第1話【問題用務員と子供化魔法薬】
今日もヴァラール魔法学院は平和である。
「平和で仕方ねえから、ちょっと子供になる魔法薬を作ってみた」
「脈略が全く分かんないんだけどぉ、いっぱい説明してくれるぅ?」
「世の中が平和すぎてクソほどつまらないから」
「ユーリってそれで片付ければ大体解決するって考えてる節があるよねぇ」
いつでも雑多な用務員室に、そんな退屈そうな会話が落ちる。
用務員室の最奥に位置する事務机を陣取る銀髪碧眼で黒衣の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは愛用の煙管を吹かしながら指先で小瓶を揺らす。
その小瓶には紫色の毒々しい液体が揺れていたが、毒ではないようだ。中身は子供になる魔法薬であり、歴としたユフィーリアが調合した魔法薬だ。
ちなみに魔法薬とは薬草やその他の素材を分量通りに調合する薬のことで、万能の治療薬から動物に変身する薬、果ては象でも1滴で殺せる強力な毒薬など様々なものが作れる。そう、魔法に明るければ何でも。
「でも何で子供になる魔法薬なのぉ?」
「材料がたまたまあったからだな」
ユフィーリアがそう言えば、用務員の勤務歴が2番目に長い強面の巨漢――エドワード・ヴォルスラムが「ふぅん」と応じる。
「そんな訳でこれを学院長で試してやりたい」
「いいねぇ、学院長なら若返ってもいいしねぇ」
「アイツの子供時代だからよほど捻くれたクソガキだったろうよ」
「学院長を子供にしたらどうするのぉ?」
エドワードの何気ない質問に対し、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りして割と大きめの箱を呼び出す。
ゴトン、と重々しい音を立てて床に落ちる箱。
煙管をもう1回振れば、箱の施錠が解かれて中身が明かされる。
ふりっふりの子供服だった。
なんか全体的に桃色の生地で、可愛らしく袖や裾などにフリルがあしらわれている。胸元を飾る大きなリボンの中心には魔石らしい綺麗な宝石が輝き、意外と上等な子供服であることを伝えている。
エドワードは箱の中身に畳まれた状態と子供服を見下ろし、
「子供服だねぇ」
「実は呪われたドレスでな」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を吹かしながら、
「着せると可愛くなっちゃうらしい」
「可愛くなっちゃうのぉ?」
「子供っぽい可愛さになっちゃうらしい」
「なっちゃうのかぁ」
「そうなんだよ」
箱をパタンと閉じたユフィーリアは、
「見たくねえか? その子供っぽく可愛いグローリアが」
「見たいねぇ、子供っぽく可愛げのある学院長がぁ」
ユフィーリアとエドワードは互いに顔を見合わせて「えへへへへ」と笑った。
こちとら問題児である、大体創立当初から問題児をやっていた究極の問題児である。日々の悪戯はお任せあれなのだ。
ともかく、内容は決まった。あとは子供化の魔法薬を学院長にぶっかけて、呪われた子供用ドレスを着させて可愛くなったところで撮影大会だ。その時の画像を正気に戻ったグローリアに見せて、世界の終わりまで腹を抱えて笑ってやる所存である。
その時、
「面白そうな気配を察知!!」
「察知」
「察知したワ♪」
「お」
ちょうど購買部へ買い物に出かけていた残りの問題児――ハルア、ショウ、アイゼルネが大きめの紙袋と共に帰還を果たした。
彼らも面白そうな気配を察知したのか、わざわざ宣言しながら用務員室の扉を叩き開けた。うーん、安心と信頼の問題児である。
事務机の上に購買部で買った商品の詰まった紙袋を置いたショウが、ユフィーリアの指先で揺らされる小瓶を見て首を傾げる。
「その小瓶は?」
「子供になるお薬」
「そんなものがあるのか」
「アタシが調合した」
自慢げにユフィーリアが言えば、ショウは「凄いな、ユフィーリア」と褒めてくれる。
「それで、その薬はどうするんだ?」
「学院長にぶっかけんだよ」
「面白そうだな」
「ショウ坊も見事に毒されてきたなァ」
以前なら学院長のグローリアに飛び蹴りをするような少年ではなかったのだが、何故かいい性格に成長してしまった。問題児筆頭として喜べばいいのか悪いのか。
