第2話【問題用務員と闘技場対策】
「えーと、『拝啓、問題児筆頭様』」
向暑の候、ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。
さて、此度の地下闘技場にご参加していただきたく、お手紙をお送りいたしました。
つきましては3日後の夜7時から開催されます地下闘技場までお越しください。
過去に殿堂入りを果たし、強制的に地下闘技場への出入り禁止を言い渡された貴殿を、地下闘技場の決勝戦の地でお待ちしております。
「――――だとよ」
同封されていた手紙をくしゃくしゃと丸めてゴミ箱に放り投げ、ユフィーリアは送られてきた招待状を確認する。
やはり名前は変わらずユフィーリアのものであり、予選第1試合から参加となる。出入り禁止を言い渡されていたのだが、久々の参加でも予選からの開始となるようだ。
そして問題である最後の脱獄囚だが、決勝戦の地でユフィーリアが到達するのを待っているとのことだ。これは嬉しい誤算である。向こうから待ち構えてくれているのならば、戦いやすいことこの上ない。
地下闘技場の存在を知らないショウは首を傾げ、
「地下闘技場とは?」
「魔法や拳で戦う、生徒が独自で運営している賭博場みたいなモンだな。当日は賭け試合みたいになるぞ」
「生徒が独自で運営しているのか?」
その部分が、ショウにとって考えられなかった様子だ。
地下闘技場の運営は生徒が中心となっているので、基本的に大人は参加することも出来なければ運営を手伝うことも出来ない。ユフィーリアだけは止めても無理やり参加するので、もう生徒側も諦めているのだろう。
ただし、今回だけは事情が違う。地下闘技場の方から参加をお願いされたのだ、これは参加しなければならない。
今度は鉄アレイを使った筋肉の鍛錬を始めるエドワードが、
「地下闘技場の戦い方は開催するたびに変わるからねぇ。今回は魔法が使えて物理攻撃はダメなのかねぇ?」
「どうだろうなァ」
ユフィーリアは招待状の文面を確認し、
「どこにも書いてねえんだよ、そんなのが」
「書いてないのぉ?」
「書いてない。魔法だけなのか、物理攻撃だけなのか、それとも魔法も物理攻撃も許可された何でもありの試合になるのか、分からねえんだよな」
予想はおそらく『魔法も物理攻撃も許可された、何でもありの試合』だろう。
決勝戦の地でユフィーリアのことを待ち受ける人斬りは、何百人という人間に勝負を挑んで首を切り捨ててきた頭のおかしい罪人だ。脱獄しなければいずれ死刑となっていた囚人だが、このたびめでたく脱獄したことで命を終わらせられる羽目となったのだ。
まあ、まずは勝たなければならないのだが。決勝戦まで行かなければ、あの人斬りと出会うことすら出来やしない。
「参加するのか?」
「ん?」
「地下闘技場に参加するのか?」
ショウはユフィーリアの持つ招待状を指差して、不安げな表情を見せる。
「貴女に怪我をするような事態になったらと思うと心配だ」
「おいおい、アタシが普通に怪我をすると思ってんのか? 最強無敵の問題児筆頭様に敵わぬ相手なんていねえのよ」
不安げな眼差しを向けてくるショウの頭を軽く撫で、
「だからショウ坊、頼みがある」
「何だ?」
「メイドさんの格好をして応援してくれねえか?」
「貴女の為なら喜んで」
「ショウちゃん、それ断っていい案件だからねぇ? ユーリもショウちゃんを揶揄わないでよぉ」
割と本気でお願いしたことにショウが快諾し、エドワードが呆れる側でユフィーリアは拳を掲げて早くも勝利宣言をするのだった。
脱獄囚と血みどろの試合を繰り広げるのは嫌だが、可愛いメイドさんから応援をいただけるのはすでに勝ちは決まったものだ。
あとは如何に、可愛い部下たちに第七席【世界終焉】の仕事を明かさないように脱獄囚を仕留めるかである。勝っても負けても、闇討ちをすればいいか。
いそいそと衣装箪笥からメイド服1式を持ってくるショウが何故か嬉しそうにメイド服を自分の身体に当てる姿を眺めながら、ユフィーリアは脱獄囚の仕留め方を考えるのだった。
☆
「うあー……」
魔導書を読んでいたユフィーリアは、頁から顔を上げて目頭を揉む。
地下闘技場の参加者に対策を取られないように、ユフィーリアもいくらかの魔法を勉強し直すことにしたのだ。
