第4話【問題用務員とアイスフォンデュ】
そんな訳で、調理開始である。
「ユフィーリアちゃんの3分クッキング、はっじまっるぞー☆」
バチコーン、とウインクも決めちゃってどこぞに主張するユフィーリア。
血の繋がった実の息子とその先輩を両腕に抱えるキクガが、何故か怪しげな視線を寄越してくる。
肝心のショウとハルアは「くきー?」「くっきーん!!」と元気いっぱいな様子である。キクガに張り付いているように命じられたエドワードとアイゼルネも「くっきんぐ!!」「くっきんぐー」と真似していた。
「ユフィーリア君、どこに向かって言っているのかね」
「え、気分気分」
「大体、3分クッキングという単語を知っているのが驚きだが。私の世界にあったテレビ番組だぞ」
「前に晩飯をチャチャッと作ったら、ショウ坊に『3分クッキングだ』と言われたんだけど、何か関係ありそうだな?」
ユフィーリアは食糧保管庫の扉を開く。
食糧保管庫とは、食料を保管する為に魔法をかけた特殊な箱である。用務員室の隣にある居住区画には縦長の箱が置かれているが、食堂や学院に併設されたレストランに置かれているのは多くの食材が保管できる巨大なものを使っている。
ショウがこの食糧保管庫を見た時、彼は「冷蔵庫だ……」と呟いていた。多分、彼の世界にも似たようなものがあるのだろう。
食糧保管庫をゴソゴソと漁り、取り出したのは青い薔薇だった。
「薔薇を冷蔵庫に入れるのか?」
「レイゾーコ? お前もショウ坊と同じようなことを言うんだな」
「ショウも言ったのかね」
「見た途端にな」
まあ、この世界では食糧保管庫である。誰が何と言おうとそれだけは変わらないのだ。異世界の知識は面白いので、あとで聞くことにする。
硝子製の壺に魔法で水を入れ、それから温度を操作してお湯にする。
壺の中を揺れるお湯に茎から断ち切った青い薔薇を浮かばせ、これにて料理は完成だ。完成ったら完成である。
青薔薇が揺蕩う硝子製の壺を抱えて、
「はい完成」
「3分どころか30秒クッキングではないか? お湯に薔薇を浮かばせただけのものを料理と呼べるのかね」
「お前は分かってねえなァ、この世界に来て何年経ってんだよ」
「冥府にずっと引きこもっていれば、地上の常識などに置いていかれるのは必至な訳だが」
「それもそうだ」
ユフィーリアは真顔で頷いた。
物は試しである、何事も挑戦しなければ面白くない。
居住区画で食事する為の団欒用の椅子にそれぞれ座らせ、ショウは実の父親の膝――ではなく、理由は不明だが全力で嫌がったのでユフィーリアの膝の上に落ち着いた。代わりにハルアがキクガの膝の上に乗った。
エドワードとアイゼルネは自力で椅子に座り、6人で青薔薇の揺れる硝子製の壺を囲むことになる。
「はい、それではこちらをどうぞ」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管で机をコンコンと2度ほど叩くと、白い皿の上に乗せられた色とりどりの果物と人数分の肉叉である。
エドワードとアイゼルネは燦然と輝く果物を前に「きゃー!!」「きゃー!!」と歓声を上げる。キクガの膝に乗せられたハルアも興奮状態で机をガタガタと揺らすものだから、壺の中に浮かぶ青薔薇が暴れ狂っていた。
さて、料理の説明をする時だ。
フォンデュというのだから、果物をお湯に浸して食べるものだと思うだろう。
しかし、アイスフォンデュと言われているのだ。明らかにお湯と分かっているのに『アイス』もクソもないだろう。
肉叉に赤々とした苺を突き刺したユフィーリアは、
「やり方は簡単だ。こうやって肉叉に刺した果物を――」
肉叉に刺さる苺で、お湯の上に浮かぶ青薔薇の花弁に触れさせる、
次の瞬間、花弁がはらりとお湯の中に落ちると同時に苺が凍りついた。
氷菓よろしく固まった苺を口の中に入れると、果物特有の酸味と甘味が舌いっぱいに広がり、さらにシャリシャリとした食感がまた美味しい。冷たくてお手軽に作れる氷菓としてちょうどいい。
これがアイスフォンデュである。青薔薇には魔法で冷気が溜め込まれ、花弁に触れると溜め込まれた冷気で物が凍るのだ。見た目もいいので子供にも人気の高いおやつである。
「『氷の青薔薇』って品種の薔薇でな。魔法で冷気を溜め込ませるのに適した品種で、アイスフォンデュにしやすいんだよ」
「なるほど」
キラッキラと琥珀色の瞳を輝かせる3歳児のハルアを押さえるキクガは、
「冷気を発散させると花弁が落ちるのか」
「そうだな。落ちた花弁はお湯の中に沈むから、見た目も綺麗で楽しいってことで人気なんだよ」
壺の中には、ユフィーリアが使用した青い薔薇の花弁が落ちている。これはあとでアイスフォンデュの締めとして使うのだ。
「ほらお前ら、薔薇の花弁には触るなよ。指先でも触ったら凍るからな、気をつけて食えよ」
「わーい!!」
「わーい」
