第2話【問題用務員と呪い】
「いやー、大変なことになったねぇ」
どの教室よりも広く立派で、立場に見合った煌びやかな調度品が揃う学院長室に危機感を持った様子のない青年の声が落ちる。
声の主は学院長であるグローリア・イーストエンドだ。
烏の濡れ羽色の髪を紫色の蜻蛉玉が特徴の簪でまとめ、中性的な顔立ちには朗らかな笑みが浮かべられている。朝焼けの如き紫色の瞳には若干の苛立ちが混ざっているような気配があった。
「学院の生徒や教職員が揃って子供になっちゃったようなんだよね。まだ被害に遭っていない生徒や教職員には寮へ戻るように指示したけど、でも全員が子供になっちゃうのも時間の問題かなぁ」
グローリアはコテンと首を傾げ、
「で、ユフィーリア。君がやったんじゃないよね?」
「アタシじゃねえ!!」
瀟洒な長椅子を陣取り、ユフィーリアは子供になってしまった部下たちを座らせながら叫んだ。
何でもかんでも問題児のせいにするのは良くない、いや問題児のせいにされるような行動を常日頃からしているのが悪いのだが。
今回の事件はユフィーリアたち問題児も立派な被害者だ。主任用務員であるユフィーリアを除いた用務員全てが子供になってしまったのである。ユフィーリアがやらかした事件ではない。
グローリアは「分かってるよ」と言い、
「君にはいつもタチの悪い冗談で困らせられているし、そう思われても仕方ないよね?」
「うるせえ、とっととコイツらを何とかしろ!!」
何故かしがみついて離れようとしない2歳児のショウを抱きかかえながら、ユフィーリアはグローリアに詰め寄った。
いや、本当に理由は分からないのだが、長椅子に座らせようとすると泣き出すのだ。仕方なしに抱きかかえると涙は引っ込むので、抱きかかえる他に方法はない。
呑気にユフィーリアの銀髪で遊ぶショウは、抱っこでご満悦の様子だった。「きゃー」などと甲高い声を上げて喜んでいる。
「ずるーい」
「ずるーい」
「お前らー、よじ登ってくるんじゃねえー。アタシの身体は1つだー」
ショウの抱っこが羨ましく思ったのだろう、エドワードとアイゼルネがユフィーリアの膝の上によじ登ってきた。言葉を話せないらしいハルアはユフィーリアの頭を狙っている模様で、3歳児とは思えない運動神経で肩によじ登っていた。重い。
ショウを一旦膝に乗せて、ユフィーリアはよじ登って来ようとするエドワードとアイゼルネを長椅子に座らせる。
雪の結晶が刻まれた煙管を引っ掴み、それを一振りすれば彼らの手の中に色彩豊かな焼き菓子の袋が握られた。エドワードは10歳だし、アイゼルネは7歳なので、焼き菓子の袋ぐらい開けられるだろう。
お菓子の出現に「きゃー」「わー」と喜ぶエドワードとアイゼルネは、早速とばかりに焼き菓子の袋を開けて食べ始めた。
「おいしい」
「おいしー」
「良かったな、お前ら」
エドワードとアイゼルネを大人しくさせてから、ユフィーリアは次いで肩によじ登っていたハルアの首根っこを引っ掴む。
強制的に登山を終了させ、ハルアは膝の上に座るショウと遊ばせることにした。ショウもハルアとは遊ぶようで、小さな手をハルアめがけて伸ばして笑っていた。
その手慣れた育児の姿に、グローリアが感心したような口調で言う。
「随分と手慣れてるね、君って子供いたっけ?」
「いねえよ、生まれてからずっと独り身だよ嫌味か殺すぞ」
「いつにも増して柄が悪いねぇ」
グローリアはほわほわと笑い、
「それで、この子供化の現象なんだけど」
「何だよ」
「どうやら呪いみたいなんだよね」
「呪い?」
ユフィーリアも初耳だった。
子供の姿に変化させた挙句、記憶まで退行させる呪いなど聞いたことがない。そんな凶悪な呪いがこの世にあるのか。
呪術の類はあまり使わないので、知識はあっても最新のものまで更新されていないのだ。あとで呪術関連に関する魔導書を読んでおくことにしよう。
ただ、呪術であるなら話は早い。呪いをかけられたのであれば呪いを解く方法もあるはずだ。
「ならグローリア、この子供化の呪いを解く方法は?」
「え?」
「え?」
グローリアから何か意味不明な回答が返ってきて、さすがのユフィーリアも同じような反応をするしかなかった。
「だからコイツらを元に戻す方法だよ。呪いだって言ったろ?」
「呪いだよ」
「呪術関連じゃねえのか?」
「まあそうだねぇ」
コイツ殴りてえ、とユフィーリアは心の底から思った。
