第6話【問題用務員と新たなる敵】
「ねむくなーい」
「ねむくなーい」
風呂もすっかり終わった頃合いだと言うのに、やはりエドワードとアイゼルネが我儘発動である。
子供の体力は無尽蔵と言うべきか、子供なら確実に眠くなっている時間帯なのに「まだ眠くない」と宣う始末である。コイツら元気。
すでにうつらうつらと船を漕いでいるショウとハルアを天蓋付きのベッドに寝かせてやり、ユフィーリアは「ええー?」と不満げに言う。
「何でだよ」
「まだあそびたいもん」
「もん」
エドワードとアイゼルネはベッドで跳ねて飛んで遊んでいるが、やはり眠くならないようだ。どこまでも元気である、クソガキども。
クソガキ2人がベッドで飛び跳ねるせいで、ショウとハルアがぐずり始めてしまった。ユフィーリアは彼らの背中を優しく叩いてやり、指先を弾く。
ベッドを遊び道具と勘違いするエドワードとアイゼルネの身体がふわりと浮かび、強制的に床へ下ろした。「ちぇー」「ちぇ」と2人とも不満げである。
「眠くなくても寝るんだよ、大きくなれねえぞ」
「むー」
「むー」
エドワードとアイゼルネは頬を膨らませてユフィーリアに無言で訴えてくる。「まだ遊びたいのだ、遊び足りないのだ」と彼らの瞳は物語っていた。
ユフィーリアはベッドをポンポンと叩いて、2人に寝転がるように指示。
渋々と従ったエドワードとアイゼルネは、すでに夢の世界へ旅立ったショウとアイゼルネの隣に寝転んだ。「まだねむくないのにぃ」とエドワードが文句をぶちぶちと言っていたが知らん、寝ろ。
お目目がパッチリと開いた状態で寝転がっても、残念ながらエドワードとアイゼルネは寝てくれない。なのでユフィーリアは魔女らしく魔法を使うことにした。
「明かりを消してー」
雪の結晶が刻まれた煙管を振り、寝室の明かりを落とす。
「〈光よ飛び散れ〉」
月明かりが差し込む薄暗い寝室に、青い光がパッと弾けた。
それはさながら流星群のようだ。
薄暗い部屋を流れていく青い光は幻想的で、大人しく寝転がるエドワードとアイゼルネの興味を惹かせる。「わー」「わー」と2人揃って瞳を輝かせ、感嘆の声を漏らした。
くるくると雪の結晶が刻まれた煙管を揺らすユフィーリアは、
「夜更かしすると、お化けがお前らを連れていっちゃうぞ」
悪戯心が芽生えたユフィーリアは、魔法を操って青い光を別の形に変える。
流星群として室内に降り注ぐ青い光は、集まって人の形を取った。
だらりと垂れ落ちた腕、左右に引き裂けた口元、ジロリとエドワードとアイゼルネの2人を見やる眼球はギョロギョロと動く。青い光が集まって作られたお化けの姿に怯えて、エドワードとアイゼルネは布団の中に潜り込んでしまった。
「だからちゃんと寝るんだぞ、お前ら」
「…………おねーさんは?」
「ん?」
布団の隙間から顔を覗かせたエドワードが、
「おねーさんは、ねないの? もうねるじかんなのに」
「アタシはまだ仕事が残ってんだよ」
ユフィーリアは不安げな眼差しを送ってくるエドワードの頭を撫でてやり、
「おやすみ、アタシの可愛い子供たち。いい夢を」
「ん……おやすみなさい」
モゾモゾと布団に包まれたエドワードは瞳を閉じ、やがて規則正しい寝息を立て始めた。
何というか、物凄く疲れた。
彼らの元気が有り余っているのだ。エドワードとアイゼルネ、ショウとハルアで年齢差があるから対応が全然違ってくる。まあショウとハルアの面倒を積極的に見てくれるのはありがたいが、やはり子供なので我儘盛りなのは仕方がない。
全員が眠ったことを確認してから、ユフィーリアはなるべく物音を立てずに寝室を出た。
「よう、待たせたか」
「いいや、全然」
居住区画から移動し、まだ明るい用務員室に行けば見慣れた青年が我が物顔で革張りの長椅子を陣取っていた。
烏の濡れ羽色をした長い髪を紫色の蜻蛉玉が特徴の簪でまとめ、女性にも男性にも見える中性的な顔立ちには朗らかな笑みを浮かべている。この辺りではあまり見かけない紫色の双眸で、居住区画から出てきたユフィーリアを真っ直ぐに見据える。
学院長のグローリア・イーストエンドがそこにいた。普段なら絶対にいないだろう人物である。
ユフィーリアが「何か飲むか」と問えば、彼は首を横に振って辞退した。
「残り2人の囚人の情報を届けに来ただけだからね」
「それなら通信魔法でもよかったんじゃねえか?」
「こうして面と向かって会話した方が、防音魔法が使えて便利でしょ?」
