第4話【異世界少年と黒いドラゴン】
――それを見た瞬間、ショウが思い出したのは過去の出来事だ。
小学生の時だったか、クラスメイトの男子が内緒でゲーム機を持ち込んでいた。ショウには娯楽品を買い与えられることはなかったので、少し興味があって見せてもらったのだ。
最終局面で主人公のキャラクターが黒いドラゴンを相手に戦っていた。火炎や薙ぎ払いなどの壮絶な攻撃の数々を掻い潜って主人公はドラゴンと戦い、ついに勝利を収めたのである。
クラスメイトは「結構強かった」と言っていたので、いつしかショウの中では『ドラゴンは最強の種族』という認識となっていた。
「……まさか本当に巡り会える日が訪れるとは」
校庭に鎮座する真っ黒なドラゴンを見上げ、ショウはポツリと呟く。
夜の闇を想起させる真っ黒な鱗、爬虫類と同じギョロリとした瞳。左右に引き裂けた大きな口には尖った牙が生え揃い、喉から炎を吐き出して逃げ惑う生徒を狙う。
想像の生物でしかなかったドラゴンは、試験中の生徒が大勢いるヴァラール魔法学院を狙う。大きな口を開けて、その喉奥が赤く瞬いた。
次の瞬間、ドラゴンの口から炎が吐き出される。
「〈氷雪の壁〉!!」
ドラゴンの吐き出された炎を受け止めるように、分厚い氷の壁が作られる。
魔法を発動したのはユフィーリアだ。
彼女の青い双眸は何かを探るように周囲を見渡しているが、その視線は物凄く冷たい。まるで忌々しい敵を探すかのように。
「……ユフィーリア?」
「ん、どうしたショウ坊。どこか痛いところでもあるか?」
名前を呼べば、彼女はすぐにショウへいつもの優しげな微笑みを向けてくれる。それまでの冷たい眼差しが嘘のような反応だった。
ショウは、先程の絶対零度の眼差しについて聞けなかった。
おそらく以前の深夜の会話が関係しているのだろう。脱走した囚人が云々と言っていた。彼女は自分たちには内緒で、学院長か副学院長から脱走した囚人の捕縛を命じられているのだ。
そして、その囚人が校庭に居座る真っ黒なドラゴンと関係があることも、何となく察していた。
「とにかくドラゴンを何とかしねえと。アイツらは鱗が硬くて厄介だからな」
空中歩行魔法を使って虚空を駆けるユフィーリアは、難なく地上に降り立った。ショウと狼姿となったエドワードも、彼女の背中を追いかけて地上に降りる。
真っ黒なドラゴンは「GYAGYA!!」と叫んで、再び炎を吐き出す。
吐き出された紅蓮の炎は分厚い氷の壁に阻まれてしまい、ヴァラール魔法学院の校舎を丸焼けにすることが出来ない。校舎内の生徒は狂乱状態となっていることだろう。校舎内にいなくてよかった、と心の底から安堵した。
いや、それよりもドラゴンだ。
あの巨大な生物を、一体どうやって処理するのだろうか?
「ユフィーリア、あのドラゴンは一体どうやって……?」
ユフィーリアはドラゴンなど目も暮れず、やはり氷のような視線を周囲に巡らせている。何かを探している素振りだ。
「……ユフィーリア?」
「え、あ。悪いショウ坊、聞いてなかった。何だって?」
取り繕うようにヘラリと笑うユフィーリアに、ショウは違和感を覚える。
間違いなく何かを隠している。そしてその隠し事は、ショウが思うような内容だ。
それに勘付かれないようにユフィーリアは懸命に隠しているつもりなのだろうが、態度に出てしまっているので気になって仕方がない。その問題に触れられないのが少しばかり辛かった。
ショウは「ドラゴンの倒し方についてだが」と、先程と同じ質問を繰り返す。
「あのドラゴンは一体どうやって倒すんだ?」
「そこにドラゴンの専門家がいるだろ」
「え?」
ほら、とユフィーリアが指差した先にいたのは、
「え!? どしたのショウちゃん!?」
「ハルさん?」
先輩用務員のハルアがいた。
「ハルはな、今までに35匹のドラゴンを討伐した戦績を持ってんだよ」
「そうだよ!!」
えへん、と自慢げに胸を張るハルア。
これにはさすがに驚きを隠せなかった。
何せドラゴンは最強の種族だ。ゲームの中でもたびたびラスボス的な扱いで登場する幻想種で、逃げ惑う生徒の反応で色々とお察しである。下手に触れれば命はない。
その種族を35匹も討伐しただと?
