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ヴァラール魔法学院の用務員は今日も問題を起こす  作者: 山下愁
第12章:紅蓮の射手〜問題用務員、試験会場乱入事件Ⅱ〜
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第3話【問題用務員と天空舞踏】

 飛行魔法及び空中歩行魔法は、校庭で試験が執り行われていた。


 晴れ渡った青い空を、箒に跨った魔女が悠々と飛び交う。

 その間を縫うようにして、男子生徒たちが縦横無尽に青空を駆け回っていた。地面で出来ることを空中でも同じように行動するとは、空中歩行魔法はいつ見ても目を見張るものがある。



「おお、あれは凄いな」



 空を見上げて、走り回る男子生徒たちを前にするショウが羨ましそうに呟く。



「飛行魔法と空中歩行魔法は浮遊魔法の一環だからな。浮遊魔法が完璧に使えれば出来るぞ」


「それは俺でも出来るのか?」


「出来るぞ」



 赤い瞳に期待の光を宿すショウは、



「やってみたい」


「よし、いい心構えだ」



 飛行魔法や空中歩行魔法は浮遊魔法の上位置換なので、まずは基本の浮遊魔法が出来なければ始まらない。だが、ショウはすでに浮遊魔法を習得しているので問題はないだろう。


 ユフィーリアはショウに手を差し出して「ほら」と言う。

 まずは補助からである。何事もまずは上手な人間に手伝ってもらってから、魔法なり似たような技術なりを学ぶ方がいいのである。魔法を独学で学ぶのはさすがに色々と大変だ。


 ショウは若干躊躇(ためら)いがちに手を伸ばしてきて、それから意を決してユフィーリアの手を掴む。何を恥ずかしがる必要があるのか。



「いいか、前にも言ったけど魔法は想像イメージが大事だからな」


「ああ」


「まずは階段だ」



 地上から空中に浮かび上がるには、階段を上っている想像をした方が分かりやすい。



「階段を上るように足を動かせ」


「ああ……」



 ユフィーリアの手をしっかり握りながら、ショウは想像を固める為に瞳を閉じる。


 すぅ、はぁ、と緊張感を解すように深呼吸。

 それから彼はゆっくりと足を持ち上げ、その第一歩を踏み出した。



「…………?」



 不思議な感覚でもあったのだろうか、ショウは眉根を寄せて不思議そうに首を傾げる。もちろん瞳は閉じたままだ。



「そのまま2歩目も」


「ゆ、ユフィーリア、放さないでくれるか……?」


「放さないから」



 ショウの手をきちんと握ってやってから、ユフィーリアは自分も空中歩行魔法を発動させる。


 この魔法は男子しか学ばない魔法だが、別に魔法に性別は関係ない。男子も飛行魔法を使おうと思えばいくらでも方法はあるし、女子も学べば空中歩行魔法を使うことが出来る。

 ユフィーリアも当然ながら空中歩行魔法も飛行魔法も両方使える。飛行魔法に至っては細い箒の柄の部分で立って乗ることも出来る。もちろん最初からこれほど使いこなせた訳ではなく、寝食を忘れて猛特訓した結果である。


 そのまま目を瞑った状態で2歩目、3歩目と順調に足を踏み出していくショウ。可愛い新人の動きに合わせてユフィーリアも空中歩行魔法で補助してやる。



「ショウ坊、今ので10歩目だぞ」


「そ、そうか」


「はい、じゃあここで目を開いてみようか」


「目を……」



 ゆっくりと持ち上げられていく瞼。その向こう側から炎の如き真っ赤な双眸が覗く。



「…………」



 彼の足は地面から離れ、空中にポツンと立ち尽くしていた。


 浮遊魔法とは違い、ちゃんと階段を想像して空中歩行魔法を発動させたのだ。初心者で浮遊魔法の上位置換である空中歩行魔法さえも習得してしまうのは、やはり異世界人ならではの才能だろうか。

 初めての空中歩行魔法で若干慌てるショウは、それまでよりも強くユフィーリアの手を握ってきた。握る手のひらから小さな震えが伝わってくる。



「ははは、はな、放さないでくれ……」


「分かった分かったから、もう少し手の力を緩めろ。さすがに痛い」



 ユフィーリアは震えるショウを引き寄せ、



「まずはしっかりと歩行するところからだな。上昇・下降はまた難易度が違ってくるから、基本的な部分からやってくぞ」


「あ、ああ……」


「下を見るな、前を見ろ。それだと余計に怖くなるだろ」



 少し高めに地面から浮かび上がっているので怖いのは理解できるが、このまま1歩も踏み出せないでいると成長しない。


 ユフィーリアはショウの手を引き、悠々と歩き始めた。

 ここは空中ではなく地面である、という想像が空中歩行魔法には必要なのだ。上昇するには高い位置に飛び乗る、もしくは階段や坂道を駆け上がるという想像をすると簡単に出来る。慣れてくれば想像すらも必要なくなるが。


