第1話【問題用務員と招待状】
「さて、学院内に潜入した脱獄囚の件だけど」
創設者会議と称して学院長室に集められた7人の魔女・魔法使いは、第一席【世界創生】の名前を冠する魔法使いに注目する。
烏の濡れ羽色の髪を紫色の蜻蛉玉が特徴の簪でまとめ、中性的な顔立ちに朗らかな笑みを浮かべる。朝靄を想起させる色鮮やかな紫色の双眸は、この辺りでは見かけない珍しい色合いと言えよう。
清潔感のある服装に身を包み、胸元では不思議な色をした魔石のループタイが揺れる。学院長らしい威厳はないが、これでも長い時間を生きている魔法使いなのだ。
ヴァラール魔法学院が学院長、グローリア・イーストエンドは「さて」と集めた残り6人の魔女・魔法使いに話題を切り出す。
「どうやら地下闘技場にいるみたいなんだ」
「地下闘技場って、生徒たちが独自に運営している魔法での決闘場ッスよね。教師陣は絶対に関われないから情報も完全に秘匿されてるッスけど」
グローリアに意見を出したのは、副学院長のスカイ・エルクラシスだ。彼は第二席【世界監視】でもあるので、この場にいる。
「そうなんだよね。この場にいるほとんどの全員は関われない。しかも脱獄囚は生徒側として潜り込んでいるから、地下闘技場の出場者として参加できるんだよね。僕たち大人は観戦ぐらいなら出来るけど」
朗らかに微笑むグローリアは、
「でも、彼女以外はね」
そこで、全員の視線が一気にとある魔女へ集中する。
透き通るような銀髪に色鮮やかな青い瞳、神々が作り出した彫像の如き整った美貌。白磁の肌を強調させる肩が剥き出しの状態となった黒装束が特徴で、雪の結晶が刻まれた煙管を咥えている。
彼女は学院長室の本棚に並べられた魔導書に注目しており、それまでの話を全く聞いているような素振りはなかった。「……あの魔導書、かっぱらえないかな」と小声で言っていた。
グローリアは咳払いをすると、
「ユフィーリア、話を聞いてたかな?」
「聞いてる聞いてる」
「じゃあ僕が何の話をしていたのか言ってごらん?」
「やっぱり変身魔法は姿形を幻影のように投射して変えるんじゃなくて、骨格から変えた方が本格的だよなって話」
「それ君が今見ている魔導書の題名じゃないか!!」
グローリアのキンと喧しい声が学院長室に響き渡る。
説教に慣れてしまっているユフィーリアは、面倒くさそうに学院長のグローリアへ向き直った。
ヴァラール魔法学院の問題児として有名な彼女は、本来ならこの場にいないと考えられるだろう。だが彼女も立派な魔女の1人であり、その功績は誰にも語られることのない影の実力者的な存在だ。
第七席【世界終焉】――あらゆる情報が秘匿された、史上最強の魔女だ。
「何だよ、地下闘技場だろ? それがどうしたってんだ」
「君なら潜り込めるよね?」
「あ?」
学院長の口から無茶な要求が飛び出して、ユフィーリアの声が自然と低くなった。
「潜り込めるよねって、何で当然のように言ってんだお前は。あれは生徒が勝手に運営してるモンだろ」
「問題行動ばっかり起こしてるから、面白がって潜り込むと思ったけど」
「504年前にやってんだよな。で、出禁になっちゃった」
テヘペロ、とユフィーリアは舌を出して片目を瞑る。
地下闘技場だなんて面白いことを企画するなと思ったので、ユフィーリアも喜んで参加したのだ。生徒たちを相手に全力で魔法の腕前を振るったのは楽しかった。
ただ、それがいけなかった。そのせいで彼女は地下闘技場から出禁を食らっているのだ。
「まあそんなの関係ねえけどな。で? 出ればいいのか、地下闘技場に」
「君って行動力の化身だよね。出禁になったはずなのに、どうしてそんなにノリノリなんだか」
「楽しいことには全力投球」
第七席【世界終焉】の役割を負っていても、根本の性格は変わらない。ユフィーリアは物事を面白いか面白くないかで判断する享楽主義で、やりたいことを好きなだけやるだけなのだ。
地下闘技場も、やりたくなったから潜り込んでやるだけである。たとえ生徒を洗脳してでも参加権をもぎ取る所存だ。
グッと親指を立てて笑うユフィーリアに、グローリアはそっとため息を吐いていた。
「うん、まあ君が言うならいいんだけど。真剣な空気がどこかに行っちゃったよ……」
「真剣な空気なんてクソ食らえだろ、面白くねえ」
グローリアは「うーん」と唸り、
「でも多分、生徒を洗脳する必要はないかな」
