第4話【異世界少年と知らない事実】
「結構お客さんがいるねぇ」
地下闘技場で観戦券を購入し、座席まで移動しながらエドワードは周囲を見渡した。
確かに客の入りが半端なものではない。地下闘技場とはこれほど盛り上がるものなのだろうか。客席が端から端まで徐々に埋まりつつあり、そのうち満席の状態となるのだろう。
周りをぐるりと客席が取り囲むその中心に、今回の戦いの場があった。土が剥き出しとなり、遮蔽物がいくつか設けられた簡易的な戦場だ。地下闘技場の名前に相応しい場所である。
4人並んで客席に座り、ショウはさっそく両手に団扇を装備した。昨日、夜鍋して作った自信作である。
「ショウちゃんの団扇は手作りかしラ♪ それで応援されたらユーリも頑張れちゃうわネ♪」
「夜更かしして頑張りました」
ユフィーリアに応援を任された以上、全力で応えなければならない。彼女には絶対に無傷で勝ってほしいのだ。
地下闘技場に招待されていないショウでは、彼女に何もすることが出来ない。助けることも出来ない。ならばせめて、無傷での完全勝利を願うぐらいはさせてほしい。
ちょっぴり自信ありげなショウに、アイゼルネが「可愛いワ♪」と言ってくる。
「おや、君たちも観戦かね」
「ゆり殿の部下たちじゃないかえ。お主らも地下闘技場を観戦かのう?」
「父さん、八雲さん」
ショウたちが座る席のすぐ横に腰を下ろしたのは、ショウの実の父親であるキクガと植物園の管理人である八雲夕凪だった。彼らも地下闘技場を観戦に来たのか。
キクガはショウの隣に「失礼」と座り、彼の隣に八雲夕凪が座る。
ふっさふさの9本の狐の尻尾がキクガの脇や背中などに触れ、キクガは心底嫌そうにしていた。出来れば代わりたいところだ。ショウも八雲夕凪のふさふさ尻尾に顔を埋めたい。
「今回の地下闘技場はのぅ、試合ごとに別の規則が設けられておるんじゃよ」
「規則がぁ? 何でもありの規則じゃないのぉ?」
「見事にゆり殿の対策が取られておるのぅ」
八雲夕凪はカラカラと軽快に笑う。
ユフィーリア・エイクトベルという魔女は魔法の天才であり、ヴァラール魔法学院創立以来の問題児だ。彼女を縛る規則がなければ、絶対にやりたい放題やって再び地下闘技場の出禁を言い渡されるに違いない。
なるほど、地下闘技場の運営側も問題児対策はバッチリという訳か。平気だろうか。
「お、始まるぞい」
八雲夕凪の一言で、全員の視線が闘技場の中心に向けられる。
誰もいない闘技場の中心に魔法陣が浮かび、そこから1人の男子生徒が現れた。木の枝を切り出して作成されたらしい魔法使いの杖を手にした彼は、ツイとその先端を虚空に滑らせる。
別の魔法陣が展開され、男子生徒の「あーあー」などという発声練習が耳朶に触れた。その声を聞いた瞬間、それまで賑やかだったはずの客席が静寂に包まれる。
「紳士淑女の皆様、こんばんは!! 地下闘技場の開幕です!!」
ワッと客席から歓声が上がった。
「本日の地下闘技場は特別です。各学年から選りすぐりの猛者が出場し、さらにあの問題児筆頭まで参加します!! 皆様、賭けの方はお済みですか? 今宵の地下闘技場を制するのは果たして誰だぁ!?」
わああああ、と鼓膜が破れんばかりの歓声が突き刺さる。
これほど盛り上がるとは、やはり地下闘技場は生徒たちにとっての大切な催し事なのだろう。
ちなみに賭けについてだが、こちらは18歳未満は賭けに参加できないとのことなのでショウはやっていない。まだ15歳なので出来ないのだ。
「それでは本日の挑戦者たちに登場していただきましょう!!」
ガラガラガラガラ!! と戦場を隔てる檻が開かれる。
そこから姿を見せたのは、誰も彼も屈強な肉体を持つ男子生徒だった。エドワードと同じぐらい身長がある生徒や、筋骨隆々とした男子生徒が次々と戦場の地を踏む。
司会を務める生徒の熱の籠った紹介が闘技場全体に響き、そのたびに客席から野次や歓声が飛ぶ。彼らの勝利に期待する歓声だ。
「――504年前、突如として乱入した暴れ馬。彗星の如く現れては地下闘技場の地をボッコボッコにしまくり、果ては挑戦者全員を全治6ヶ月の重傷に追い込んだ問題児」
それまで短めだった紹介が、他のものより少しだけ長くなる。司会の生徒も静かにその紹介文を読み上げているところだった。
「使える魔法は数知れず、普段の問題行動から想像できない博識さも併せ持つ天才魔女。自身の強みである魔法を封じられた彼女は、決勝の地を踏むことが出来るのでしょうかぁ!?」
最後に登場したのは、
「問題児筆頭、ヴァラール魔法学院用務員!! ユフィーリア・エイクトベェェェェいたあ!!」
気合の入った紹介が最後の最後で遮られた。
司会者の側頭部に小さめの石が投げつけられ、その痛さに呻いたのだ。「誰ですか石を投げたのは!!」と石を投げた犯人を探すような声までバッチリ聞こえていた。
