第5話【問題用務員と人斬り】
結局、ショウたちは予選を見ていなかった。
「何だよアイツら、せっかく予選を1位通過したってのに」
ほぼ一瞬で他の挑戦者をボッコボコに叩きのめしたユフィーリアは、つまらなさそうに唇を尖らせた。
地下闘技場からは客席全体を見渡せることになっているのだが、そこに可愛い部下であるショウたちの姿もあった。彼らが応援してくれていると思ったので、ユフィーリアも張り切って予選を1位で通過したのだ。
ところが、彼らはユフィーリアなんて見ていなかった。隣に座ったショウの実父であるアズマ・キクガと、やたら祭りごとが好きな八雲夕凪と熱心に話していたのだ。
正直言ってつまらん、非常につまらんのである。頑張りが無駄に終わってしまった。
「まあ中途半端にやるのは流儀に反するから、途中で投げ出すような真似はしねえけど」
ツンとそっぽを向いて「もう客席にサービスなんてするか」とユフィーリアは呟いた。応援もしてくれないなら、ただ役目を果たすだけだ。
すなわち、七魔法王が第七席【世界終焉】としての役割を。
決勝戦の地にて待ち受ける最後の脱獄囚――人斬りと有名なその何某を、この世から抹消する責務を果たすのだ。
控室で雪の結晶が刻まれた煙管をぷかぷかと吹かすユフィーリアに、周囲からの怯えたような視線が刺さる。
それもそのはず、予選を突破したのはユフィーリアを含めて5名。挑戦者の全員を伸したが、上位5名を何とか選出して予選突破としたのだ。その突破したほか4名の挑戦者から、警戒するような眼差しを向けられている。
(うん、やりすぎた)
挑戦者は3つの組に分かれるのだが、ユフィーリアたち第1組はもはや戦意喪失の状態である。このあとも予選は第2試合が待ち受けているのだが、彼らはおそらく棄権すると見た。
ヴァラール魔法学院始まって以来の問題児、その筆頭など相手にしたくない人物第1位なのだろう。予選第1試合で張り切ってしまったのが仇となったか。
棄権されるのは面白くないので、次の第2試合ではわざと誰かの攻撃にぶつかってみようか。「怪我をしないでほしい」というショウの要望には応えられないが、どうせ見ていないのならばユフィーリアの好き勝手さてもいいだろう。
(治癒魔法なら使えるし、その方が舞台映えするだろうしな。――うん、面白そうだ)
面白いと思ってしまえば、たとえ自分自身が危険になろうとも実行してしまうのがユフィーリアである。部下たちが傷つくのは許せないが、自分自身なら別に治癒魔法を使ってしまえばいい。
痛いのは嫌だが、面白さの刺激になるなら誤魔化せる。かと言って痛みを誤魔化す無痛魔法を使うと、今度は怪我をした際に気づかない可能性が高くなるのでまずい。
父親と白狐に注目を掻っ攫われるのは癪だが、何事も楽しさがなければ仕事だってやりたくないのである。
「よーしよし、そうと決まれば次の試合の規則はっと」
控室の壁に羊皮紙が貼り出され、そこに次の予選の内容が書かれている。
次は幸いなことに、魔法のみを使用した試合内容になる。
魔法なら怪我を偽装できる確率も上がる。それに弱い魔法でも防がなければ火傷や擦り傷程度の怪我を負えるので、相手の戦意を回復させるいい演出にもなる。
(どうせなら腕の1本、足の1本ぐらいぶっ飛ばしてやろうかな。そうすりゃ生徒の奴らも戦意を回復させられるだろ)
腕や足を吹き飛ばせば、確実に可愛い部下たちが泣きついてくることになるが、そんな可能性などユフィーリアの頭の中から排除されていた。
ユフィーリアだって聖人君子ではない。苛立つこともあれば怒ることもある、理不尽なことで不機嫌になることだってある。今回の原因は応援してくれると言ってくれたにも関わらず、予選の試合をそっちのけでお喋りに夢中な様子だった可愛い部下たちだ。
ちなみに今回ばかりは可愛い新人のショウが泣きついてきたって許してやらない――いやちょっと許しちゃうかもしれないけど、腕や足を吹っ飛ばしてもすぐに治癒魔法をかけずに重傷者を装ってやるのだ。ぷーんだ。
「あのー、エイクトベルさん? ちょっとよろしいですかぁ?」
「あん?」
その時、控室の扉が開いて運営側の生徒が顔を覗かせる。どこかで見覚えのある眼鏡をかけた男子生徒だった。
「何だよ」
「お会いしたいって方がいらっしゃいまして」
「え、誰?」
ユフィーリアは思わず問いかけていた。
まさか可愛い部下たちが、ユフィーリアの悪巧みを予想して控室まで押しかけたのだろうか。
そうなったらどうしよう。全力で誤魔化すしかない。怪我をする作戦を止めるという手段は、ユフィーリアの中になかった。
表面上には動揺を出さず、ユフィーリアは応じる。
