第4話【罰掃除の為には】
本日2度目の学院長室を追い出され、用務員一同は憤慨する。
「ちょっとは信じてくれたっていいだろうが、あの爽やか石頭暴君!! 本当に成功したんだから、それを調べる方法なんていくらでもあるだろ!!」
「全くだよぉ。色々と検証する手段はあるじゃんねぇ。それを面倒臭がってたら魔法を教える教師として失格だよぉ」
「嘘吐きはガクインチョの方なのにな!! よく嘘吐くじゃん!!」
「普段から問題行動を起こしてるからって、決めつけは良くないと思うワ♪」
本当に異世界召喚魔法を成功させたにも関わらず、学院長であるグローリア・イーストエンドは最後まで信じなかった。わざわざ副学院長まで呼び寄せて、結果が嘘であると断定したのだ。
異世界召喚魔法が成功した検証など、色々と方法はある。残留魔力の記録を読み取って過去を再生する『時間遡行魔法』や、残留魔力を抽出してどんな魔法を使ったか調べる『魔力鑑定魔法』など様々だ。ショウの個人情報を探った閲覧魔法を使ってもいいだろう。
それらの行動を起こさず、ただ第三者が鑑定魔法を使っただけで『異世界召喚魔法の成功は嘘である』と判断するのは早計な気がする。
ピッタリと閉ざされた学院長室の扉に向かって全員で唾を吐き捨て、バレないうちに問題児たちは学院長室の前から立ち去る。ベッタリと付着した唾に対して文句を言ってくるだろうが、その時は顔面に同じことをお見舞いしてやるだけだ。
「ごめんなさい、俺がちゃんと異世界人だと証明できなくて……」
「何でお前が謝るんだよ」
しょんぼりと肩を落とすショウに、ユフィーリアは言う。
「別にいいだろ、命が助かっただけ」
「……それってどういう意味だ?」
「アイツの場合、人体実験もザラだからな。お前が本気で異世界人と信じられて、凄え加護や膨大な魔力量を持っていたら、確実にあれやこれやと実験されてたぞ」
学院長のグローリア・イーストエンドは偉大な魔法使いと称賛される一方で、魔法の実験の為であれば人命さえも消費する残虐非道な悪魔なのだ。
その事実を知っているのは一部の魔女・魔法使いのみで、その一部にユフィーリアたちも含まれている。生徒や保護者などは彼の残酷な側面を知らず、素晴らしい魔法使いだと手放しで称賛するので、外面だけは整った腹黒は恐ろしいと実感させられる。
異世界召喚魔法の成功が嘘だと言われたのは苛立ちを覚えるが、その成果物を横から掠め取られては困る。むしろ、この結末で良かったのかもしれない。
「それよりも、中庭の掃除だってよ。面倒臭えな、反省文とかじゃダメかな」
「ユーリ、この前『ごめんなさいの歌』を50番まで歌ったのが間違いだったんじゃないのぉ?」
「アタシの渾身の『ごめんなさい』を歌に乗せただけだってのに、何であそこまで怒られたのか分かんねえ」
精一杯の謝罪の気持ちを込めて作詞作曲をしたのだが、果たして何が間違いだったのか。
そう言えば、あれを歌った時は何をやらかしたのだろうか。それさえもよく覚えていない。ほぼ毎日のように何かをやっているので、記憶にない。
とはいえ、儀式場の無断使用を罰掃除で許してくれるのは有り難い。また給料の減額に処されたら、今度こそ学院を爆破しなければいけない気がした。
「まあ、なっちまったモンは仕方ねえよな。とっとと中庭の掃除を終わらせようぜ」
「珍しいわネ♪ ユーリが中庭のやる気に満ちているなんテ♪」
「いや、ちょっと面白いことを思いついてな」
ニヤリとユフィーリアは笑うと、
「お前ら、メイドさんは好きか?」
☆
そんな訳で用務員室に帰還を果たした問題児たちは、中庭の掃除に励む為の準備を開始した。