石を投げたのは客席ではなく、最後に入場した銀髪碧眼の魔女である。
「お前の声って頭に響くんだよ、うるせえな」
頑丈な長靴で地下闘技場の大地を踏みしめ、顔を顰めながらユフィーリアが入場してくる。
いつもの雪の結晶が刻まれた煙管を咥えているものの、彼女の手に握られたものは1振りの打刀だ。黒鞘に納められ、柄が赤い刀である。
武器を持っているとは珍しいと思えば、石を投げつけられた痛みから復活した司会者が明るく弾んだ声で説明した。
「予選第1試合は魔法の使用を禁止された、完全物理による試合です。予選の場で勝ち上がるのは5名のみ、さあ誰が勝利を手にするのでしょうか!!」
完全に魔法が禁止された試合、と聞いたショウの表情に緊張感が走る。
これではユフィーリアの怪我をする確率が上がってしまう。
彼女の得物は打刀――太刀や槍とは違ってそこまで長さもない。相手の懐に潜り込まなければならないのだが、それでは怪我の危険性が高まってしまう。
打刀を握りしめるユフィーリアを眺めていた八雲夕凪は、
「ふむ? 何故ゆり殿は双剣ではないんじゃ?」
八雲夕凪による純粋な疑問に対して、キクガも「そうだな」と頷く。
「確か、この地下闘技場に於ける武器の持ち込みは禁止されていないはずだがね。彼女の本来の得物は銀製の鋏を分解し、双剣の状態にした戦闘のはずな訳だが」
父と八雲夕凪の口から滑り出てきた、ユフィーリアに対する知らない情報。
それはショウだけが知らないもの、ではなかった。
エドワードも、ハルアも、アイゼルネもユフィーリアの本来の得物を知らなかった。銀製の鋏を双剣のようにするとは、一体どういうことだ?
「父さん、それはどういうことだ?」
「ショウ?」
「俺ちゃんたち、ユーリが武器を使えることすら知らないよぉ」
用務員としての勤務歴がユフィーリアに次いで長いエドワードさえ知らない情報だと訴えれば、キクガは「しまった」と言わんばかりに顔を顰めた。
だが、彼が口を噤んでも隣の白い狐の口は止められなかった。
八雲夕凪は「何じゃ、知らんのか」と言うと、
「長く生きている割に寂しん坊なゆり殿のことじゃ、てっきりお主らをまとめて従僕契約を結んでいるかと思ったぞい。いつも一緒におったじゃろ、何とも思わんかったのか?」
「黙りなさい」
「ぐへえッ!?」
問答無用でキクガに黙らされた八雲夕凪だったが、彼の言葉には色々と知らない情報があった。ショウはもちろん、彼女と一緒にいる時間が長いエドワードたちでさえ。
「父さん」
ショウはキクガに詰め寄り、
「何を知っているのか――ユフィーリアが何を抱えているのか、教えてくれ」
キクガは実の息子であるショウから視線を逸らすも、圧に負けたのか観念したように口を開く。
「七魔法王については知っているかね?」
「知っているワ♪ 世界に影響を持つ偉大な魔法使い様たちよネ♪」
ショウもその存在は最近になって知った。
ユフィーリアの机の1番下に積まれていた魔導書を読んだ際に、そんな記述があった。
第一席から第七席までが存在し、それぞれが世界に対する役割を担っていることを。実際にはまだ巡り会ったことはないが、それほど強大な魔法使いなのだからどこか遠くの国を牛耳っているのかもしれないが。
「では、我々がその七魔法王の1人であるということは?」
「父さんは七魔法王の1人なのか?」
「私は第四席【世界抑止】の代理に過ぎない。冥王ザァト様は冥府から出られんからな、私が会議等に参加する」
キクガは隣に座る八雲夕凪を親指で示し、
「八雲夕凪は第五席【世界防衛】だ。見えんだろうが、偉大な魔法使いの1人に数えられる」
「見えんって何じゃい」
八雲夕凪は「儂とて怒るぞ」などと言っていたが、キクガは無視していた。
「それからユフィーリア君だが、彼女は第七席【世界終焉】だ」
「それって、一切の情報が伏せられた性別不詳の魔法使いって聞いけれド♪」
「それはユフィーリア君が魔導書などの記録に残ることを嫌ったかりだがね。もっとも、彼女は『お行儀よくじっと座って話すってのが性に合わない』と避けたのだが」
第七席【世界終焉】――世界を終わらせる役目を背負った性別不詳の魔法使い。
それが、まさかこんな身近にいるとは想定外である。しかも、ショウたちが敬愛する銀髪碧眼の魔女がだ。
ところが、キクガの表情はやけに悲しいものだった。
「彼女の責務は酷く重いものであり、ユフィーリア君は呪いにも似た責務をたった1人で背負い込んでいる。終わりの責務は私も想像つかないがね、何せ誰の記憶にも残らない作業なのだから」
地下闘技場の地にて予選が開幕する瞬間を待つユフィーリアを見やったキクガは、
「彼女が地下闘技場に参加した理由を教えよう」
開幕のファンファーレが鳴り響くと同時に、キクガはその責務の内容を簡潔に伝えた。
「彼女は今宵、100人目の罪人をこの世界から消滅させる。――人を殺すのだよ、ユフィーリア君は」