「もしかして他の問題児か?」
「いえ、決勝戦で待ってる生徒なんですけど」
「決勝戦で?」
部下たちが来ていない、ということで安堵の息を吐くユフィーリア。
だがおかしなものである。どうして決勝戦で待ち受ける生徒が、わざわざユフィーリアの元まで訪れるのだろうか。
内心で首を傾げるユフィーリアは「分かった」と頷き、
「どこにいる?」
「もう会いに来ています」
「早ッ」
もう控室の外で待機しているとは想定外だ。
「こちらです」
「は、はあ……」
ユフィーリアは眼鏡の男子生徒に案内され、控室の外に出る。
闘技場の廊下は薄暗く、また遠くの方で誰かが戦っているような声が幾重にもなって聞こえてきた。第2組の予選第1試合が執り行われているのだろう、ユフィーリアたちとは違ってなかなか楽しめる戦いになっている様子だった。
その薄暗い廊下にひっそりと、誰かが立っている。
「ほう、予選を1位で通過したと聞いたので来てみれば……」
薄暗い中からユフィーリアの前に立ったのは、
「女子ではないか。ただの偶然ではないか?」
むさ苦しい男だった。
闇に溶け込む黒髪を丁髷にし、鋭い光を宿す双眸は黒曜石を彷彿とさせる。鼻の頭に一筋の傷が妙な存在感を放ち、浅黒い肌はどれほど外で戦ってきたのかを考えさせられる。
学生服に身を包み込んでいるが、簡素な襯衣の上からでも分かる鍛えられた肉体は歴戦の猛者を思わせるものだ。エドワードも鍛えていたが、彼は戦う為に洗練されていると言えようか。
腰には紐で刀を巻き付け、さらに肩から紺色の羽織をかけている。明らかに極東地域が出身であることを強調していた。
「拙者はイザヨイ・サブロウだ。お主が問題児筆頭か」
「ご丁寧に挨拶をどうも。ユフィーリア・エイクトベルだ、名前ぐらい覚えてくれ。お前を打ち負かすんだから」
「ほう?」
イザヨイ・サブロウと名乗ったむさ苦しい侍の片眉が、ピクリと持ち上がる。
「随分と自信があるようだな」
「自信満々だ。お前を打ち負かす方法なんていくらでも考えつくぜ」
「面白い」
サブロウはユフィーリアの挑発を笑い飛ばすと、
「ならば決勝戦の地に来てみるがいい、問題児殿よ。それほど立派な啖呵を切るのだから、無傷で拙者の前に来るだろう」
「げ」
ユフィーリアは顔を顰めた。
次の試合では他の挑戦者を棄権させない為に、わざと怪我をしようと画策していたのだ。腕も1本、足の1本程度なら吹き飛ばす所存だった。
それを防がれてしまうと本当に面白くない。さてどうしようか。
「何か問題が?」
不思議そうに見やってくるサブロウに、ユフィーリアは「いいえ!?」と慌てて首を横に振った。
「無傷だな、任せろ」
「何故そんなに冷や汗を流している」
「ちょっと癖で!! ちなみになんですがァ、怪我ってどこまでの範囲ですか!? 髪が千切れることは怪我に入りますか!?」
「髪はすぐ伸びるだろうに。その程度など、怪我とは呼ばん」
よっし、とユフィーリアは内心で拳を掲げた。髪を切られる程度なら怪我の範疇外なのか、それなら作戦を変更しよう。
頭の中で自然と髪を切られるような動きを計算し始めるユフィーリアに、サブロウは「おかしな娘だ」と言う。
「拙者を斬る最も強き者はいないのか……」
「いいや」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、挑戦的に微笑んだ。
「待ってろ、決勝戦でお前を負かしてやるからよ」
「それはさっきも聞いた」
「ああ違った、悪い悪い。言葉選びが悪かったな」
指を弾いて、ユフィーリアは魔法を発動させる。
途端に、雑音が消えた。遠くで聞こえていたはずの歓声も、挑戦者たちが争う怒号も全てが消え失せる。
簡単な防音魔法だ。狭い範囲ならばヴァラール魔法学院の1年生から使えるようになる。
急に音が消えたことに対して驚くサブロウに、ユフィーリアは笑いながら言い直した。
「決勝戦でお前を殺してやるよ。それまで大人しく待ってな」
サブロウは少し驚いたように黒曜石の双眸を見開いたが、やがて「ふん」と鼻を鳴らした。
「その殺意や良し。期待して待つとしよう」
サブロウはそう言い残して、防音魔法が展開された範囲から抜け出る。いきなり音が聞こえ始めたので、情けなくビクリと肩を震わせて廊下の奥へ消えた。
ユフィーリアは防音魔法を解除する。
どうせ魔法を使ったことはバレているのだから、言い訳はしない。何かを言いたげにしていた眼鏡の男子生徒に振り返って、
「ああ、少し内緒話をしてただけだ。気にすんな」
「そうですか……」
どこか怪しんだ視線を投げてくる男子生徒に、ユフィーリアは笑って誤魔化した。




