第6話【異世界少年と魔女の怪我】
観客席は重苦しい空気に支配されていた。
お通夜状態とも呼べるのはショウたちの周りだけで、他の観客は地下闘技場の戦いに熱狂している模様だった。それだけ目の前の催し事は楽しいものなのだろう。
ただ、ショウは楽しめなかった。理由はユフィーリアの隠していたものを知ってしまったからだ。
「何でユーリは話してくれなかったんだろう」
ポツリと呟いたのは、ハルアだった。
「だって、毎日一緒だったのに。オレ、全然気づかなかったよ」
「君たちに終わりの責務を背負わせる訳にはいかない、と彼女は常々言っていた。私が進言しても無駄だった」
ハルアの質問に応じたのは、ユフィーリアの知らない情報まで知っていた父親のキクガだ。
「彼女は意外と頑固な性格をしていてね。私がどれほど言おうと、彼女は聞く耳を持たなかった。おそらく1人で終わりの責務を背負っていたから、孤独に慣れてしまったのだろうな」
「それなら、せめて何か言ってくれれば」
「人を殺すことは簡単なことではないのだよ、ショウ。まして決められたからと言っても」
父の言葉はあまりにも厳しかった。
叔父夫婦からの虐待を受けていた頃より、ユフィーリアとの心の距離があったことに対する悲しみの方が苦しくて痛かった。「どうして何も言ってくれなかったのだろう」と思ってしまった。
多分、それがユフィーリアの優しさなのだろう。人間を殺すのは簡単に見えて容易ではなく、まして決められたことだからと言って殺害するのは本人も心苦しいことだ。
それを、可愛がっている部下たちに背負わせたくなかったのだろう。
「お、次はゆり殿が出るのぅ」
薄紅色の双眸を見開いて、八雲夕凪がふさふさの尻尾を揺らした。
地下闘技場は3つの組に分かれており、そのうちの第3組の予選が終わったばかりだ。
次は予選第2試合――出てくるのは第1組となっている。ユフィーリアが所属している組だ。
ショウは手作りの団扇を握りしめ、観客席の中央に設けられた戦場を見下ろす。遮蔽物が設置された殺風景な戦場に、まだ人の影はない。
「お待たせしました、続いては第1組の予選第2試合が始まります!!」
司会の男子生徒が意気揚々と告知すれば、ガラガラと戦場の檻が開いて挑戦者が戦場に足を踏み入れる。
誰も彼も屈強な男子生徒ばかりだが、その中に混じって銀髪碧眼の魔女が最後に入場した。雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、堂々とした足取りで入ってくる。
ユフィーリア・エイクトベル――ヴァラール魔法学院きっての問題児であり、ショウの愛する優しい魔女。今回この地下闘技場の地に立っているのも、決勝戦で待ち受ける相手を殺す為だとか。
団扇を握りしめて固唾を飲んで見守るショウは、
「ユフィーリア……」
すると、ユフィーリアがパッと顔を上げた。
客席にいるショウを見上げ、驚いたようにその青い瞳を見開く。
それから何を思ったのか、彼女は親指と人差し指を立てた。さながら拳銃のように見立てたそれをショウに向けると、パチンと片目を瞑って茶目っ気たっぷりに舌を出した。
「ゔッ」
「ショウちゃんがユーリに狙撃された!!」
「あれってそんなに威力あったのぉ!?」
「あざといわネ♪」
綺麗に心臓を撃ち抜かれたショウは、思わず団扇で顔を覆い隠していた。そのせいで見れなかったが、予選第2試合の開幕を待つユフィーリアは腹を抱えて笑っていたようだ。
「さあ、予選第2試合の開幕です!!」
開幕を告げる鐘の音が鳴ると同時だった。
「〈爆ぜて散らばれ〉!!」
「〈炎熱よ爆ぜろ〉!!」
「〈爆発せよ〉!!」
「〈吹き飛べ〉!!」
他の4人の挑戦者が、一斉にユフィーリアめがけて魔法を放った。
ボボボボボン!! という爆発音が立て続けに4度ほど地下闘技場の地に響き渡り、ショウの耳を劈く。
ユフィーリアが立っていた箇所は黒煙に包まれて見えなくなってしまった。怪我をしないでほしいと願ったが、これでは彼女が危険だ。
「ッ」
息を呑むショウだったが、
「おう、どうした? それで終わりか?」
黒煙がどこからか吹いた風によって散らされて、その下から透明な結界に守られたユフィーリアが姿を現す。