「どういうことでしょう? そこの問題児ならやりかねませんわ」
「あ? おい全身真っ赤な色彩感覚おかしいババアが何か言ってるぞ」
「誰の色彩感覚がおかしいですって??」
グローリアの言葉に意見を述べたのは、ドレスや髪まで真っ赤な淑女――ルージュ・ロックハートだった。
彼女は魔導書図書館の司書を務める魔女であり、第三席【世界法律】の名を背負っている。ドレスも髪も瞳も真っ赤なので、もはや色彩感覚がおかしいとしか表現できなかった。
ルージュはフンと形のいい鼻を鳴らすと、
「面白さを見出したのであれば、たとえ周囲が止めても強行するような魔女ですのよ。必要がないと言っても、生徒たちを洗脳させて方が面白いと考えれば実行しますわ」
「そこまで鬼畜外道じゃねえよ、アタシは。洗脳はあくまで最終手段で、普通は拳で脅すモンだろ」
「考え方が野蛮ですわ!! 魔女なのに拳で解決するってどういう神経をしていますの!?」
「こういう神経」
「ああ言えばこう言う!!」
元々折り合いの悪い2人の魔女は互いに睨み合い、ルージュが視線を逸らせば「勝った」とユフィーリアは拳を天高く掲げた。別に勝負なんてしていないのだ。
「実はね、地下闘技場に潜入した脱獄犯は人斬りなんだ」
グローリアは静かに語り出し、
「彼は決勝の地で、最も強い人間を待っているんだよ」
☆
「最も強い人間なァ」
用務員室に戻る道すがら、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を悠々と燻らせる。
途中ですれ違った生徒が、嫌な顔をしてユフィーリアの前からそそくさと逃げた。あの生徒は以前、金を巻き上げた金持ちのボンボンだったか。カツアゲされると勘違いしたのだろう。
だが、今のユフィーリアの頭にカツアゲをする余裕はない。「何で逃げてんだよ、アイツ」などと不思議そうに首を傾げた。
「最も強いってんなら選ばれる自信があるけどなァ、それ本当にアタシでいいのか?」
強さには自信がある。
星の数ほど存在する魔法を手足のように扱い、問題行動に勤しむので運動神経はいい方だ。最も強い相手を求めているならば、その期待に応えることは出来るだろう。
ただ、相手の求めている強さとはかけ離れているかもしれない。まあ、武器を扱うことも出来なくはないのだが、ユフィーリアの得物となると銀製の鋏になってしまうのだ。
「エドかハルに……いやでもアタシの事情に巻き込むのも……」
うーん、と悩んでいるうちに用務員室まで戻ってきた。
煙管で扉の表面を軽く叩き、魔法で施錠を解除する。
欠伸をしながら「ただいまァ」なんて言いながら扉を開けると、
「おかえりぃ」
「お帰り、ユフィーリア」
用務員歴がユフィーリアに次いで2番目に長いエドワードと、用務員歴が最も浅いまだまだ新人のショウが、一緒になって筋肉の鍛錬をしている様子だった。
と言っても、ショウまでムキムキの筋骨隆々とした漢を目指している訳ではなく、腕立て伏せをするエドワードの背中に乗って重石の役割を果たしていた。沈んだり浮かび上がったりを繰り返しても、彼はエドワードの広い背中に正座をした状態で呑気に紅茶を啜っている。
珍しい2人の組み合わせに青い瞳を瞬かせたユフィーリアは、
「ハルとアイゼは?」
「購買部に買い物へ行ったよぉ。お茶請け用のお菓子がないんだってぇ」
「そうかァ」
500、とショウが数え終わったところでエドワードは腕立て伏せを止めた。
ピタリと止まった時に、エドワードの上で重石の役割を果たしていたショウはそっと彼の上から退く。終わる気配を察知したのだろう。
額に浮かんだ汗を手拭いで拭くエドワードは、何かに気づいたように「あ」と声を上げた。
「ユーリにお手紙が届いてたよぉ」
「手紙?」
「先程、生徒が手紙を届けてくれたのだ」
ショウは封蝋の施された手紙をユフィーリアに手渡し、
「何年生か不明だが、貴女に読んでほしいのだと」
「ラブレターかな」
「燃やしていいか?」
「何でだショウ坊? 冗談だぞ?」
こんな悪戯ばかりするような魔女に、恋文など来る訳がない。
ユフィーリアは宛先を確認すると、何故か『問題児殿』とあった。名前を認識しろ。
封筒を破いて手紙の中身を確認すると、それはまさに思い悩んでいた催し事への招待状だった。
「地下闘技場の招待状……」




