第3話【問題用務員と地下闘技場】
3日後、地下闘技場は予定通り開催される運びとなった。
生徒たちは「あの出禁になった問題児が地下闘技場に出る」ということで、どこか浮き足立っていた。賭け金も凄いことになっていた。
それもそのはず、ヴァラール魔法学院創立以来の問題児と称される問題児筆頭ことユフィーリア・エイクトベルは、星の数ほど存在する魔法を手足のように操る天才魔女である。彼女の技術を目で盗みたい、ということもあるだろう。
「よーし行くか」
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、意気揚々と用務員室から出た。
地下闘技場が存在しているのは、ヴァラール魔法学院の地下に広がる迷宮区の一角である。
普段は複数人の生徒たちによって封印が施されたそこは、本日限りで解放される。迷宮区に繋がる道は地下闘技場を観戦する為に訪れた生徒や教職員たちも多く、ユフィーリアたち問題児はその流れに従う他なかった。
「おお、ここが地下闘技場なのか」
ショウが感嘆の声を上げる。
大勢の生徒や教職員たちが行き交うそこには、見上げるほど巨大な闘技場が作られていた。そもそも天井が高く、手を伸ばしても届くことはない。
全校生徒を収容してもあまりあるほど広大な空間に作られた闘技場は、次々と地下闘技場を観戦する生徒や教職員たちを収容していた。人気な催し事であることが簡単に分かる。
ユフィーリアは一緒についてきたエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウの4人に手を振り、
「じゃあ、アタシは参加者の方だからあっちな」
「頑張ってねぇ、ユーリ」
エドワードは大きな手を掲げてユフィーリアに振り返し、
「俺ちゃんの全財産をぶち込んだんだからぁ、絶対に優勝してよねぇ」
「オレもぶち込んだよ!! ユーリなら勝てるよね!!」
「おねーさんも全財産をユーリの優勝に賭けたワ♪」
「お前らならそうだろうと思った」
ユフィーリアは真剣な表情で頷いた。
地下闘技場は賭け試合の側面も孕んでおり、出場する挑戦者たちにそれぞれ金銭を賭けることが出来るのだ。
当然だが、ユフィーリアの賭け金は物凄い倍率となっていた。過去に1度だけ潜り込んで色々とやらかした結果、出禁になった問題児筆頭が地下闘技場側からお声がかけられたのだ。絶対に勝つだろう、ということで全員こぞってユフィーリアに金銭を賭けまくったのだ。
この賭け金のおよそ2割が、ユフィーリアの懐にも入る仕組みとなっている。今回の地下闘技場の催し事で賭け金はダントツなので、結構な金額が懐に戻ってきそうだ。
「ユフィーリア、ユフィーリア」
「お、どうしたショウ坊」
ユフィーリアの希望通りに清楚なメイド服を身につけたショウが、何やらおもむろに団扇を掲げて「むふん」と鼻を鳴らす。
団扇は2枚あり、片方にはユフィーリアの名前が、もう片方には「頑張って」という文字があった。手作り感の強い団扇である。
それを両手でふりふりと振りながら、ショウは言う。
「頑張れ」
「…………」
ユフィーリアは倒れた。
ショウの可愛さに1発KOである。これには勝てん。
試合前に無言でぶっ倒れたユフィーリアに、ショウが慌てた様子で抱き起こしてくる。「ユフィーリア、大丈夫か!?」などと涙目で言われてしまえば、さすがに申し訳ないがこの一言に尽きた。
「我が生涯に……一片の悔いなし……ガクッ」
「ユフィーリアが、ユフィーリアが死んでしまった……!!」
死因は『ショウ坊可愛すぎる死』である。こんなモンで冥府の法廷にやってくれば、さすがに第一補佐官のアズマ・キクガに変な目で見られる。彼はショウの実父なので、出来るなら無様な真似は見せたくない。
しかし、これはさすがに死ねる可愛さだ。心臓がどうにかなってしまいそうだった。可愛さが天元突破しており、地下闘技場も特に何もせずに制することが出来るかもしれない。