対するショウは、学院長にいい印象を抱いている節がなかった。
初対面から失礼なことを言われた挙句、2度の魔力暴走をさせられ、ユフィーリアたちを「お前が殺したんだ」と嘘を吐かれたのだ。最初の2つはまだよかったのかもしれないが、最後のユフィーリアたちが死んだという嘘だけは許せなかった模様である。
清々しいほどの笑顔を浮かべるショウは、
「あの時の件、俺はまだ許していないのだが」
「だよな、うん。お前の恨みはよく分かった」
色々と事情を察したユフィーリアは、
「よし、お前ら。そうと決まれば学院長室に突撃だ」
「はいよぉ」
「あいあい!!」
「分かったワ♪」
「了解した」
子供になる凶悪な魔法薬と呪われた子供用ドレスを収納した鞄を手に、ユフィーリアたち問題児は学院長室へ向かった。
☆
何か学院内が妙に騒がしい。
学院長室を目指すユフィーリアは、そんなことを感じていた。
そこかしこから子供のような泣き声がするのだ。火のついたように泣く赤子の泣き声や、少し成長したけれど大体3歳児前後の泣き声とか、まあ色々な年代の泣き声が。
学院内の異変を感じ取ったらしい他の用務員も、不思議そうに首を傾げていた。
「何かうるさいねぇ」
「何かあったかな」
ユフィーリアは試しに近くの教室を開いてみた。
そこは生徒たちの教室である。実習用に使う教室ではない。
なのに、何故か生徒たちの脱げた状態の制服が床に落ちていて、さらに真ん中には素っ裸状態の子供たちがワンワンと泣いていた。
「…………?」
これは夢か、それとも幻か。
ユフィーリアは目を擦ってみた。
何故、まだ魔法薬を使っていないのに子供がたくさんいるのだろう。
「あれェ!? アタシってばいつのまに魔法薬を使ったァ!?」
その記憶はない、現に魔法薬は学院長のグローリアにぶっかける用の1つしか調合していないのだ。
慌てて他の教室も確認すれば、同じように子供の状態となった生徒がぎゃーぎゃーと泣いていた。
生徒だけではなく、教職員も子供の状態になっているようだ。こちらはいくらか成長した、大体7歳から10歳程度の子供になって呆然と立ち尽くしているが、中には泣きじゃくる生徒から貰い泣きしている子供もいた。
これは一体何だ、どういう状況だ?
「え、お前ら急いで用務員室に」
戻るぞ、という言葉は消えた。
振り返った先に、可愛い部下の姿はなかった。
ゆっくりと視線を下げれば、服だけが廊下に落ちている状態だった。
「…………」
落ちた服の真ん中に、素っ裸の状態となった子供が立っている。
灰色の髪に銀灰色の双眸を持った10歳程度の子供、かろうじて南瓜の被り物を被った7歳程度の子供、そして立つことすらままならず廊下にペタンと座り込んでいる3歳と2歳程度の子供。
どう見ても10歳の子供がエドワード、7歳の子供がアイゼルネ、3歳の子供がハルア、2歳の子供がショウだった。
「…………えー」
とりあえず3歳と2歳になってしまったハルアとショウを抱きかかえ、ユフィーリアは10歳と7歳になったエドワードとアイゼルネに問いかける。
「歩ける?」
「おねーさん、だれ?」
「だれえ?」
「あー、これは記憶まで後退してる奴だ」
ユフィーリアは頭を抱えた。厄介なことになったものである。
「よし、今から美味しいお菓子のあるところに行こうか」
「おかし!!」
「おかしー」
「それで釣られるのは子供だからかな」
意思表示の出来るエドワードとアイゼルネには申し訳ないが自力で歩いてもらうことにし、ユフィーリアは学院長室に向かった。
学院長を子供にするのではない。
生徒たちが軒並み子供となった理由は自分のせいではない、と主張する為である。
全く、せっかく子供化の魔法薬を調合したのに無駄となってしまった。
「誰だよ、アタシの真似をした馬鹿野郎は!!」
「ばかやろー?」
「ばかやろー?」
「お前らは真似するんじゃねえぞ、いい子にしてろ」
「はぁい」
「はーい」
とりあえず全裸で校内を歩き回らせるのはどうかと思うので、今まで着ていた服を巻き付けて、さらに抱っこしている3歳児と2歳児がユフィーリアの銀髪で遊び始めたので彼らを適当にあやしながら学院長室を目指すのだった。