「髪の毛って三つ編みの方がいいか?」
「剃刀ってどこよぉ。俺ちゃん、臑毛を剃りたいんだけどぉ」
「着たよ!! 似合う!?」
「ハルちゃん、それは舞踏会用のドレスなのヨ♪ 着替えていらっしゃイ♪」
掃除道具の準備ではなく、自分たちの衣装の準備である。
彼らが全員して装備しているのは、黒いワンピースと純白のエプロンドレスが特徴的な制服――いわゆるメイド服である。ちゃんとホワイトブリムまで用意して、可愛らしいメイドさんに大変身を遂げていた。
ちなみにこのメイド服、ユフィーリアが手ずから作ったものだ。この前、生徒から取り上げた漫画でメイドさんがあられもない姿を披露していたのに感銘を受け、被服室を勝手に占拠した挙句、布地も大量に拝借して制作した。我ながら会心の出来である。
ユフィーリアは自慢の綺麗な銀髪を器用に三つ編みにし、ちゃんと伊達眼鏡も装備する。生足を出すことに抵抗があるので、メイド服の形式は長いスカートが特徴の古式ゆかしいものを選んだ。スカートの裾は膝下どころか足首まで届かん勢いだ。
「ふっふっふ、完璧だな」
姿見で自分の姿を確認し、完璧なメイド姿を披露するユフィーリアはくるんとその場で1回転。ひらりとスカートが舞う。
「どうよ、このアタシの完璧なメイド姿は。可愛くねえか?」
「ユーリ、俺ちゃんは今それどころじゃないのぉ」
ぞーりぞーりと臑毛を剃りながら、エドワードが言う。
彼が身につけているメイド服は、スカートの丈がかなり短いものだ。鍛えられた足を惜しげもなく晒し、純白の長靴下が太腿まで覆う仕様になっている。
現在、床に座った状態で臑毛を剃っているものだから、短いスカートから見えてはいけないアレが見えちゃっていた。具体的に言えば男性用の下着である。ちゃんとハート柄の可愛いものがしっかりと見えていた。
ぼうぼうに生い茂った臑毛を剃り、真っ白な長靴下を装備して靴下留めでズレ落ちを防止。自慢の筋肉をメイド服に押し込んだ影響で、鍛えられた胸元は見事にパツパツである。
これにて筋肉質な強面メイドちゃんの爆誕だ。やべえ絵面である。
「どうよぉ、俺ちゃんのメイド姿はぁ」
「うん、顔が怖い」
「いつものことだねぇ」
顔が怖い以外は、まあ立派なメイドである。今にも制服の釦が弾け飛びそうだが、そこはご愛嬌だ。
「…………あの、これは一体何を?」
「え、メイドさんになってんだよ」
嬉々としてメイド服に着替えていく問題児たちについていけない様子のショウに、ユフィーリアは自信満々に言い放つ。
「掃除と言ったらメイドさんだろうが。デッカい箒を持ってチャカチャカ掃除してたら可愛いだろ?」
「可愛いどころでは済まない人もいるのだが、それは」
「そこはほら、愛嬌で補えばいいんだよ」
ケラケラと軽い調子で笑い飛ばすユフィーリア。意外と物をはっきり言う少年である、面白い奴だ。
全員がいそいそとメイド服に着替える光景を眺め、ショウは自分の服装に視線を落とした。
軍人を想起させる真っ黒な詰襟にボサボサの髪。メイド服に着替える彼らとは違って、ショウの今の格好は随分と見窄らしい。
「あの」
「お、どうした?」
「俺もやった方がいいのか?」
「何を?」
「その、それ……メイドさんを」
ユフィーリアの着るメイド服を示して言うショウは、
「全員がやっているなら、俺も参加した方がいいのかと思って」
「やりてえなら出すぞ。まだ予備はあったと思うし」
「え、あの」
「無理にやらなくていいんだぜ、こんな馬鹿なこと」
ひらひらとメイド服のスカートを揺らしながら、ユフィーリアは笑う。
