第3話【問題用務員と子育て】
それにしても大変なことになってしまった。
「どうすっかなァ」
「どうすっかなぁ」
「どうすっかあ」
「お前らは真似しないでいいぞ」
赤子のものらしき泣き声が幾重にもなって響く校舎内を歩きながら、ユフィーリアは今後の方針について考える。
エドワードやアイゼルネの着ている服はぶかぶかだし、ハルアとショウに至ってはまともな服が着れない。2歳児と3歳児では着れる洋服にも限りがある。
かと言って、専用の洋服を今から誂えることも面倒臭い。ここは1つ、彼らの洋服を魔法で身体の大きさに合わせるしかないだろうか。
ユフィーリアの真似をして「どうすっかー」「どうすっかー」とエドワードとアイゼルネは楽しそうに遊んでいるが、子供は大体こんな意味の分からない遊びを全力で楽しむ傾向にある。しばらく放っておいてもいいか。
「ふぃー!!」
「ふいー」
「はいはい、お前らはアタシの髪で遊んで楽しいかそうですか。ご機嫌な様子で嬉しいわ」
両腕に抱っこするハルアとショウは、ユフィーリアの銀髪が珍しいのか手で引っ張って遊んでいる。いつもだったら怒っているのだが、怒っても意味のない年齢なので怒るに怒れない。
ハルアは遠慮なくユフィーリアの髪の毛を引っ張ってくるし、ショウに至ってはユフィーリアの銀髪を口の中に入れてしゃぶる始末だ。「ばっちいから止めろ」と口の中から引っ張り出せば、彼はやはり楽しそうに笑った。
早くも心が折れそうである。たった1人で4人の子供の面倒を見なければいけないとは、正直きつい。
「ん?」
用務員室に戻ってくると、ちょうど部屋の扉の前で黒い影のようなものが佇んでいた。
艶やかな長い黒髪は足元まで届かん勢いで長く、その顔面は髑髏のお面で隠されている。身長は高い割に体付きは華奢で、少し乱暴に扱えば全身を複雑骨折するのではないかというぐらいだ。
最低限の装飾品のみで飾られた黒い神父服に、胸元では錆びた十字架が揺れる。何かやばい宗教の教祖か、教会に取り憑いた死神と表現できようか。
その髑髏仮面の神父様は、ユフィーリアの存在に気づいてこちらへ振り向く。仮面の下にある黒曜石の双眸が、子供を抱えるユフィーリアの姿を認識して驚いているようだった。
「ユフィーリア君、いつのまに結婚したのかね?」
そんな突拍子のないことを聞いてくる髑髏仮面の神父は、ユフィーリアが抱きかかえるショウの父親であるアズマ・キクガだ。普段は冥王の元で第一補佐官として働くが、時折こうして地上に遊びにくるのだ。
手土産らしい菓子の袋を掲げたキクガは「近くに来たものだから寄ってみたのだがね」と言う。用務員室に進んでやってくる人物は、もはや彼と植物園の管理人である真っ白い狐の八雲夕凪ぐらいだろう。
さすがに記憶が退行している部下たちにとって、髑髏仮面の神父は様は怖いお化けとでも映ったのだろう。エドワードとアイゼルネはユフィーリアの背中に隠れて、ハルアは逆に興味津々の様子でキクガに手を伸ばす。実の息子であるショウは、怪しむようにじっと父親を見つめていた。
ユフィーリアは苦笑し、
「残念ながらウチの奴らなんだわ。子供化の呪いにかかっちまって」
「なるほど」
キクガは納得したように頷く。
「原因は?」
「吸血鬼の呪いって言われてるな」
「ほう」
「根源を絶たなきゃ元に戻らねえんだと。だから調査はグローリアと副学院長に任せて、アタシはコイツらの子守りだ」
「なるほど、理解した」
キクガは「それならば」と続け、
「私も協力しよう」
「どっちを? 調査を?」
「子守りをだが。これでもショウの父親だ、4歳の時まで彼の面倒を見ていた実績はあるぞ」
自信満々に胸を張るキクガだが、まず先に髑髏の仮面を脱いだ方がいい。エドワードとアイゼルネからは怯えられ、実の息子のショウには怪しまれているのだから。
ユフィーリアが「まずは髑髏仮面を脱げ」と指示すれば、キクガはあっさりと髑髏仮面を外した。そういえば髑髏仮面は冥府の関係者であることを示す為のものらしいが、あっさり外していいものなのかと驚く。
キクガはユフィーリアが抱っこするショウとハルアの頭を撫で、
「君たちはいい子だな、泣きもしないとは」
すると、頭を撫でられたハルアとショウの小さな手がキクガの頬をぺちぺちと叩いた。
「ぱー」
「ぱー!!」
「ウグゥッ」
何故かキクガが呻き声を漏らして倒れ込んだ。心臓まで押さえている。これは医務室行きの案件か?
