、決勝へ至るのは果たして誰だ!!」
――試合開始です、の言葉と同時に準決勝の開幕を告げる鐘が鳴る。