エドワードとアイゼルネは早速とばかりに自分の肉叉を手に取ると、柑橘類や苺などの果物を突き刺して青薔薇に触れさせていく。
一瞬で凍りついた肉叉に刺さる果物を口の中に入れ、子供2人はご満悦な様子で「つめたーい」「おいしーい」と言う。夢中で青薔薇に果物を触れさせてシャリシャリとお手軽な氷菓となった果物を消費して行く様子を見て、アイスフォンデュという選択肢は間違っていなかったとユフィーリアは確信する。
本格的な異世界の食べ物に柄にもなく瞳を輝かせるキクガは、
「私もいいのかね?」
「おう、いいぞ」
「あーうー」
「ショウ坊もな。苺でいいか?」
「あーい」
小さな手を一生懸命に伸ばして肉叉を取ろうとするショウを座り直させ、ユフィーリアは自分の肉叉に苺を刺して青薔薇に触れさせた。
凍りついた苺が刺さる肉叉をショウの小さな手に握らせてやると、彼は小さな口でシャリシャリと齧り始めた。「美味しいか?」と問えば、満面の笑みで苺を齧り続ける。
キクガもまたハルアにバナナを凍らせたものを齧らせて、自分もオレンジを凍らせたものをシャリシャリと齧っていた。大人でも初めてのアイスフォンデュは楽しいのだろう。
「これは美味しいな」
「お手軽な氷菓として人気だからな。薔薇は花屋で売ってるし」
「この薔薇は花屋で売っているのかね?」
「これは購買部で取り寄せてもらったんだけどな、この薔薇は普通に近場の町の花屋で売ってるぞ」
「帰りに買って行こう。店の名前を教えてくれないか?」
「ああ、それなら――」
ユフィーリアとキクガで『氷の青薔薇』について話し合っていると、果物のほとんどがエドワードによって消費されてしまったらしい。
果物の乗っていた皿はすっかり空っぽになってしまい、アイゼルネは行き場のない肉叉の先端を見つめ、ハルアやショウは空っぽになってしまった白い皿をじっと見つめている。それから3人の恨みがましそうな視線が、果物をほとんど平らげてしまったエドワードに集中した。
泣き出すまで秒読みである。
「びゃーッ!!」
「ぎゃーッ!!」
「うえええええッ!!」
「は!? 一体何がどうしてこうなった!?」
「ユフィーリア君、エドワード君が果物を全て平らげてしまったようだよ」
「お前ってこの歳から胃袋無限大かよォ!!」
しかも子供なので、自分が悪いことをしたという自覚がまるでない。
エドワードは肉叉を振りながら「たりなーい」と他人事である。この頃から大食いだったのか、とユフィーリアは遠い目をした。遠慮がまるでない。
残念ながら果物の備蓄はない、なのでこのお菓子にしよう。
「よし分かった、お前らには1人1枚ずつチョコレートをやろう」
ユフィーリアが煙管を振ると、板状になったチョコレートがその場にいた全員に1枚ずつ配る。
アイスフォンデュは果物を凍らせても美味しいが、チョコレートを凍らせても違う食感が楽しめて美味しいのだ。一般的なアイスフォンデュは果物だが、チョコレートは通な食べ方と言えよう。
ショウのチョコレートをパキパキと割ってやり、ユフィーリアは欠片となったチョコレートを青薔薇の花弁に触れさせる。一瞬で凍りついてチョコレートのアイスみたいになったチョコレートの欠片を、ショウの口に咥えさせた。
「ほれ、冷たいから気をつけろよ」
「うむー」
ショリショリショリショリ、と消費していくショウ。2歳児なのに歯が頑丈な様子でよかった。
やり方を理解したようで、配布されたチョコレートでアイスフォンデュも再開である。果物でもいいが、子供たちにはやはり青薔薇に食材をつけて凍らせる作業が好きなようだった。
キクガもチョコレートをいそいそと凍らせて満足げである。自分のチョコレートも順調に消費しながら、膝に乗せたハルアにも凍ったチョコレートを食べさせてやっていた。
「ところでユフィーリア君」
「おう」
「このアイスフォンデュが終わったらどうするのかね?」
「薔薇の花弁が壺の底に沈んでるだろ」
ユフィーリアはお湯の中に沈んだ青い薔薇の花弁を示すと、
「薔薇の味が滲み出てると思うから、最後に薔薇湯として飲むんだよ。紅茶感覚で美味しいぞ」
「なるほど、締めまで驚きが溢れているな」
キクガは楽しそうに言っていた。
子供化していなければ、エドワードもハルアもアイゼルネもショウも元の姿に戻れば、またこういう場所を設けてもいいのかもしれない。
楽しいことであれば何でも好きだ。大人数での食事も、軽口を叩き合って一緒に食べた方が美味しく感じる。
ユフィーリアはチョコレートでベッタリと汚れたショウの口元を拭ってやりながら、
「今度はディープナイトパフェにでも挑戦するか」
「それは何だね?」
「ビストロ・マリーナで出すはパフェでな、深海みたいに青くて大きなパフェなんだよ。甘さ控えめで美味いぞ」
「ほう、それは実に興味がある」
興味津々な様子で話に耳を傾けるキクガに、ユフィーリアはこの世界で有名な料理の内容を語るのだった。