「おいどうした!?」
「す、すまない。あまりにも可愛すぎた……」
実の息子だけではなく、息子の同僚であるハルアにまで「ぱー」と呼ばれただけでこの態度である。いいのか、それで。
倒れたキクガを心配したエドワードとアイゼルネが、隠れていたユフィーリアの背中からひょっこりと顔を出す。
不安げな表情を見せる彼らは、
「だいじょうぶ、おとうさん?」
「おとーさん?」
「……………………」
パタンと廊下の床に倒れ込んだキクガは、今度こそ呼吸を止めた。
「おい死ぬな、死ぬんじゃねえ親父さん!!」
「……………………」
もうダメだ、何だこの混沌とした空間は。
父親の生命の危機を察知して初めて泣きじゃくるショウとハルア、エドワードとアイゼルネは静かに天へ召されていくキクガに駆け寄って泣きながら揺さぶり起こそうとする。
収集のつかなくなり、ユフィーリアも泣きたくなった。ちくしょう。
☆
「すまないことをした」
「本当だよ」
ユフィーリアは紅茶の準備をしながら、倒れたキクガの介抱と子供化の呪いにかかった部下連中の世話を同時進行していた。
紅茶の準備、キクガの介抱は魔法を行使し、無理やり手伝おうとするエドワードとアイゼルネにショウとハルアの面倒を任せる。4人で楽しそうに遊んでいる様子なのでちょうどいい。
いつもの紅茶を美味しく淹れる自信はないので、ユフィーリアは少しばかり特殊な紅茶を淹れることにした。以前、悪夢に魘されていたショウにも振舞ったことのある紅茶だ。
用務員室の隅に設置された革張りの長椅子に腰掛けるキクガに紅茶のカップを突き出し、魔法で作ったお湯をカップに注ぎ入れる。カップの中に転がる紺色の立方体が溶け出して、白銀の星々が散った夜空が完成した、
「夜空の紅茶か? 珍しいものがあるな」
「空茶って名前なんだよ。普段は高いからありがたく飲めよ」
ユフィーリアもまた夜空の紅茶を啜りながら、
「どうせ根源を見つけたらアタシがやらなきゃいけねえしなァ、それまでは昼寝なり何なりさせるか」
「いつ戻るかも分からないのだろう。出来る限り私も手伝うが」
「誰かいてくれた方がいいな、助かる」
「これぐらいお安い御用だ。君にはいつも息子の面倒を見てもらっているしね」
途中で手放してしまったとはいえ、男手1つでショウのことを育てた実績のあるキクガがいれば多少の問題は解決するだろう。根源と戦っている最中に面倒を見てくれればいいし。
その時、ぐううううという空腹を訴える音が耳朶に触れた。
見れば用務員室の隅で遊んでいたエドワードが、自分の腹を押さえて「おなかすいたぁ」と言う。そう言えば、もうそろそろおやつどきか。
キクガが持ってきてくれたお菓子は『冥府煎餅』なので子供たちに似合わず、かと言って綺麗なお菓子を今から作るとなれば時間がかかる。ここは手っ取り早く、子供たちが楽しめるおやつにしようか。
「よし、お前ら。おやつにするから手を洗ってこい」
「おやつ!」
「おやつ!」
エドワードとアイゼルネは弾かれたように立ち上がると、洗面台を目指して駆け出した。取り残されたハルアとショウを抱えたユフィーリアは、
「キクガさんも食ってけよ、大人数の方が楽しいだろ」
「何を作るのかね?」
キクガの何気ない質問に、ユフィーリアは笑って答えた。
「アイスフォンデュ」




