第3話【問題用務員と吸血鬼】
甘い夢を見よう 甘い夢を見よう
ケーキに焼き菓子 素敵な夢を
ここは楽しい夢の国 素敵で永遠な夢の国
僕らは行きたいあの場所へ 楽しい楽しい素敵な世界
子供に混ざるようにして廊下を進むユフィーリアの耳に、子供化した生徒や教職員たちによる拙い歌声が触れる。
それはやはり操られているから歌っているのだろう。音楽も歌詞も聴いたことがなく、素敵で甘い夢の世界を称賛する歌のようだ。
気味が悪いことこの上ない。吸血鬼の催眠術によるものだったら、凄い才能だとは思う。
ユフィーリアの腕に抱かれるショウは、
「ふぃー……こあい……」
「ショウ坊は目を瞑ってろよ」
怖がるショウをあやすように背中をぽんぽんと優しく叩くユフィーリアは、
「もうすぐだな」
子供化した生徒や教職員が集結しているのは食堂だった。
これだけの人数を収容するのであれば、確実に広い場所を乗っ取るはずだ。ヴァラール魔法学院の食堂は全校生徒や教職員を収納して余りあるほど広いので、子供化した生徒や教職員を集めるのに最適である。
開きっぱなしになった食堂の扉から室内を覗き込み、ユフィーリアは息を呑んだ。
「これは……」
「わー」
食堂内がお祭りのようになっていた。
催眠術によって食堂まで歩かせたのはいい案だったのだろうが、そのあとのことを考えていなかったのだろう。ただただ食堂の中心を子供化した生徒や教職員が手を叩きながらぐるぐると食堂の壁伝いに歩き回るという奇行に出ていた。
まるで変な宗教に入信してしまったかのようだ。口から漏れる歌は讃美歌、手を叩きながら部屋の中を歩き回り続けることで悪魔か何かを崇拝しているようにしか見えない。
何かもうおかしなことになっている食堂内を目の当たりにしたユフィーリアは、
「…………戦いたくねえなァ」
「たかー?」
「ショウ坊はいいんだぞ、戦わなくて。危ないからな」
「ぶー」
「不満そうにするんじゃねえ」
その時だ。
校内中に響き渡っていた音楽が、唐突に途切れたのだ。
音楽が途切れると同時に、子供化した生徒や教職員は糸の切れた操り人形のようにその場に倒れ伏す。全員死んだかと思いきや、すやすやと眠っていた。
ユフィーリアが食堂内を覗き込むと、先程見た時にはいなかったはずの存在が倒れ伏す子供化した生徒や教職員たちの中心にいた。
「ふふふ、ふふふ」
不気味な笑い声を漏らして倒れた子供たちに視線を巡らせるのは、金髪の妖艶な女性である。
月明かりを反射する金髪はキラキラと輝き、暗闇の中でも色鮮やかさを失わない赤い双眸。生徒として紛れ込むには大人びた顔立ちに、桜色の唇から垣間見える牙が特に印象的だ。
部屋着らしい黒いドレスに身を包む女は、錆びた横笛を握っていた。どうやらあの古びた楽器で音を奏でて、催眠術を使っていたらしい。
あの女がエレイナ・ラーデルか。1000人を超える子供たちを誘拐して生き血を啜った吸血鬼にして、反省せずに脱獄をして巡る命に終止符を打たれる哀れな死刑囚。
「こんなにたくさんの子供たちが集まってくれたわぁ。うふふふ、ふふふふ」
豊満な肢体をくねくねと動かすエレイナは、
「さて、どの子から食べちゃおうかしら」
赤い瞳を巡らせて、それから彼女が選び抜いたのは1人の少年である。
灰色の短い髪の毛に子供ながらやや怖めな印象のある顔立ち、他の子供よりも発育がよく身長も高い。
エドワード・ヴォルスラム。ユフィーリアの大切な部下の1人だ。
眠るエドワードの首に手をかけて、エレイナはそっと口を開く。子供特有の柔肌に牙を突き立てようとして、
「〈蒼氷の塊〉!!」
「きゃッ!?」
ユフィーリアは魔法を発動させていた。
得意とする氷の魔法でも、頭上から一抱えほどもある氷塊を叩き落とす魔法だ。出が早いので助かった。
慌てた様子でエレイナがエドワードから飛び退き、それから食堂の床に転がる氷の塊を見つめて「何よぉ」と訴えてくる。
