第7話【問題用務員とドラゴン焼肉】
校庭に戻ったらドラゴンが焼かれていた。
「…………?」
ユフィーリアは校舎裏に引っ込んでから、校庭にもう1回出てみる。
やはりそこには解体されたドラゴンと、そんなドラゴンの肉を串に突き刺して焚き火で炙っている馬鹿野郎たちの姿があった。
その馬鹿野郎たちとは、何を隠そうユフィーリアの愛すべき部下たちである。ドラゴンを解体して焼肉している模様だった。いいのか、それで。
「えーッ!? 狡いんですけどォ!?」
「あ、ユーリお帰りぃ」
「ただいまッ!!」
呑気に焼かれたばかりのドラゴン肉を頬張りながらエドワードが出迎え、ユフィーリアはヤケクソ気味に反応する。
もしかして、あの黒いドラゴンだろうか。
ウィドロ・マルチダが手塩にかけて育てたはずのドラゴンを、まさかコイツらは食っていると言うのか。いやドラゴンの肉は珍味と言われて非常に美味しく、しかしドラゴン討伐には数百人単位で魔女や魔法使いの存在が必要になるので市場にあまり出回らないのだ。
彼らはどうやら、このドラゴンをあっさりと討伐したらしい。まあドラゴンを35匹も討伐した功績を持つハルアが中心になれば当然と言えば当然か。
「ユーリも食べるかしラ♪」
「食べるよ、食べるに決まってんだろ!! 何でアタシだけ除け者にしようとするんだよ、泣くぞ!?」
「あらやダ♪ 大の大人が泣く姿なんて見たくないワ♪」
「だろ!?」
「でもユーリの泣き顔は見たいかモ♪」
「鬼畜かアイゼ」
意外と酷いことを言ってのけるアイゼルネに、ユフィーリアは涙が出そうになった。いつのまにこんな意地悪な部下に成長したのだろう。
すると、焼かれたドラゴンの肉が使い捨ての皿に乗せられてユフィーリアに差し出された。
差し出してきたのは黒髪赤眼の可愛い新人、ショウである。遠慮がちに串刺し状態のドラゴン肉を差し出してきた彼は、
「焼き立てだから熱いと思う。気をつけて食べてくれ」
「ありがとう、愛してる」
「愛ッ!?」
頬を真っ赤に染めたショウから串刺しのドラゴン肉を受け取り、ユフィーリアは程よく焼かれた肉の表面に齧り付く。
ニンニクと胡椒で下味がつけられた肉は弾力があり、なおかつ口の中で脂がジュワッと広がっていく。牛肉や豚肉もこの世界には当たり前のように存在する食材だが、やはりドラゴンの肉は格別である。金を払わずにこの美味しさを享受できるとは、終焉を迎えたウィドロに感謝だ。
すると、視界の端で何か巨大なものが横切った。
ドラゴン肉を食べながら視線をそちらに向ければ、何故かドラゴンの頭と目が合った。
片目が潰された状態のドラゴンの頭である。部下の4人とどれほど熾烈な争いを繰り広げたのか想像できる。
「あ、ユーリだ!!」
そのドラゴンの頭を抱えているのは、用務員で1番のお馬鹿と謳われるハルアだった。
おそらく落としたドラゴンの頭を自慢しに来たのだろう。彼はそういう愛玩動物的な一面も持っているのだ。
ドラゴンの頭は解体すれば高値で売り捌けるので、ユフィーリアに捌いてもらおうと持ってきた可能性もある。ハルアはドラゴンを討伐できるが、ドラゴンのどの部位が高く売れるか分からないのだ。
食べかけのドラゴン肉を思わず落としそうになったユフィーリアは、
「ハル、いきなりそんな物騒なモンを持って来んなよ!!」
「ごめん!! でも自慢したくて!!」
「あとで褒めてやるから!!」
「分かった!!」
ハルアは切り落としたドラゴンの頭を側に置くと、
「ユーリ、どこに行ってたの!?」
「え」
「ドラゴンを倒した時にいなかったから!!」
ドキリと心臓が跳ねる。表情に出ていないか心配だった。
ユフィーリアの責務は七魔法王の第七席【世界終焉】として、ヴァラール魔法学院に潜り込んだ3人の脱獄犯に終わりを与えることである。
彼らにウィドロ・マルチダの存在を問うても、もう終わった人間のことなど覚えていないだろう。ウィドロ・マルチダの手によって焼かれた国も、今後は天災で火事になったと語り継がれていくはずだ。
その存在を覚えているのは、彼を終わらせた張本人であるユフィーリアだけだ。
