第7話【問題用務員と娼婦の素顔】
髪を切られたユフィーリアは意気消沈していた。
「はーああああ…………」
深いため息を吐いて、雑に切断された髪を見やる。
被害はそこまでない、むしろ少ないぐらいだ。
ただ髪に魔力を溜めるという行為が日常的となっている魔女や魔法使いにとって、怪我で腕や足を失うよりも髪を失う方が嫌なのだ。精神的に傷が酷い。
修復魔法を使ってもいいのだが、あれは見た目を修復するだけだ。見た目を誤魔化しても純度の高い魔力を溜める髪とまではいかない。
「ユフィーリア・エイクトベルさーん、アイゼルネさんがいらっしゃいましたよ」
「お」
意気消沈としていたユフィーリアの瞳に光が戻る。
運営側の男子生徒が連れてきたのは、南瓜頭の娼婦だった。今日も身体の線が出る扇状的なドレスを身につけ、踵の高い靴を華麗に履きこなし、何故か頭部だけは収穫祭で見かける橙色の南瓜で覆われている。
南瓜頭の娼婦――アイゼルネは片手を上げて「お元気♪」と聞いてくる。この意気消沈とした姿が見えないのか。
「よお、アイゼ。悪いな」
「女の子は髪の毛が命だもノ♪」
「魔女な、そこはきちんと訂正してくれ」
アイゼルネは「どっちでも同じでショ♪」などと言いながら、豊かな胸元に刻まれた谷間に右手を差し込んだ。
むにむに、と立派な双丘の間を掻き分けて取り出したものは、1枚のトランプカードである。それをポンと放れば、彼女が愛用する白い櫛が手元に落ちてくる。
白い櫛を掲げて微笑むアイゼルネは、
「じゃあパパッと直しちゃうわヨ♪」
「おう」
ユフィーリアの背中に立つアイゼルネは、白い櫛で綺麗な銀髪を梳く。
櫛を通しても長い銀髪は絡まる素振りすら見せず、スッと通り抜けていく。あれだけ暴れても絡まらないのは、日頃の手入れが行き届いている証拠だ。
不機嫌そうに雪の結晶が刻まれた煙管を吹かすユフィーリアは、
「ッたく、誰の髪を切ってんだっての。眉毛も抜いてやればよかったぜ」
「それは滑稽だワ♪」
ケラケラと軽い調子で笑うアイゼルネは、次いでトランプカードを使って小さめの瓶を召喚する。手品のように見えてしっかりと魔法を使っているのだ。
小さめの瓶には底に白い花弁が沈んでおり、ドロリとした透明な液体で満たされている。その液体を手のひらに出して満遍なく広げてから、ユフィーリアの銀髪に優しく触れた。
雑に切られた箇所が白い光を帯び始める。髪が修復されているのだ。
「ユーリ、髪の毛に香り油をつけてもいいかしラ♪」
「おう、いいぞ」
香り油とは、髪専用に調合されたいい匂いのする油である。痛んだ髪を修復する機能も併せ持つので、魔女や魔法使いの間では髪の手入れの際に必須となっている。
ユフィーリアも一応この香り油を持っているのだが、アイゼルネの方が色々と知っているので任せきりにしている。こういう美容関係は、用務員の中でアイゼルネが最も詳しい。
桃の香りがする油を丁寧にユフィーリアの銀髪へ塗り込み、再び白い櫛で梳いていくアイゼルネ。その手つきは優しく、迷いがない。
「やっぱ髪のことはアイゼにやってもらうのが1番だわ」
「あラ♪ 嬉しいことを言ってくれるのネ♪」
切られた箇所が完全に修復されたことを確認してから、アイゼルネは「終わりヨ♪」と満足げに頷いた。
「バッチリ元の状態に戻してから、髪の状態も改善しておいたワ♪ 魔女にとって髪の毛は命なんだから、しっかりお手入れしなきゃネ♪」
「分かってるっての」
「分かってないわヨ♪ ちょっと痛んでいたわヨ♪」
腰に手を当ててぷりぷりと怒るアイゼルネに、ユフィーリアは「悪かったって」と適当に謝った。髪が命だ何だと言っておきながら、自分はこのザマである。
「ねえ、ユーリ♪」
「ん?」
アイゼルネはそっと背後からユフィーリアに抱きつき、
「ユーリのお世話、おねーさんがしてもいいかしラ♪」
「何でまた急に」