「アタシは何事も面白さを重視するからな。面白そうなことはやるし、面白くねえモンはやらねえ。コイツらも巻き込まれている訳じゃなくて、アタシと同じように面白いことが大好きだからそうしてるだけだ」
わざわざショウが、問題児と行動を共にする必要はないのだ。
彼には彼のやりたいことをやったらいい。ヴァラール魔法学院の生徒になりたければ学院長のグローリアを脅して新入生として捩じ込むし、用務員として働きたければ歓迎する。
もちろん、用務員として働くのであればユフィーリアの問題行動に巻き込まれることは必然的だが、そこは覚悟してもらわなければならない。まともに仕事が出来るとは思わないでほしい。
少し迷う素振りを見せたショウは、
「なら、やりたい」
「お、やるのか?」
「ああ」
しっかりと頷いたショウは、
「貴女と一緒なら、きっと楽しいと思うから」
青い瞳を瞬かせたユフィーリアは、ニヤリと悪い笑を浮かべる。
「なるほど。お前は名門ヴァラール魔法学院の生徒ではなく、アタシら用務員と一緒に馬鹿騒ぎしたいと」
「…………ダメなのか?」
「いや、大歓迎だ。それが自分で選んだ道なら尚更」
学院で1番の問題児と名高いユフィーリアたちと行動を共にするということは、新たな問題児の仲間入りを果たすことと同義である。
問題児と認定されれば毎日のように説教されるし、周囲の視線も厳しくなる。事件が起きれば真っ先に疑われるし、学院内での評判はガタ落ちになること間違いなしだ。
歩めるはずの『素敵な彼女と一緒に学院生活を満喫』や『好成績を修めて優等生になる』という輝かしい未来もなくなり、彼は『問題児たちと一緒に面白いことをしたい』という欲望に従ったのだ。
問題児筆頭を名乗るならば、新人を歓迎してやらないでどうする。
ユフィーリアはショウに手を差し伸べると、
「ようこそ、用務員室へ。主任用務員として、お前を歓迎してやろう――ショウ坊」
「……坊?」
「お前が1番年下だからな。坊ちゃんとか少年とか他人行儀な名称で呼ぶよりいいだろ」
そもそも、ショウってちょっと呼びにくいのだ。
基本的に名前を省略して呼びがちなユフィーリアにとって、彼の名前はどこも省略することが出来ない。ならば呼びやすいように足してしまえばいいじゃない、という訳である。
当本人は「ユフィーリアがそれでいいなら」と早くも『ショウ坊』呼びを受け入れていた。抵抗すらしなかった。
「ハル、予備のメイド服は余ってたか?」
「ユーリと同じ奴があったよ!!」
「じゃあそれを新人に着せてやれ」
ユフィーリアはショウの背中を押してやり、
「あ、そうだショウ坊」
「?」
「これを持ってけ」
ユフィーリアがショウヘ手渡したのは、小さな壷だった。
手のひらに収まる程度の陶器製の壷で、表面には可愛らしく花柄が描かれている。蓋を開ければふわりと花の香りが鼻孔を掠めた。
壷の中身は乳液のような白いドロッとした液体で、指先で触れれば肌に素早く馴染む。化粧品の類だろうか。
壷を受け取って首を傾げるショウに、ユフィーリアは彼の手を指差す。
「火傷と痣。それで消えるから、見えない部分はハルに塗ってもらえ」
親族からの虐待は、彼の心に深い傷を負わせた。
それを忘れさせるには、まず虐待の痕跡から消すのが1番だ。心の奥深くに根を張った虐待の記憶は消えないだろうが、これからはたくさん楽しいことや面白いことをして記憶を風化するのを待とう。
壷を軽く握りしめたショウは、
「ありがとう、ユフィーリア」
小さくお礼を告げて、ショウはハルアに呼ばれて用務員室の隣の部屋へ引っ込んだ。
さて、彼は一体どんな可愛いメイドに変身するのか楽しみである。
雪の結晶が特徴の煙管を咥えたユフィーリアは、ショウの着替えが終わるのを静かに待つことにした。