 さながら草原でも散歩するかのような優雅さで空中を歩くユフィーリアは、



「どうだ、ショウ坊。いい眺めだろ?」


「……そうだな」



 ショウは少しだけ高くなった目線で周囲を眺めて、



「もう少し高くなればいい眺めになるだろうな」


「じゃあもう少し想像してみるぞ」



 ユフィーリアはショウの手を引いてエスコートしながら、



「坂道を上るような想像だ」


「坂道を……」



 難しそうに眉間に皺を刻むショウの足が、ほんの少しだけ傾く。さながら坂道を踏みつけるかのように。


 ユフィーリアに腕を引かれるまま、ショウは坂道を上るかのように高度を上げていく。

 最初は階段10段程度の高さだったが、徐々に徐々に地面から離れていく。その動きは自然で、本当に散歩か何かでもしているかのようだ。


 高度が上がるにつれて、ショウは「わ、わ」と驚く。浮遊魔法とはまた違った感覚なので驚くのも無理はない。



「凄い、凄いな」


「お前も才能あるなァ」



 雪の結晶が刻まれた煙管キセルを咥えて、ユフィーリアは少し悪戯でショウの手を握る力を緩めてやった。



「ッ!!」



 慌てた様子でユフィーリアの腕にしがみつくショウは、



「は、はなッ、放さないでくれって!!」


「悪い悪い、お前があんまりにも可愛いからな」



 ユフィーリアは笑いながら、恐怖から来る涙を浮かべるショウの頭を撫でる。



「ほら、見てみろショウ坊」


「?」



 ユフィーリアが指差す方向に、ショウの視線が向けられる。


 そこには虚空を踏みしめて大空を自由に駆け回る灰色の狼――エドワードの姿があった。

 彼は獣人の中でも先祖返りと呼ばれる特殊な個体であり、魔獣の姿となった狼の状態では神様の能力を行使することが出来る。エドワードたち狼の獣人は風の神様の因子を継いでいるので、その先祖の因子がより濃く受け継いだエドワードは、狼の状態だと風の魔法が使えるようになるのだ。


 まあつまり、空を飛ぶ魔法全般は特に練習をしなくても使いこなせる訳である。魔女や魔法使い側からすれば非常に羨ましいことだ。



「エドワードさんは空が飛べるのか……」


「空中歩行魔法はアイツの十八番だからな。ほら、学院が丸焼けになった時も助けに来てくれただろ?」


「思い出したくない」



 自分の魔力暴走オーバーロードが原因で引き起こされた火事だったからか、ショウは苦い顔でそっぽを向く。



「ワフン」



 虚空を踏みしめて立ち止まったエドワードが、銀灰色の鋭い双眸をこちらに投げて1度だけ鳴く。「どうしたのぉ?」と言っているようだ。



「ほら、ショウ坊。エドワードのところまで歩いてみろ」


「え、でも……」


「お前なら出来るよ」



 ゆっくりと手の力を緩めてやり、ユフィーリアは不安げな眼差しで見つめてくるショウの背中をポンと叩く。


 彼は小さく頷くと、おそるおそる1歩だけ足を踏み出した。

 空中を踏みつけた足が落ちる気配はない。ショウの手がユフィーリアから離れ、屁っ放り腰になりながらも空中歩行魔法を継続させる。



「わ、わ……」



 歩くという何気ない動作でも、それが空中を歩いているとなれば動きがぎこちなくなるのは当然だ。他の生徒と比べれば、彼の空中歩行魔法は不恰好なものと言えよう。

 しかし、彼は異世界にやってきて日が浅い。魔法に触れてきた回数も数える程度だ。日常的に魔法を学ぶヴァラール魔法学院の生徒たちと違って、ここまで出来るとは称賛されて当然である。


 ふらふらと覚束ない足取りで歩くショウは、とうとうエドワードの元まで辿り着くことが出来た。もふもふの灰色の体毛に全身で飛び込んで受け止めてもらい、彼は安堵の息を吐く。



「よかった……成功した……」


「初めてにしては上出来じゃねえか、ショウ坊」



 大股で距離を詰めるユフィーリアは、エドワードにしがみつくショウの頭を撫でて笑った。



「あとは慣れるだけだな。回数をこなしていけば、自由に空を駆け回ることだって出来るさ」


「それが出来たら楽しそうだな」


「楽しいぞ。魔法は楽しいことばかりなんだから」



 ユフィーリアが笑いながらそう言えば、ショウもつられて小さく笑っていた。


 魔法自体を怖がってしまうと、どうしても魔法に馴染めなくなってしまう。せっかく才能があっても魔法を心の底から嫌ってしまったら、それこそ楽しくない。

 だが、彼が魔法を嫌う様子はなさそうだ。空中歩行魔法も慣れれば楽しい魔法だし、この世には人智を超えた魔法がまだまだたくさんある。


 彼は、今まで辛く苦しい生活しか送ってこなかった。それなら、今ここで目一杯笑ってもらった方がいい。



「――――――――きゃああああああああああああああああああ!!」



 和やかな雰囲気を壊すように、悲鳴が試験会場に響き渡った。


 何事かと思えば、空が異様に暗い。

 青空を見上げると、巨大な生き物が翼を広げて旋回していた。細長い尻尾に頑丈そうな鱗、前に突き出した小さな両腕。大空を自由に飛び回る立派な翼は、あの生物が持つものと一致する。


 まさか、あれは。



「――GYAAAAAAAAAAAAAA!!」



 耳をつんざく咆哮。


 芝生で覆われた校庭に降り立ったのは、黒色の鱗を持つドラゴンだった。

 ギョロリとしたつぶらな瞳で試験中の生徒たちを睨みつけ、牙がゾロリと生え揃った口を大きく開く。慌ててその場から生徒が回避行動を取ったそのあとに、ドラゴンの口から火が放たれた。


 それは紛れもなく、1つの国を焼き滅ぼした竜の火炎。

 最悪の事態が起きてしまったのだ。



「ウィドロ……ッ!!」



 校庭に君臨したドラゴンを睨みつけ、ユフィーリアは元凶の名前を忌々しげに吐き捨てた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 山下愁さん、おはようございます! 新作、楽しく読ませていただきました! ショウくんとユフィーリアさんが楽しく空中歩行を楽しんでいた空気を見事ぶち壊した、ウィドロの孵したドラゴンの強襲する…
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