星の数ほど存在する魔法を手足のように操る天才肌のユフィーリアだが、やはり不特定多数の人間を相手にする時は不安になったりするものだ。無様に予選敗退などという事態に陥らないように、魔法の勉強をやり直した方がいいと判断したのだ。
魔法も時代によって変化していくものである。最新式の魔法を学んでいて損はない。
「疲れた……詰め込みすぎたか……」
気がつけば深夜と呼べる時間帯になっていた。
可愛い部下たちは揃って仲良く就寝中である。
エドワードがその間の面倒を見てくれているので、ユフィーリアは安心して魔法の詰め込み作業に徹することが出来た。用務員としての勤務歴が2番目に長いだけで色々と面倒を押し付けてしまっているが、正直なところ助かっているのだ。
欠伸をしたユフィーリアは、とりあえず紅茶でも淹れて眠気を覚ますかと椅子から立ち上がると、
「あ」
ガチャ、と。
居住区画の扉が開いた。
「……邪魔をしてしまっただろうか?」
扉を開けたのはショウだ。簡素な襯衣と洋袴という寝巻き姿の彼が持っているのは、銀のお盆である。
その上には2人分の紅茶のカップと薬缶が乗せられていた。もしかして、紅茶を淹れてきてくれたのだろうか。
ショウは銀のお盆をユフィーリアの事務机の上に置くと、
「魔法の詰め込み作業が大変な様子だから、紅茶を淹れてきた」
「健気で可愛い、泣いていい?」
「泣いて……? えと、胸でも貸せばいいのか? 抱っこして頭を撫でるか?」
「本気であやそうとしてくれてる」
困惑した表情を浮かべたショウが両腕を広げてきたので、とりあえずユフィーリアは彼に抱きつくことにした。この好機を逃す訳にはいかなかった。
頼めばいつでもやってくれそうな気配はあるが、それが果たして次はいつになるか分からない。彼にも気分があるのだから、快く承諾してくれた時が狙い目である。
華奢な身体を抱き寄せれば、布越しにショウの温もりを感じた。薄皮1枚の向こう側にどくどくと脈動する心臓の音を聞く。心なしか早い気がする。
「ええと……」
ショウは慣れない手つきでユフィーリアの銀色の髪で覆われた頭に手を置いて、
「よしよし」
「ヒィン、優しい……」
「こんなもので元気になるのであれば、いくらでもやろう」
辿々しい手つきでユフィーリアの頭を撫でるショウは、優しく微笑みながら言う。
「言ってくれ、ユフィーリア。貴女の力になれるのであれば何だってやろう」
「優しすぎて涙が出てくるゥ……」
「よしよし」
「ヒィン……」
問題児筆頭が聞いて呆れるほど情けない姿である。
だが仕方がないではないか、彼の優しさを目一杯に堪能していたら涙が出てきちゃうんだから。ここ最近、いいことなんて全然なかったので嬉しい限りである。
そう、いいことなんてない。
第七席【世界終焉】の役割は、あともう少しで終わる。次に終焉を与える人間はいつ現れるのか分からず、それに憂鬱を感じながら日々を過ごさなければならないのだ。
エドワードやハルア、アイゼルネ、そしてショウには内緒だ。絶対にこの呪いを背負わせる訳にはいかない。
「ありがとうな、ショウ坊」
ユフィーリアはショウの華奢な身体をしっかりと抱きしめたまま、
「してほしいことがあったら言うよ」
「……ユフィーリア」
キュッとユフィーリアを抱きしめ返すショウは、
「……俺はずっと、貴女の側にいる。何があっても貴女の味方でいるから」
細々とした声で、ショウは訴えてくる。
「1人で何もかもを背負い込まないでくれ」
その言葉は、懇願にも受け取れた。
第七席【世界終焉】の役割を打ち明けたところで、彼らに耐えられるだろうか。本当であれば打ち明けて、一緒に背負ってもらいたい。
でも、ユフィーリアはそうしない。もう1人きりに慣れていた。消えていった99人の呪いは、全てユフィーリアが背負うべき呪いなのだ。
「大丈夫だ、ショウ坊」
本当は全然大丈夫ではないことを飲み込んで、ユフィーリアは言う。
「1人で背負い込むようなことは、ねえから」
「……そうか」
ショウの胸元に顔を埋めているユフィーリアは気づいていなかった。
彼の顔は、納得している様子ではなかった。明らかに何かを知っているような気配さえあった。
互いに隠し事をした深夜のやり取りは、しばらく続いた。