「私のご飯の邪魔をするのは誰ぇ?」
「残念、アタシだ」
ショウを扉の外に下ろして、ユフィーリアは外套を脱ぐ。ショウを守るように頭からすっぽりと袖なしの外套を被せてやり、不安げな赤い瞳を向けてくる可愛い子供に快活な笑みを見せてやった。
「お兄ちゃんたちを助けてくるから、ここで大人しくしておけよ」
「ん……いてら、しゃ」
「おう、行ってきます」
ショウの頭を撫でてから、ユフィーリアは食堂内に足を踏み入れる。
噎せ返るような濃い魔力が漂っている。
吸血鬼と言っても普通の吸血鬼ではない。その上をいく高等吸血鬼だ。下手をすれば弱点など存在せず、退治人を呼んでも討伐することが出来ないかもしれない。
まあ、そんなことなどユフィーリアには関係ないのだが。
「ご機嫌よう、吸血鬼のお嬢さん」
ユフィーリアは至って普通に笑いながら、
「お前を殺しにきた魔女様です」
「魔女ですってぇ? 魔女如きが高等吸血鬼に名前を連ねる私に勝てると」
「〈薄氷の白棘〉」
「きゃああああああッ!?」
エレイナの甲高い悲鳴が食堂内に響き渡る。
ユフィーリアが雪の結晶の刻まれた煙管を振ると、真冬にも似た空気が流れる。空気の冷たさに怪しむ間もなく、出現したのは巨大な氷柱だ。
何かご高説を垂れる馬鹿な吸血鬼に向かって氷柱を射出したのだが、寸前で回避したようだった。随分と悪運の強い奴である。
舌打ちをしたユフィーリアは、さらに重ねて魔法を発動。
「〈絶氷の棘山〉」
「わッ、わッ、わああああああああああああッ!?」
エレイナの足元が凍りついたと思えば、そこから極太の氷柱が突き出てくる。確実にエレイナの身体を貫かんと狙った位置である。
慌てた素振りで回避するも、ユフィーリアが連続で魔法を発動させるものだから、広々とした食堂にいくつもの氷で出来た剣山が作られる。吸血鬼は回避能力でも高いのか。
ぜえはあ、とエレイナは肩で息をしながら、
「ちょ、ちょっとぉ!! 殺す気ぃ!?」
「最初からそのつもりだけど? 何言ってんだお前?」
ユフィーリアは当然とばかりに言い放ち、
「アタシはな、自分で言うのもアレだけどよ。滅多に怒らない魔女なんだよな」
別に怒るような機会がないのが理由だ。
まあ自分の大切にしていた酒を無断で飲まれたとか、部下たちが危険なことをして怪我をしたとか、そういうありきたりな理由で怒ることはある。ユフィーリアも魔女とはいえ人間だ、善人ではない。
だが、本気で怒りをぶつけるのは滅多にない。
「学院の生徒や教職員連中が子供化した時は滑稽だったな。別に2、3人ぐらい食べられて学院長のグローリアが失脚する様を見て腹を抱えて笑うのも一興かと思ったけど」
絶対零度の瞳でエレイナを見つめたユフィーリアは、
「お前はよりにもよって、ウチの大切な部下にも毒牙をかけちまったからなァ。これは怒るに決まってんだろ」
七魔法王が第七席【世界終焉】の役割を、自ら進んでやることはまずない。
これはユフィーリアが背負うべき楔であり、消えていった98人の呪いだ。決して軽いものではないし、出来ることなら手放したいぐらいだ。
だが、今以上に【世界終焉】としての役目を望んだことはない。この吸血鬼の最期の瞬間を目撃するのは、ユフィーリア自身なのだ。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を空中にぶん投げる。
窓から差し込む月光を一瞬だけ反射した煙管は、銀製の巨大な鋏となってユフィーリアの手元に返ってくる。
2枚に重なった刃を留める部分に雪の結晶を添え、錆びも曇りも全くない綺麗な銀色の鋏だ。普通の大きさであれば恐怖など感じないだろうが、ユフィーリアの身長を超える巨大な鋏は誰であろうと恐怖を覚える。
顔の筋肉を引き攣らせるエレイナに、ユフィーリアは綺麗な笑みで言った。
「言ったろ、お前を殺しにきた魔女様ですって」
――この意味が分かるだろう?




