第5話【???と終わり】
子供化の呪いを振り撒くまでは上手くいった。
その後の子供化した生徒や教職員どもを、催眠術で誘き出すことにも成功した。
――それなのに、あの銀髪碧眼の問題児が邪魔をした。
「くそ、くそ、ちくしょう!!」
エレイナ・ラーデルは悪態を吐きながら、深夜の校舎内を駆け抜けていた。
子供化した連中に、常日頃から問題行動ばかりを起こしている学院最大級の問題児が紛れているとは思わなかった。奴らを敵に回すのは勘弁したかったのに。
彼らは普段の行動から推測して、大したことは出来ないと思うだろう。問題ばかりを起こす迷惑な奴らだ。生徒たちの大半も彼らを下に見ている。
むしろ逆だ、彼らが自分たちを下に見るべきなのだ。
筆頭となるあの銀髪碧眼の魔女は星の数ほど存在する魔法を手足のように操る天才で、その下につく部下もまた優秀だ。人狼族の先祖返りに馬鹿みたいな身体能力を発揮する少年、幻影魔法を極めた娼婦、それから神造兵器を自在に操る新人の少年。
彼らを敵に回せば、命がいくつあっても足りない。普段は温厚で問題行動に目を瞑れば怒る場面などない彼らが、初めてエレイナ・ラーデルに牙を剥いた。
――あの銀髪碧眼の魔女が、あれほど怒りを露わにしたのは初めてだった。
「何でよ……どうしてぇ!? どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないのよぉ!!」
ほんの軽い気持ちだったのだ。
脱獄をしよう、だなんて口にしなければよかったのだ。どうせ死ぬなら悔いのないように生きたくて、隣の牢獄に閉じ込められた死刑囚に脱獄を提案した。
それから自分の隣の牢獄にいた奴も脱獄に乗ってきたので、2人で実行しただけである。本当に何の意味もなく、軽い気持ちで実践したらあっさりと脱獄できてしまったのだ。
それがこんな目に遭うとは思わなかった。完全に想定外である。
「何でよぉ、何で。何で何で、何でなのよぉ」
――銀製の鋏は終わりの証、という文章をどこかで見た記憶がある。
あの魔女は「お前を殺しにきた」と言っていた。つまり、エレイナを殺しにやってきた魔女なのだ。
魔法で殺すのかと胸中で嘲笑っていたが、出てきたのはまさかの銀製の巨大な鋏である。それが双刀のように分裂して、魔女とは思えない身体能力で襲いかかってきた。
世界に影響を与える、七人の魔女・魔法使い。
彼らのうちで最後の人間だけが情報を明かされなかった。性別も、容姿も、その伝説さえも何も知らない。
ただ情報として残っていたのは、鋏と黒衣だけだ。
鋏は終わりの証、黒衣もそれを示している。
ああ、まさに銀髪碧眼の魔女も装飾品のない黒衣を身につけていたか。
「嫌よ、嫌。私は生きるの、生きたい……!!」
エレイナは薄暗い廊下を懸命に走り、
「どこかにお出かけか?」
底冷えのするような声に、足を止めた。
いいや、止まらせられたのだ。
エレイナの足に氷の薔薇が咲いている。棘がエレイナの両足を貫いて、血が流れ出ていた。その光景を見た瞬間に痛みが宿り、エレイナは思わず悲鳴を上げてしまう。
「あ、ぎ、ぃ、あああああああああああああああああああッ!?!!」
痛い、痛い、痛い。
それよりも驚いているのは、その気配が全くなかったということだ。
氷の魔法を使う素振りなんてなかった。魔法が使われれば真冬にも似た空気が漂うのですぐに分かるはずなのに、どうしてこれだけは気づかなかった?