脱獄をしなければ潰えていなかった小さな命、牢獄の中では人並みに生きれたはずの囚人。最後の最後で「助けて」と願った可哀想な男。
――ああ、本当に可哀想に。
「……ユフィーリア?」
「ッ」
横からショウに名前を呼ばれて、ユフィーリアは我に返る。
気がつけば、急に黙り込んだユフィーリアに怪訝な視線をやる部下たちがいた。エドワードは「気分が悪いのぉ?」と問い、アイゼルネが「ちょっと休ム♪」と提案してくる。
気分が悪い訳でも、体調が悪い訳でもない。ドラゴン襲撃の原因となった男の存在を覚えているのが自分だけか、という呪いにも似た重い責務がのしかかってきただけだ。
ユフィーリアは神妙な顔で「実はな……」と話を切り出し、
「ドラゴンの召喚をしたのはアタシだって学院長に疑いをかけられてな、お前らが必死にドラゴンと戦っている最中に呼び出されて説教を受けて……」
「ハルちゃん、ちょっと学院長のところに行こっかぁ」
「いいよ!! 学院長にドラゴンの頭を投げつけなきゃね!!」
「おねーさんとショウちゃんはここにいるわネ♪」
「ハルさん、エドワードさん、気をつけて」
ドラゴンの肉を一気に頬張って飲み込んだエドワードと、ドラゴンの頭を抱えるハルアが校舎に戻っていった。おそらく何も知らない学院長の元に突撃したのだろう。
学院長に合掌である。せいぜい頑張って生き延びろ。
半分ほど消費されたドラゴンの肉に齧り付くユフィーリアに、ショウがそっと寄り添ってくる。寂しげな光を宿した赤い眼差しを向け、
「ユフィーリア」
「どうした、ショウ坊」
「…………何か辛いことがあるなら、話してくれ」
先程の沈黙で何かを察したのか、ショウは小さな声で言ってくる。
「俺は、貴女の力になりたい。多分、みんなそう思ってる」
「…………」
本当なら、ここで背負っているものをぶち撒けてしまった方が楽なのかもしれない。
魂の巡りを断ち切り、永遠にこの世から退場させる責務を。
その責務によって98人がこの世から永久にいなくなってしまったことを。
1人で抱えるのはあまりにも重い呪いでも、世界創生からそうなるように定められたユフィーリアは言わなかった。
「ありがとうな、ショウ坊」
心優しくも可愛い新人の頭を撫でてやり、ユフィーリアは笑う。
「でも辛いことなんてねえよ。アタシはお前らがいてくれれば――お前らと一緒に馬鹿をやってる方が幸せだよ」
あと2人、この世から退場させれば【世界終焉】の責務も終わる。
命の終焉を与える仕事は、滅多なことでは起きない。あと2人を終わらせれば、この辛いだけの仕事を忘れることが出来る。
そうすれば、またあの問題行動を起こすだけの毎日に戻れるはずだ。面白いことを模索して、実行して、馬鹿みたいに騒いで、学院長のグローリアに叱られる問題児としての日常が戻ってくる。
それまで耐えれば、いいだけ。
「…………そうか」
ショウは小さく微笑んで、ユフィーリアの言葉を受け入れた。
「では、俺たちも一緒に怒られようか」
「え、どうして?」
「今に分かる」
ショウの言葉の意味が分からずに首を傾げたユフィーリアは、次の瞬間、パリーンという窓が壊れる音を聞いた。
顔を上げれば、学院長室の窓がぶっ壊れてドラゴンの頭に押し潰された学院長のグローリアの姿が見えた。
ドラゴンの頭をへばりつく学院長は校庭に叩きつけられるより先に超低空飛行の浮遊魔法で事なきを得るが、乱れた長衣や髪の毛を整えると彼は怒号を轟かせた。
「ユフィーリアッ!!!! 試験中の校庭でドラゴンの焼肉をするとか馬鹿じゃないの!?!!」
なるほど、こういう意味か。
納得したユフィーリアは、残り僅かとなったドラゴンの肉を口いっぱいに頬張って嚥下する。
怒られ慣れているので、こういうオチは痛くも痒くもない。上等である、心ゆくまで怒られてやろうではないか。
なので、ユフィーリアは冗談めかした口調で言う。
「グローリアも焼肉どうだ?」
「食べないよ!! 正座しなさい!!」
「へいへーい」
適当に返事をしたユフィーリアは、正座せずに新たなドラゴンの肉に手を伸ばしてまた怒られるのだった。




