番外編【問題用務員とリテイク】
※もしユフィーリアが会議に大幅な遅刻をかまし、すでに終わっていた為に創設者会議に参加せず内容も知らされていなかった場合。
大きな翼をはためかせ、ギョロリとした爬虫類を想起させる双眸で校庭を見下ろす巨大な黒い幻想種。
それは魔女・魔法使いが数百人単位で投入されなければ決して討伐できない、現在でも最強と謳われる種族。
「ドラゴン……!?」
ユフィーリアは驚愕した。
まさかヴァラール魔法学院の校庭のど真ん中にドラゴンが召喚されるとは思わなかった。いいや、もしかしたら卵から孵化させたのかもしれない。
とにかくどうにかしなければならない。どうにかしなければ、
「絶対にアタシがやったってあらぬ疑いをかけられるじゃねえか!! また減給は嫌だーッ!!」
そう、ここにいる問題児筆頭にあらぬ疑いがかけられるのだ。濡れ衣だけは勘弁である。
「ど、どうするんだユフィーリア!?」
「落ち着けショウ坊、策はある」
ユフィーリア以上に慌てふためき、本物のドラゴンを前に若干の怯えを見せるショウの頭を軽く撫でてから、魔法の大天才たる銀髪の魔女は余裕の笑みを見せる。
「それではここで軽くお勉強だ」
「え」
「ドラゴンは基本的に魔法は通用しない、対抗魔法が生まれた時から備わってるから馬鹿みたいに魔法を打っても消耗するだけだ」
ドラゴンは魔法に対する防御力が非常に高く、また剣や砲撃による物理攻撃も大して効かないのだ。これが奴らを最強という2文字をほしいままにする加護である。
そんな訳で数百人単位で魔女・魔法使いを投入しなければ勝てないのだ。ドラゴン1匹を相手に魔女や魔法使いが3000人ぐらい必要になるのほザラにある。
さて、そんな最強種ドラゴンだが実は簡単に勝てる方法が2つほどある。
「ドラゴンには龍殺しの加護が与えられた専用装備があれば、簡単に倒せる。あとは身体能力と度胸の問題」
「もう1つは?」
ショウが問いかけ、ユフィーリアはそれに綺麗な笑みで応じる。
「ドラゴンはな、魔法には耐性があるけど寒さに弱い」
「…………なるほど」
やるべきことを察したらしいショウが、そっとユフィーリアから距離を取る。賢い子である。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を握りしめ、紅蓮の炎を撒き散らすドラゴンを真っ直ぐに見据えた。
そう、ドラゴンは爬虫類と同じく変温動物だ。冬の間は暖かくしなければ衰弱死してしまうし、氷の魔法には絶対的に弱い。
ここで1つ復習である。
ユフィーリア・エイクトベルは、氷の魔法が得意である。得意だからという理由で使い続けた結果、身体に冷気が溜まってしまう厄介な体質になるぐらいには。
つまり、
「ふははは、来たれ氷河期!! 凍えるほどの寒さを味わうがいい!!」
さながら魔王の如く高らかな笑い声を響かせた彼女は、得意とする氷の魔法でも最大級の威力を発揮する魔法を発動させた。
「――〈永遠に眠れ、氷結世界〉――!!」
真冬にも似た冷たい空気に、ドラゴンは怪しむ暇さえなかった。
凍える地獄は即座に訪れ、真っ黒なドラゴンはたちまち歪な氷像と化す。頭から尻尾の先、果ては広げられた翼まで凍りついてしまい、逃げることさえままならなかった。
永遠に凍りつく魔法をかけられたことでドラゴンはものの見事に絶命し、立派な氷像となったドラゴンを見上げてユフィーリアは哄笑を上げる。
「はーっはっはっはっは!! どうだドラゴン、ざまあみやがれクソトカゲ!!」
「ユーリ、あれだと食べられないよ!!」
「おっと、そうだった」
そう言えばドラゴンの肉は珍味とされ、非常に美味しいのだ。塩胡椒で食べるのもよし、ニンニクで炒めるのもよしと料理の使い勝手もいい。
あれだけ立派なドラゴンならば肉も引き締まっていてさぞ美味しいことだろう。食べる部分だけ魔法を解除すれば保存も効くし、食べきれなければどこかの料理店に売り飛ばすのも手段の1つだ。
ユフィーリアはドラゴンを指で示し、ハルアへ振り返る。
「ハル、ちょっと解体してこい」
「あいあいさーッ!!」
真っ黒なつなぎに数え切れないほど縫い付けられた衣嚢から身の丈ほどの大剣を引っ張り出したハルアは、嬉々として氷漬けになったドラゴンに突撃していった。
本日のメニューは決まった。
豪勢にドラゴンの焼肉である。やったぜ。