「龍殺し専用の装備を持ってるからね!!」
「それはもう神造兵器の域では?」
「よく分かったね!!」
「当たってしまった……」
まさか当たるとは思わなかった。
ハルアは黒いつなぎに数え切れないほど縫い付けられた衣嚢の1つへ手を突っ込み、ズルリと長いものを引っ張り出した。明らかに衣嚢の中には収まり切らない大きさのものである。
それは大剣だった。剣先から剣の柄までの全長が、ハルアの胸元まである。意外と長い剣が衣嚢から引っ張り出され、ハルアは軽々とそれを担ぐ。
琥珀色の瞳でドラゴンを見つめたハルアは、
「倒しちゃっていい!?」
「スパッとやってこい、スパッと」
「分かった!!」
元気よく頷いたハルアは、ドラゴンめがけて駆け出していく。
校庭を疾駆する少年の気配に気づいたドラゴンが、爬虫類を思わせるギョロリとした双眸で睨みつけてくる。
耳障りな咆哮を蒼穹に轟かせたと思えば、左右に引き裂かれた大きな口を開いた。喉奥が赤く輝き、炎に似た揺らめきを感じ取る。
ハルアは足を止めることはない。そのまま真っ直ぐ、ドラゴンが口を開いて今にも炎を吐き出しそうになっているのにも関わらず突っ込んでいく。
「ハルさん!!」
ハルアにドラゴンの息吹が襲いかかる前に出来ることは何だ。
ショウは反射的に虚空へ手を伸ばしていた。
先を走るハルアを引き留める為ではない、自分に与えられた神造兵器を掴む為に。
「『狂王の炎宴』!!」
ショウがその名を叫べば、虚空に伸ばされた手に炎が灯る。
真っ赤な炎は徐々に大きくなっていき、やがて長弓の形となった。
本体は真っ赤に染まり、弦の部分は糸状に細くなった炎が張られている。弓道の弓にも似たそれは、かつて初代冥王が罪人を呵責する際に用いられたと言われる神造兵器。
絶大な威力を誇る長弓の弦を引き絞れば、手元に炎の矢が生まれる。
狙うはあのドラゴンの双眸――せめてハルアから意識を逸らすことが出来れば!!
「邪魔をするなあッ!!」
ショウは弓を放つ。
炎の弓矢は虚空を引き裂くように飛んでいき、寸分違わずドラゴンの右の眼球を抉った。
噴き出す鮮血、轟くドラゴンの絶叫。眼球を潰された痛みに悶絶するドラゴンの恨みが、炎の長弓を構えるショウに向けられる。
そうだ、それでいい。
これでドラゴンの討伐を専門とするハルアが自由に動けるのであれば、囮ぐらい上等だ。
「…………」
ショウは着物を思わせる真っ黒な外套の袖から、複雑な幾何学模様が書き込まれた呪符を取り出す。
これは先日、ユフィーリアがくれたものだ。
身体能力上昇魔法と言ったか。全身に巡る魔力を反応させて、身体を思い通りに動かす魔法だ。筋肉量やその他諸々の理由で制限時間があり、ショウは多く見積もって1分と言われていた。時間を超過して身体能力上昇魔法を使えば筋繊維が断裂したり、最悪の場合だと身体を流れる魔力の血管『魔力回路』を損なってしまう可能性がある。
本当なら使用しない方がいいのだろうが、
(それでも、あのドラゴンが貴女を苦しめているのならば)
ショウは少しでも、ユフィーリアの助けになることがしたい。
彼女はショウを暗闇の人生から引っ張り出してくれた救世主だ。
少しでもその苦しみが晴れるのであれば、多少の無茶は押し通すし、多少の恐怖心だって押し殺してみせる。
(ゲームの主人公のようにはなれないが)
ショウはドラゴンを真っ向から睨み返し、
(貴女の力にはなりたい)
ショウの睨みを威嚇とでも捉えたのか、ドラゴンは「GYAAAAAAAAAAAAAA AAAAAAAAAAAAA!!」と咆哮を上げる。
「来い、ドラゴン」
呪符を咥えたショウは身体能力上昇魔法を発動させ、風のような速度で校庭を駆け出した。