「髪も爪もお肌も、全部おねーさんがお世話してあげるワ♪ ユーリがやると、ちょっと勿体ないんだもノ♪」
「そんなにか……?」
他人の状態には気を使うが、ユフィーリアは自分自身のことになると途端に無頓着になる。確かに誰かが管理してくれた方がいいのかもしれない。
外部の誰かに任せるのは気が引けるし、アイゼルネなら信頼しているので全体的に任せてもいいだろう。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは「そうだなァ」と頷き、
「アイゼになら任せてもいいかもな」
「あら本当♪」
「お前にはたまにマッサージとかしてもらうけど、あれやってもらった次の日は調子がいいんだよな」
元娼婦としての知識もあるのか、美容関連に関しては他の用務員の連中よりも持ち合わせているアイゼルネだ。当然ながら按摩などの技術もいくらか習得しており、特に魔力回路の調整なんかも得意とする。
魔力回路の調整は魔法を使い過ぎた際に受けるマッサージのようなものだが、アイゼルネはその辺りが上手いのだ。いわゆる整体のようなものである。あれを受けた次の日は身体の調子が良くなるのだ。
ぶっちゃけあれを受けられるなら毎日でもいいので受けたいところだ。いや、あんまり受けると身体にどんな影響が出るか分からないけど。
「うふフ♪ おねーさん、ユーリの為に頑張っちゃうワ♪」
「ぐええ、アイゼ絞まってる絞まってる!!」
「あら、ごめんなさいネ♪」
思い切り抱きしめられたことでユフィーリアの首が意図せず絞められ、潰れた蛙のような声を上げてしまった。抱きついていたことを自覚してほしい。
首が絞まったことで咳き込むユフィーリアの頬に、次の瞬間、柔らかなものが触れる。
耳元で聞こえた唇の音。弾かれたように振り向けば、そこには妖艶な微笑みを浮かべる女性が立っていた。
艶やかな蛍光緑の髪の毛だが頭頂部だけが黒く染まり、猫を思わせる吊り目は見る角度によってその色を変える。男性が好みそうな顔立ちをしているものの、赤い紅を引かれた唇は少しばかり特殊な事情を抱えていた。
彼女の左唇の端から頬にかけて、深い切り傷が刻み込まれている。今は糸によって縫合されているが、彼女の美貌を損なう傷跡としては十分過ぎた。
少しだけ取れてしまった赤い紅を引いた唇に弧を描く彼女は、
「おねーさんの素顔、久々かしラ♪」
「どうした、アイゼ。今日は随分とサービス精神が旺盛なんじゃねえか?」
「地下闘技場で頑張る魔女様にサービスするのは当たり前ヨ♪ せっかくお給金をかけているんだもノ♪」
両腕に抱えた橙色の南瓜で頭をすっぽりと覆い直し、アイゼルネは「じゃあ戻るわネ♪」と言う。
「早く戻らなきゃ、可愛い男の子たちがいじけちゃうもノ♪」
「あー、アイツら何か言いそうだな……」
「それより敗退した男の子たちに報復をしかねないワ♪」
「敗退した挑戦者の奴に仕返しを目論んでたら用務員室から追い出すからなって言っておけ」
「ユーリの声真似もしちゃうわネ♪」
「おう、是非やれ」
ユフィーリアはひらひらと手を振って、控室から立ち去るアイゼルネを見送った。
1人で残された控室に、ミントに似た香りの煙が漂う。
遠くの方で観客の声援と、司会者を務める男子生徒の熱の入った実況が響き渡っていた。第2組の準決勝に進める為の挑戦者を選んでいる最中か。果たして準決勝の地でユフィーリアと邂逅を果たす選手は誰なのか。
ユフィーリアはどこか遠くを見つめながら、
「……まさかなァ」
アイゼルネがあんなことを言ってくる上に、自分の素顔を晒してくるなんてあっただろうか。彼女なりに何かの事情を抱えていそうな予感がある。
ただ、その事情に関しては分からない。もしかしたら、自分の抱えている問題が明かされてしまったのかも。キクガと八雲夕凪の2人と熱心に話していたのは、その為か?
音もなく青い瞳を眇めたユフィーリアは、
「まあいいか」
どうせ、彼らには関係のないことだ。




