番外編【異世界少年と昔の問題児筆頭】
「えー、吸血鬼の呪いだか何だか知らないけどぉ。ユーリに子供の姿になって世話されたという恥ずかしい事態になりましたぁ」
用務員歴が主任であるユフィーリアに次いで長いエドワードが、ごほんと咳払いしてそんなことを言う。
学院長のグローリア・イーストエンドから気味の悪い笑みと共に事情を明かされ、漏れなく全員揃って恥ずかしくて死にたくなった。
やられたらやり返す、というのが問題児の基本的な考えである。なのでユフィーリアも子供にして、お世話をして、恥ずかしい目に遭わせてやろうという意見で一致した。
「だが、子供にする方法はあるんですか?」
「これを見なさいよぉ」
ショウが何気ない質問をすれば、エドワードが取り出したのは毒々しい紫色の液体が入った小瓶である。
これは以前、ユフィーリアがグローリアを子供化させる為に調合した魔法薬だ。ぶっかけると子供になる効能があり、本人に使用する前にショウたちがまとめて子供化してしまったので使えずじまいだったのだ。
それが放置されていたことが運の尽きである。これでユフィーリアも子供化だ。
「恨みはないけどぉ、俺ちゃんたちの恥ずかしい姿を見たんならこっちも見なきゃねぇ」
「お世話してあげなきゃね!!」
「子供だもノ♪ 魔法なんてまともに扱えないワ♪」
「いいのだろうか……」
子供になったとはいえ、それを助けてくれたのはユフィーリアだ。恩を仇で返すような真似をすれば彼女は怒りそうだが、ショウもユフィーリアの子供になった姿が見てみたいので黙っておく。
ショウだけ不公平である。抱っこしたり撫で撫でしたり、子供姿のショウを堪能したのであればこっちも子供になったユフィーリアの可愛さを堪能したい。
すると、居住区画の扉が開いた。その向こうから眠たげに欠伸をする銀髪碧眼の魔女が姿を見せる。
「ふあぁ、お前らおはよぉ……」
「ああっと手が滑ったぁ」
「あ?」
完全に寝起きの状態で反応が遅れた銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルに、子供化の魔法薬がぶっかかる。
わざとらしい声と共に魔法薬を投擲したエドワードは「成功!!」と喜んだ。
さあ、今こそ子供化のお時間である。恨みはないが子供になってもらおうではないか。
魔法薬をかけられた瞬間、ぼふんという間抜けな爆発と共に白い煙が用務員室を包み込む。
「何これぇ!?」
「見えない!!」
「あらマ♪」
「けほッ、けほッ」
あまりの煙たさに4人揃って咳き込む。
やがて煙が晴れ、ユフィーリアが立っていた箇所には1人の女性がいた。
透き通るような長い銀髪は床に届くほど長く、色鮮やかな青い瞳は宝石のような気品を携えている。神々が作った彫像の如く整った美貌は冷淡な印象を与え、シミ1つない白磁の肌は用務員室の明かりを照り返す。
どこも変化した様子のないユフィーリアが、そこにいた。
「……あれぇ?」
エドワードは首を傾げる。
「エド、ちゃんと魔法薬投げたの!?」
「投げたよぉ。ちゃんとかかったでしょぉ?」
「じゃあ何で変わってないのヨ♪」
さすがに魔法薬のことまで詳しくないので、ショウたちは魔法薬の失敗ではないかと結論づける。ここは素直に謝った方がいいだろう。
説教をさせるのを覚悟で4人が立ち尽くすユフィーリアに向き直れば、すでにそこには彼女の姿がなかった。
どこに行ったのかと思えば、用務員室の本棚の前である。様々な本が詰め込まれた本棚を見上げる彼女は、詰め込まれた魔導書を次々と抜き取っていく。
「え、あの、ユフィーリア……?」
ショウが呼んでも、ユフィーリアは反応しなかった。聞こえていなかったのか、聞こえているけれど敢えて無視したのか不明だ。
大量の魔導書を自分の事務机に置き、椅子に腰掛けたユフィーリアは山のように積み上がった魔導書の1番上の本を手に取る。
表紙を開いて、中身に目を通していく。それまで声を発することもなく、驚くほど静かだ。
「ちょっとぉ、ユーリ? 一体どうしちゃったのぉ?」
「読書の時間!?」
「魔法薬の解除方法でも調べているノ♪」
「ユフィーリア?」
黙々と読書をするユフィーリアにショウたち4人は問いかけるが、彼女は魔導書から視線を上げることなく言った。
「話しかけるな、うるせえ」
その声はあまりにも冷淡だった。
☆
「やっほー、ユフィーリア。今日も君にお仕事を――って全員してどうしたの?」