ユフィーリアは口の端から垂れる血を拭いながら、
「じゃあ行ってくる……多分これで頑張れる……」
満身創痍の状態でふらふらと覚束ない足取りのユフィーリアは、挑戦者として案内されるのだった。
☆
「挑戦者の皆さん、こんばんは。お集まりいただき、誠にありがとうございます」
今夜の地下闘技場を運営する眼鏡をかけた男子生徒が、挑戦者に笑顔で対応する。
控室の片隅で雪の結晶が刻まれた煙管を吹かすユフィーリアは、周囲にバレないように他の参加者の顔を確認する。
参加者は誰も彼も男ばかりだ。女性がこんな血みどろの賭け試合に参加すること自体が稀である。地下闘技場の方針で女性のみのキャットファイトも執り行われたりするが、今回は性別関係なしに招待したのだろうか。
女性の挑戦者はユフィーリアだけで、その他の屈強な男子生徒は「おい問題児だ……」「いや1人だけだから大丈夫だろ」などと舐め腐った発言がチラホラ聞こえてくる。あとで後悔させてやる。
「予選第1試合は、魔法の使用を禁止した物理での試合とさせていただきます。武器の使用も認められておりますが、こちらがご用意した武器を使用してください」
「わお」
ユフィーリアは苦笑した。
初っ端から魔法の使用禁止とは想定外である。魔法も武器も使用解禁された何でもありの試合ではないのか。
予選の第1試合、第2試合と試合ごとに規則が変わってくるとは面白いことをしてくるようになった。出禁にされていたから近づけなかったが、こういう事態になっているなら無理やりにでも普段から乱入すればよかったか。
他の参加者は魔法の使用禁止に疑問を抱くことなく、
「武器の使用もいいんだな。じゃあ俺は槍だ」
「俺は剣にするわ」
「盾もありなのか?」
「でけえ金槌とか誰が使うんだよ」
運営側が用意した武器を吟味していた。
ユフィーリアも並んでいる武器の種類を確かめてみる。
大きめの木箱へ乱雑に詰め込まれた武器は、剣や槍などの基本的な武器から盾や金槌などの変わり種もある。屈強な挑戦者たちは自分に合う武器を次々と選んでいくので、どんどん選択肢が狭まっていく。
最後にユフィーリアの順番が回ってきて、
「あー……」
碌な武器が残っていなかった。
剣や槍も短いものしかなく、あとは籠手などの相手の懐に潜り込んで直接殴るような武器しかない。『残り物には福がある』と極東の言葉にあったのだが、あれは信用できない。
すると、ユフィーリアは箱に黒い棒のようなものが残っていることに気づいた。
「刀か」
極東の伝統的な武器である刀は、ヴァラール魔法学院のある方面ではあまり見かけない武器だ。極東地域では盛んに使われている武器のようだが、生徒たちは馴染みがないので避けたのだろう。
「これにしよう」
長さも適度なので、ちょうどいい。
ユフィーリアは刀を木箱から引っ張り出し、試しにそれを振ってみる。重さも適度なものだし、何より手にしっかりと馴染む。
刀を選んだユフィーリアを他の参加者は「本気かよ」「使えんのか?」などとヒソヒソと馬鹿にするような口振りだったが、残念ながらユフィーリアの場合だとこちらが得物だ。
(まあ普段は鋏を二刀流みたいな感じで使ってるけどな)
ここに鋏がないことが悔やまれる。観客席にショウたちがいなければ、確実に武器を持ち込んでいたかもしれない。
(他の武器も使えなくもないけど、強いて言うなら刀の方が得意だしな。よかったよかった)
他の参加者は嘲笑っているが、本当の意味で嘲笑うべきはユフィーリアだ。彼らはこれから予選が始まり、そして無様に地面を舐めることになるのだ。
ひっそりと胸中で笑いながら、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を吹かす。
予選の開始時刻は徐々に迫ってきていた。控室に漂う空気に緊張感が混ざる中、運営側の呼びかけがある。
「予選第1試合が始まります、挑戦者の皆様は準備をお願いします」
さあ、楽しい地下闘技場の幕開けである。