「どうやらスカイが言うには『吸血鬼の呪い』の類らしいんだよね」
「吸血鬼の呪い?」
「簡単に言うと感染系の呪術さ。このヴァラール魔法学院内に、子供化するような呪いの空気が充満しているんだよ」
それはまるで魔法ではなく、病気のようなものだと言う。
誰かが呪いをかける呪術の類ではなく、吸い込む空気に子供化するような要素を練り込むことによって呪いが発動するという仕組みだった。空間に作用する系統の呪いは『感染系』と呼ばれ、呪いを振り撒く原因を取り除かない限りは解けない仕様となっている。
ユフィーリアやグローリアがこの感染系の呪いにかからなかったのは、強い耐性があるからだ。七魔法王の名前は伊達ではない。
「彼らは覚えてないだろうから言っちゃうけど」
グローリアは紫色の双眸を眇めると、
「君の『絶死の魔眼』でも問題は解決できない。やっぱり呪いの根源を絶たないと」
「だよなァ……」
口の周りに焼き菓子の食べカスをたくさんつけたエドワードの口元を指先で拭ってやりながら、ユフィーリアはそっとため息を吐いた。
七魔法王が第七席【世界終焉】たるユフィーリアが持つ『絶死の魔眼』とは、視認した対象を構成する現在・過去・未来等の情報を糸として可視化する特殊な眼球である。
それらの糸を断ち切ることで、該当する能力を強制的に消滅させたり、永遠に魔法を使えなくさせることも可能とする。全ての糸を断ち切られればこの世から存在が抹消され、ユフィーリアを除いた世界中の人間から存在を忘れ去られることになるのだ。
もちろん、断ち切った糸を修復できるのはユフィーリアのみである。全ての糸を断ち切る前であれば切った糸を修復できるが、全ての糸を断ち切って存在を抹消してしまったら、さすがのユフィーリアでもどうにもすることは出来ない。
「呪いの糸はどう視えてるの?」
「そうだなァ」
試しに膝の上でユフィーリアの瞳をじっと見上げていたショウを に視線をやり、
「ショウ坊、ちょっとアタシの目を見てろ」
「うあー?」
「いい子だな」
不思議そうに首を傾げるショウの小さな頭を撫でて、ユフィーリアは絶死の魔眼を起動。
「《絶死》――魔眼起動」
途端、ショウの周囲を大量の糸が漂い始めた。
それはユフィーリアと繋がっていたり、エドワードやハルア、アイゼルネとも繋がっている。グローリアとも繋がっている糸もある。これらの糸は他人との縁であり、断ち切れば離縁となる。
縁の糸は最も見えやすい構成であり、ユフィーリアはさらに魔眼でショウに纏わりつく糸を選り分ける。
「視えた」
ショウの周囲を漂うどす黒い糸。
おそらくそれが呪いの糸なのだろう。
試しに指先で無理やり断ち切ってみるが、糸は自動的に修復されて元通りの状態になってしまった。糸が切れなければ呪いは解けず、やはり根源を絶つ以外に方法はないようだ。
「ダメだな、糸が修復される」
「やっぱり君の魔眼でも無理なんだね。僕から魔法を取り上げて、ただの非力にした君の魔眼でも無理なんだね」
「何でその話題を出した? あと同じことを2回も言いやがった?」
ユフィーリアは絶死の魔眼を解除して、煙管を咥えた。
以前、あまりにも理不尽な理由からユフィーリアの大切な部下3人が実験体として狙われたのだ。その際にユフィーリアはグローリアを校舎裏に呼び出して魔力の糸を断ち切り、魔法を封印したのである。
魔法が使えなければただの非力なもやしっ子のグローリアを半年間の病院送りにし、ついでとばかりに副学院長のスカイにもチクっておいた。「病院送りはやりすぎッス」と注意されたが、結局グローリアが学院に戻ってきたのは1年後だった。
閑話休題。
「じゃあ、やっぱり呪いの根源を絶たないとダメだね」
グローリアは手を叩いて焼き菓子の詰まった箱をいくつか呼び出すと、
「僕とスカイで呪いの根源を探るから、それまで君はその子たちのお世話をしていなよ」
「いつになく優しいじゃねえか。いつもの爽やか暴君が嘘のようだな」
「僕はいつでも優しいでしょ?」
「寝言は寝て言うモンだぜ、グローリア」
グローリアから手渡された箱を収納魔法でしまうユフィーリアは、
「じゃあ、ありがたくコイツらの面倒を見ながら問題行動に勤しむな」
「勤しまないで」
「子連れ魔女しながら悪戯するな」
「教育に悪いだろうから止めて」
そんなやり取りを経て、ユフィーリアは学院長室をあとにした。