グローリアがツイと指先を動かせば、用務員室全体を透明な膜で覆われる。防音魔法が発動した証拠だ。
次いで、彼は羊皮紙を召喚してユフィーリアに手渡す。
きちんと封蝋まで施された羊皮紙を広げれば、ドゥンケルハイト監獄から脱走した残り2人の囚人の情報が事細かに記載されていた。
「エレイナ・ラーデルと、サカマキ・コジロウか」
「知ってる?」
「エレイナの方は吸血鬼、サカマキの方は人斬りって聞いたな」
どちらも有名な死刑囚で、ドゥンケルハイト監獄で死を待つのみとされていた重罪人だ。脱獄しなければ常識的な範囲で最も重い刑罰である死刑が適用されたはずなのに、監獄から逃げ出してしまったが故に重い罰が適用されることになってしまった。
おかしなものである。どうして彼らは自分自身の首を絞めたがるのか。逃げ出せば罪は重くなるはずなのに、これ以上はないとでも勘違いしているのだろうか。
ユフィーリアは羊皮紙に視線を走らせ、
「なあ、グローリア」
「何かな?」
「今回の校内全体で子供化の現象が起きたのは、吸血鬼の呪いって言ってたよな?」
「言ったね」
グローリアから説明を受けた時、この現象は吸血鬼の呪いによるものだと言われたのだ。
それは感染系の呪いであり、吸い込む空気中に呪いの因子が混ざり込んでいるので避けようがないのだ。ユフィーリアの『絶死の魔眼』でも断ち切ることが出来なかった。
ところで、エレイナ・ラーデルは吸血鬼である。
罪状は子供を大量に誘拐し、その生き血を啜って殺した殺人罪。その数は有に1000人を超え、当時は親が子供を夜通し見守るようにと通達されたほどだ。
今回の校内子供化事件は、このエレイナ・ラーデルがやったことでは?
「まずくねえか?」
「大いにまずいね、下手をすれば犠牲者が出る」
真剣な様子で頷くグローリアは、
「早急に見つけ出さないとね」
「ウチの奴らはいいけど、生徒や教師陣は平気なのかよ」
「とりあえず個室に閉じ込めて結界を張ったよ、簡単に出られないようにね。生徒たちの個室にはそれぞれトイレも風呂もついているし、エレイナ・ラーデルをこの世から消し去るまでは何とか部屋に幽閉しておくつもりでいるよ」
それなら少しは安心できるのだろうか。
とはいえ、相手は吸血鬼である。
夜の眷属、月下の貴族と有名な種族だ。現在では個体数が減少傾向にあるものの、友好的な高等吸血鬼の一族を除けば対処することが推奨されている。友好的な高等吸血鬼は吸血鬼目録に登録され、定期的に彼らの望む血液を提供される代わりに人類には危害を加えないという誓約を課されている。
ユフィーリアが「エレイナ・ラーデルは吸血鬼目録に登録されてんのか?」と問えば、
「彼女は元々高等吸血鬼として吸血鬼目録に登録されていたんだけど、383年前に『血染めの教会事件』を引き起こしてから除名されたよ」
「ああ、やっぱりその事件を起こした犯人か」
ユフィーリアは深々とため息を吐いた。
エレイナ・ラーデルは子供の血液を特に好む傾向があり、かつて1000人を超える子供を誘拐して生き血を啜って殺害した罪に問われている。そのせいで死刑となったのだが、本人は至って反省すらしていなかった。
その事件現場となったのが孤児院として運営されていた『アスミラ教会』だったのだ。その教会が全体的に赤く染まり、血の臭いが凄かった為に、血染めの教会事件と呼ばれるようになった。
吸血鬼なので専門的な知識を有する退治人を派遣し、さらにその補助として数百人単位の魔女・魔法使いが投入。
結果的に退治人13名、魔女8名、魔法使い12名の犠牲で済んだ。罪の規模で言えば以前のウィドロ・マルチダの方が凶悪だろう。
「生徒を預かる身として犠牲者を出すのはまずい。探索魔法でも何でも使わないと」
「そうしてくれ。ウチの奴らにエレイナの毒牙が向いたらお前をこの世から消し飛ばすからな」
「君の怒りを買いたくないしね、そこら辺はちゃんとするつもりさ」
グローリアは「じゃあ僕は行くね」と言い、用務員室から転移魔法で姿を消した。
1人で残されたユフィーリアはそっと息を吐く。
まずいことになった。可愛い部下の4人が子供になったのは、エレイナ・ラーデルが食事をする為だったのか。
「そうはさせるか……」
魔法で脱獄した2人の死刑囚の情報が記載された羊皮紙を燃やし、ユフィーリアは寝室に戻る。
絶対に守らなければ。
かつて、両親が我が子の身を案じた時のように夜通しで見張らなければならない。
――彼らに指1本だって触れさせない。