ちなみに、この一連の流れを見ていたウィドロ・マルチダは死を覚悟し、学院長のグローリアに土下座してドゥンケルハイト監獄に戻してもらうように交渉したとかしないとか。
もちろん許される訳がなかった。ざまあみろ。
☆
※ユフィーリアが会議の内容を部下に報告し、協力を要請した場合。
「ぶっ殺す!!」
「ぶっ殺す」
黒いつなぎに数え切れないほど縫い付けられた衣嚢の1つから、ハルアは身の丈を超える大剣を引っ張り出す。
ドラゴンを討伐するには龍殺しの加護が与えられた専用装備が必要なのだが、ハルアの大剣がまさにその龍殺しの専用装備である。身の丈を超える大剣を片腕1本で軽々と担ぎ、ハルアは口汚く「ぶっ殺す」と宣言して突撃していった。
そんな先輩を追いかけるように、以前に学院長から強奪した神造兵器『狂王の炎宴』を片手に可愛い新人のショウも突撃していく。その赤い瞳には殺意が漲っていた。正直言って怖い。
「えー……」
完全に置いてけぼりを食らったユフィーリアは、行き場のない手を彷徨わせた。
指示する暇もなかった、止めることなど以ての外である。
しかもショウまでハルアの口調を真似て「ぶっ殺す」とか言っちゃう始末である。彼の父親であるキクガに詰問されそうだ、主に教育的な意味合いで。
「え、ちょ、えー……アタシまだ何も言ってない……」
「そりゃあ言ってなくてもやるよねぇ、あの2人ならねぇ」
「うわ」
どこかに行って戻ってきたらしいエドワードの手には、ぐったりとした様子の男子生徒が引き摺られていた。しかも何故か尻に太い針のようなものまで突き刺さっている始末である。
誰が何をやったのか、大体理解することが出来た。ユフィーリアは惨劇に見舞われた男子生徒――いや脱獄犯に対して胸中で合掌するのだった。
エドワードから3歩ほど後ろに控えるアイゼルネが、ほわほわと笑いながら言う。
「校舎の影にいたから、ついやっちゃったワ♪ 人違いではないと思うのだけド♪」
「そうだよぉ、ほら見てぇ」
エドワードが絶賛虫の息である男子生徒の、栗色の髪を引っ張る。
それはあっさりと抜け落ちて、エドワードの手元に残った。どうやらありふれた髪色の鬘らしい。
その下に隠されていたのは、ドラゴンを象った刺青の施された禿頭である。ドラゴンの卵を無断で孵化、それから国を1つ焼いて大勢の犠牲者を出した死刑囚のウィドロ・マルチダで間違いない。
エドワードが満面の笑みでウィドロの禿頭を鷲掴みにすると、
「で、どうするのぉ? これぇ?」
「えーと……」
「食べていい?」
笑っていなかった。
笑顔だけど、笑っていなかった。銀灰色の瞳は、直接的に何かをされた訳ではないけど恨みのようなものが浮かんでいた。
おそらく、ユフィーリアの敵は用務員の敵であると認識しているのだろう。嬉しい限りだが怖い。
「食べるのはダメです」
「あら、ショウちゃン♪」
ちょうどそこへ、ドラゴンをあっさりと討伐してきた用務員の未成年組が戻ってきた。ハルアの両手には切り落とされたらしいドラゴンの首が抱えられ、ショウは真っ黒に焦げたドラゴンの翼を引き摺っていた。
「食べちゃダメです、エドワードさん。お腹を壊しますよ」
ショウは清々しいほど綺麗に微笑むと、
「足元からじわじわと焼いていきましょう。ドラゴンの隣で一緒に焼いてあげましょう」
「学院長にあげようよ!! きっと実験に使ってくれるよ!?」
「食べた方がいいでしょぉ? 俺ちゃんの胃袋はぁ、こんな雑魚を食べたところで壊さないしぃ」
「このまま死ぬまで悪夢の世界に閉じ込めてあげましょうヨ♪ 死ぬに死ねず、目覚めることも出来ない悪夢の世界にご招待しまショ♪」
ウィドロの処遇について意見を交わす部下たちにも置いてけぼりを食らったユフィーリアは、
「ウィドロ、何かその……ごめんな? 普通に終焉よりも辛い運命になりそう」
それにしても、事情を話せば彼らの仕事ぶりは驚くほど優秀である。上司として感心すべきところだ。
ただ、怖い。色々と怖い。主に彼らの思考回路が。
ショウはともかくとして、エドワード、ハルア、アイゼルネの3人は教育を間違えただろうかとユフィーリアは密かに後悔するのだった。
結局、ウィドロ・マルチダの処遇はまず魂を4分割にした上で、それぞれの判断に委ねられる羽目となったのだ。
魂の分割など禁術と呼ばれる魔法だが、ちょうど学院長のグローリア・イーストエンドが魔法で使ってみたいと言っていたところだったので、用務員たちは喜んで売っ払った。
なんか、もう、色々とご冥福をお祈りしたいところである。合掌。