コツン、コツンという足音が背後に迫る。
窓から差し込む月明かりが、彼女の影を廊下に落とす。長い髪を揺らし、巨大な銀製の鋏を双刀のように分裂させた状態で、尖った先端で廊下をガリガリと削りながらエレイナめがけて歩み寄ってくる。
「何でよ、何で私なのよぉ!!」
「お前が脱獄したからだな」
エレイナの正面に回り込んできたのは、何度も学院生活の中で見かけた銀髪碧眼の魔女だった。
ただし、その美貌に笑みはない。
常日頃から浮かべた、だらしのない笑みではない。人形のようなゾッとするほど恐ろしい無表情と、極彩色に輝く瞳がエレイナを真っ直ぐに貫いていた。
「お前が脱獄をしなければ、もう少しマシな最期を迎えたかもしれねえよ。ただ死ぬだけで済んだし、来世に期待することも出来た」
ゆらりと右手に握った鋏の刃を持ち上げる。
「ただ、アイツらに手を出したことだけは許せねえな」
エレイナは後悔していた。
呪いを振り撒くのではなく、対象を絞るべきだったのだ。
そうすれば、少なくともこれほど怖い思いをすることはなかった。用務員であり魔法の天才、それから問題児筆頭と名高いユフィーリア・エイクトベルという魔女を敵にすることもなかったのだ!
「許して、許してぇ……お願いよぉ、命は助けてぇ……」
「嫌だよ」
極彩色の瞳でじっと見つめられ、銀髪碧眼の魔女は鋏を振るう。
エレイナの頭上を通過した鋏で、不思議と痛みはない。
痛みはないのに、足元の痛みが何故か消えた。先程まで身体の芯まで凍えるほどの冷たさが突き刺さっていたのに、どうして。
エレイナは、ゆっくりと自分の足元を確認する。
「ッ!?」
なかった。
存在していなかった。
エレイナの足が、サラサラと砂のようになっていく。
まるで自分自身の存在が、この世界から排除されていくかのように。
「いやああああ!! 何でやだ、やだあああ!!」
矜持もへったくれもなく泣き叫び、エレイナは目の前の魔女に縋りついた。
「ねえ嫌よ、死にたくないの、ねえお願いだから!!」
「残念だけど」
魔女はエレイナの腕を引き剥がしながら、
「お前はもう終わりだよ」
平坦な声だった。
淡々と、抑揚のない声。
生命の終わりを告げられたエレイナは、
「嫌よぉ……」
最後の最後まで、涙を流しながらこの世から消し去られた。
――ぷつん。
☆
最後の最後まで命乞いをし、情けなくも泣き叫びながら高等吸血鬼の1人がこの世から消えた。これで99人だ。
ユフィーリアは張り詰めていた息を吐き、銀色の鋏を雪の結晶が刻まれた煙管の形に戻す。
冷えた指先を元の体温に戻す為に咥えれば、真っ白な煙が口から吐き出された。随分と冷気が溜まってしまったらしい。【世界終焉】の役割を果たしていても、冷気は溜まってしまうとは難儀なものだ。
「はーあ、これであと1人か」
世界は彼女のことを覚えていない。
それでも、覚えているのはユフィーリアだけだ。
自分がこの世から永遠に消した99人の最後を、覚えているのはユフィーリアだけだ。
重苦しくのしかかってくる呪いから、解放されることは永遠にない。
「ふぃー……?」
その時、声がした。
弾かれたように振り返れば、外套をずるずると引き摺りながらショウがとてちたと駆け寄ってくる。
まさか見られたか、とユフィーリアは内心でヒヤヒヤした。あの残酷な光景が彼の記憶に残ることだけは嫌だ。
「ショウ坊、どうした?」
「かえろ?」
小さな手を目一杯に伸ばして、ショウは抱っこをせがむ。
「おへやにいないから。かえろ?」
「……何か見たとか、ないか?」
「?」
不思議そうに首を傾げるショウ。何も見ていないと見なしていいのだろうか。
「何でもねえ」
ユフィーリアはショウを抱き上げると、
「じゃあ、お兄ちゃんたちと一緒に帰るか。明日はちょっと遅く起きようなァ」
「ごはん」
「作ってやるから」
それならいいや、とばかりに抱きついてくるショウ。この重みを感じられるのも、これで終わりとなると寂しいものだ。
彼の父親であるキクガが羨ましい。これほど可愛いショウを堪能できたとは、代わりたいぐらいだ。
ユフィーリアはショウの背中を撫でながら、
「帰ろうなァ」
「かえろ」
「そうそう、帰ろう帰ろう」
そんな軽いやり取りをしながら、子供化した生徒や教職員たちが眠る食堂に戻るのだった。