午後になって、用務員室に学院長のグローリア・イーストエンドが入ってきた。朗らかな笑顔で用務員室の扉を確認もせず開くが、その向こう側に広がっていた光景に首を傾げた。
ユフィーリアの態度が冷たくなってしまったことで、彼女の部下であるショウたち4人は撃沈していた。5つある事務机に全員して突っ伏し、ユフィーリアに投げかけられた「うるせえ」の一言で傷心状態である。
今までも騒ぎすぎて注意されることはあったが、それ以上の凶器的な言葉である。的確にショウたちの心の柔らかい部分を抉ってきた。叔父夫婦から虐待を受けた時よりも酷く傷ついた。
そんな状態になっても読書を続けるユフィーリアを見て、グローリアは「ああ」と手を打った。
「ユフィーリア、その本って新しいの出てるよ」
「…………あ、そう」
「よければ持ってこようか?」
「頼む」
グローリアは「分かったよ」と言って、ポンと手を叩いた。転送魔法が発動して、彼の手には新たな魔導書が出現する。
それを読書中のユフィーリアに手渡せば、彼女は何の疑いもなく彼の手から魔導書を受け取った。題名を確認して「本当だ」などと呟くと、再び読書に没頭してしまう。
というか、会話が成立した。
彼女に「うるせえ」の一言を投げかけられただけで撃沈したのに、グローリアだけは事情を知っているかのように振る舞ったのだ。
事務机から顔を上げたショウは、
「何で学院長だと会話が成立するんですか」
「そりゃあ、昔の彼女を知ってるからね」
グローリアは何でもないような調子で言い、
「ユフィーリアは元々かなりの読書家さ。寝食を忘れて読書に没頭するきらいがあるから、ちゃんと食べさせてあげるんだよ。軽食程度なら自分で食べると思うから」
読書中のユフィーリアを一瞥して、グローリアは「この状態で彼女に頼むのは無理そうだね」と言い残して用務員室を立ち去った。
彼女の昔を知っている――その事実だけで、ショウはグローリア・イーストエンドという青年が羨ましかった。
この中で最も付き合いが浅いのはショウだ。最近この世界へ召喚されたばかりなので、昔のユフィーリアなど知らない。対応の仕方など以ての外だ。
さすがにエドワードやハルア、アイゼルネもこの状態のユフィーリアのことは知らなかったようで、グローリアが立ち去った方向を恨みがましそうな視線で睨みつけていた。
「…………なあ」
読書中のユフィーリアは、読んでいる途中の魔導書から顔を上げる。
「お前ら、一体誰だ?」
「え――」
「アタシの何なんだよ。態度が馴れ馴れしい」
言葉選びは酷いものだが、それは純粋な質問だった。青い瞳に悪い感情は乗っていないし、彼女が抱いた疑問をぶつけただけだろう。
ショウたちは互いに顔を見合わせると、ユフィーリアに向き直る。
答えるのは何故かショウに任された。状況を説明するほどの頭脳を有しているからか、はたまた新人だから厄介払いされたか。
「部下だ、貴女の部下」
「部下?」
「そうだ。貴女は用務員としてこのヴァラール魔法学院に勤務し、俺たちと一緒に問題行動をしては学院長に説教される毎日を送っていた。基本的に常に行動を共にしている」
「そうか」
そう短く応じて、ユフィーリアは今まで読んでいた魔導書を閉じた。
閉じたのだ、今まで読んでいた魔導書を。
ショウたちがいくら呼びかけても「うるせえ」と言って、絶対に顔を上げようとしなかった魔導書を閉じたのだ。
ユフィーリアは椅子から立ち上がると、
「お前、名前は?」
「え?」
「名前」
「ショウだ、アズマ・ショウ……極東の方式に則って、名前が後ろに来る形式だが」
「そうか、ショウだな」
事務椅子に座った状態のショウの頬を両手で包み込み、ユフィーリアは静かに笑う。
「いい名前だな」
そう言って、彼女はショウの頭を優しく抱きしめる。
柔らかな胸に顔面から飛び込むことになり、ショウは「むぎゅう!?」と変な声を漏らしていた。顔が柔らかいものに埋め込まれている、脳味噌が現実を受け入れるのを拒否している。
相手の状態など知ったことではないとばかりに、ユフィーリアは抱きしめたショウの頭を撫で回す。まるで子供を慈しむ母親のようだ。
「そうか、そうかァ。お前らも物好きだなァ、こんなアタシとずっと一緒にいるだなんて」
青い瞳を眇めて笑うユフィーリアは、
「じゃあ、読書なんてしてる暇なんてねえな。存分に可愛がってやらねえと」
――結局、彼女が正気を取り戻して土下座をするまで、ショウたちは存分にユフィーリアから可愛がられることとなった。イケナイ扉を開きそうになったのは内緒である。