結界の中に立つユフィーリアは大胆不敵に笑っている。雪の結晶が刻まれた煙管を一振りして結界を解除すると、彼女は反撃だとばかりに煙管を指揮者のように振った。
真冬にも似た空気が流れる。それは、観客席にいるショウも感じ取れた。
「〈薄氷の白棘〉」
パキパキと音を立てて出現したのは、4本の氷柱だった。
氷柱にも関わらず先端は丸められており、他人を突き殺す能力は完全に削ぎ落とされた状態だった。さすがに問題児でも生徒を傷つけることだけは避けたかったのか。
ユフィーリアは煙管の先端で氷柱を叩き、
「飛んでけ」
氷柱が魔女の命令に従って、ビュンと空気を引き裂いて飛んでいく。
挑戦者たちは飛来する氷柱から逃げ回り、時に炎の魔法で応対するも、氷柱には通じなかった。「どうして炎の魔法を防ぐんだよ!!」という絶叫が地下闘技場内に響く。
魔法の天才と言わしめたユフィーリアの本領発揮である。とは言っても本気ではなく片手間の遊びのような気もするのだが、彼女は余裕綽々と言った態度だった。
すると、挑戦者の1人がユフィーリアを睨みつけると、
「〈風よ断て〉!!」
風の刃が形成され、ユフィーリアめがけて飛んでいく。
ユフィーリアはそれを退屈そうに一瞥してから、指を弾いた。
魔法で作られた風の刃が瞬時に弾け飛び、ユフィーリアの綺麗な銀髪を揺らしただけに留める。魔法が規則に組み込まれれば、もはや彼女自身の独壇場である。
しかし、
「あ――――?」
パラパラ、と。
何本か、ユフィーリアの銀髪が舞い落ちた。
彼女の髪に触れたのは、先程の挑戦者が放った風ぐらいのものだろう。魔法を解除しても無駄だったのか?
ユフィーリアは地面に落ちた自分の銀髪を見下ろし、それからゆっくりと顔を上げた。
「〈抜け落ちろ〉」
雪の結晶が刻まれた煙管を、髪を切り付けた挑戦者に突きつけて魔法を唱える。
次の瞬間、挑戦者の綺麗に手入れが行き届いた金髪が全て抜け落ちた。
本当に一瞬の出来事だった。まだふさふさの状態だった彼の髪が跡形もなく抜け落ちて、彼はツルッパゲになってしまったのだ。
これにはさすがのショウも固まった。見間違いかと思ってしまった。
「あ、ああ……」
男子生徒は髪が全て抜け落ちてしまった頭頂部を触れて、わなわなと震えている。
「ああああああああああああああああああああッ!?!!」
「〈蒼氷の塊〉」
「ぎゃッ」
ユフィーリアは容赦がなかった。
魔女や魔法使いにとって、髪というものはとても大切で重要な役割を持つと教えてもらったことがある。だから髪は長い方がよくて、髪の状態には特に気を使うのだとか。
それを魔法で一気に抜かれて男子生徒もショックだろうし、ユフィーリアも髪を数本だけ切られてもかなりショックなのだろう。
慟哭を迸らせる男子生徒の脳天に氷塊を叩き落として気絶させたユフィーリアは、ぐるぅりと狂気に染まった青い瞳で周囲を見渡す。
「次は誰だァ……?」
その目つきは、相手の髪の毛を狙う狩人だった。非常に恐ろしいものだった。
あまりの気迫に、残された挑戦者たちは静かに杖を置いていた。
それから流れるように土下座を決行する。さすがに髪を全部抜かれるのは嫌な様子だった。
土下座をしたことで相手が降伏したと見做され、試合終了を告げる鐘の音が鳴り響く。
「勝者、ユフィーリア・エイクトベル!! 準決勝に進出です!!」
ユフィーリアは用事は済んだとばかりに踵を返すが、挑戦者たちを回収しにきた運営側の生徒に何かを伝えてから戦場をあとにした。
何を伝えたのか、と思えば司会の男子生徒が「あー」と言葉を続ける。
次の試合内容を告げるのではなく、それは単純に呼び出しの放送だった。
「客席にいらっしゃいます用務員のアイゼルネさん、アイゼルネさん。ユフィーリア・エイクトベル選手がお呼びですので、控室までお越しください」
「あらマ♪」
南瓜頭の娼婦は自分が呼び出された理由をちゃんと理解しているようで、すぐに何枚かのトランプカードを用意し始めた。
「ごめんネ♪ お呼ばれしちゃったから行ってくるワ♪」
「何をしにいくんだ……?」
「ユーリの髪の毛を治しにいくのヨ♪ 絶対に落ち込んでいると思うかラ♪」
アイゼルネは楽しそうに言うと、
「残念だけど、乙女の悩みに男子は不可侵ヨ♪ 女装してても諦めてちょうだいネ♪」




