第2話【問題用務員と魔法工学】
魔法工学とは、魔力を動力源とする装備品や自立型兵器の開発・製作を学ぶ分野である。
時代は魔法も遠距離操作や自動制御が主である。
その分野の最先端が魔法工学と言えよう。数十人いなければ倒せない魔物の討伐も、魔法工学によって開発された機械人形や魔導兵装などを使えば、誰も傷付くことなく安全に魔物を倒すことが出来る。しかも高火力なので魔物の討伐も早く終わるのだ。
他にも義手や義眼、義足などを作成し、それらに魔法をかけることも出来るようになる。派手な兵装などではなく、主に義手や義眼製作の方面へ進むことが多い。
「はい、そんな訳でッス」
魔法工学の試験会場では、おとぎ話に出てくるような邪悪な気配の漂う魔法使いが試験監督を務めていた。
地面に届かん勢いで伸びた赤い蓬髪と目元を覆い隠す黒い布、厚ぼったい黒の長衣は手足が完全に見えなくなるほど色々と長い。副学院長のスカイ・エルクラシスである。
裾をズルズルと引き摺りながら、彼は右に左に教室を移動して今回の試験の内容について語る。
「今回の試験は、教科書58ページの『石化の義眼』についての作成ッス。目を合わせると石化をする要素と、本来の瞳の機能の両立をしっかりするッスよ。あとただ目を合わせるだけでは凶器になっちまうんで、ちゃんと起動言語で義眼の効果を発動するように組み上げることッス」
「「「「「はい!!」」」」」
生徒たちは全員揃って試験内容を説明するスカイに元気よく応じ、それから「試験開始ッス」という号令で机に置かれた金属の箱に挑む。
箱の中身は眼球程度の大きさになった金属の球体と螺子や歯車などの部品、それから様々な形をした工具だ。
これらを使ってまずは本体である瞳の部分を組み上げて、次に魔法を組み上げる作業に入るのだ。より正確に、より迅速に、より効果のある魔法を組み上げることが出来れば魔法工学の授業は完璧である。
真剣に試験問題へ取り組む生徒たちを、ほんの少しだけ開いた教室の扉から様子を窺う問題児たちは「どうする?」と相談する。
「これを邪魔したら相当恨まれそうだよぉ」
「そりゃそうだろうよ。歯車1つでもなくせば魔法工学は成り立たねえ、絶対に失敗するからな」
すでに試験が始まった教室に乱入して馬鹿騒ぎするほど、ユフィーリアたちも鬼畜外道ではない。
それに、この教科担当は副学院長のスカイなのだ。
もし下手に邪魔をすれば説教は確定し、ユフィーリアさえも震え上がらせた罰則が待ち受けている。もうあの罰則は2度と受けたくないのが本音だ。
そんな訳で、
「ふーくがーくいーんちょーう、あーそびーましょー」
教室の扉をほんの少しだけ開けて、ユフィーリアは副学院長のスカイを小声で呼びかける。
試験監督を面倒くさそうに務めていたスカイはユフィーリアたち問題児の存在に気づくと、こちらに向かって手招きのような動きをした。黒い長衣の一部が持ち上がって動いたので、手招きしたのか追い払ったのか怪しいが。
まあ手招きされたということで教室内に足を踏み入れることにしよう。ユフィーリアは自分にそう言い聞かせて、部下たちを引き連れて極めて静かに魔法工学の試験会場へお邪魔する。
「どうしたんスか、随分と面白い格好をしてるッスけど」
「ショウ坊が魔法工学を知らねえから、見学に来た」
ユフィーリアの後ろに控えるショウがペコリと会釈をする。礼儀正しくて可愛い。
スカイは「なるほど」と頷くと、
「魔法工学は見ての通りの授業ッスよ。今は義眼や義手の製作が主ッスけど、もう少し極めれば魔導兵装なんかを組み立てることも出来るッス」
「魔導兵装?」
「こんなのッスよ」
おもむろにスカイは立ち上がると、
「《起動》」
彼が短く唱えた瞬間、ガチャガチャガチャチャッ!! と変な音がスカイの着ている長衣の下から聞こえてきた。
はためくスカイの長衣の下から、鋼色の輝きが垣間見えた。
何かの防具品かと思えば違う。血管にも似た毒々しい赤色に輝く溝が複雑に刻み込まれたそれは、鋼鉄製の義足である。
踵の部分から小さな翼に似た突起が伸び、足の裏から赤色の光が放出されるとスカイの身体がふわりと浮かび上がる。浮遊魔法等を使った訳ではなく、義足の裏から放たれる光がスカイの身体を空中に浮かばせているのだ。
「すっげーッ!!」
「凄い……!!」
「わあ、凄いねぇ!! 格好いいねぇ!!」
ハルア、ショウ、エドワードはスカイの義足に瞳をキラキラと輝かせた。やはり魔法工学には男子の心をときめかせる浪漫があるらしい。
「義足だけですか? 他には?」
「ボクは元々四肢が欠損してんで、義手の方も同じッスよ」
ほら、とスカイの長衣の袖から鋼色の腕が伸びて、左右にふりふりと振って主張した。
「ボクのこの『EDEN-markⅡ』は、日常生活から戦闘面などあらゆる事態を予測して作られた最高傑作品ッス。空も飛べるし魔導砲も放てるし、どんな魔物が来ても怖いものなしッスよ」
えへん、と誇らしげに胸を張るスカイ。お披露目できたことがよほど嬉しいようだ。
ユフィーリアはどうしても浮遊魔法や属性魔法を習得した方が早いとは思うのだが、まあこういう分野には他人に理解し得ない浪漫があると分かっているので何も言わない。
正直な話、彼らに「こんなののどこがいいんだよ」と言えば、間違いなく利点と欠点を理解できるまで力説されるので口を開かない。魔法馬鹿のグローリアを相手に「魔法のどこがいいの?」と問うようなものである。
熱心にスカイの解説に耳を傾ける男子3名は、
「あ、じゃあ副学院長の目も義眼なのぉ?」
「目隠ししたままでも普通に歩けてるよね!!」
「何か仕掛けがあるんですか?」
今まで誰も触れることのなかったスカイの目隠しについて、躊躇なく触れてきた。
その質問内容は試験中の生徒にも聞こえたのか、彼らは「おい、正気か?」「あんなの見るのかよ」「狂気に陥るぞ」などと声を潜める。
ユフィーリアもスカイの目隠しの下はどうなっているのか知っているので、何も知らない部下4人を連れてさっさと逃げようとするが、それより先に副学院長が軽い調子で応じてしまう。
「ああ、この下ッスか? 特に何もないッスよ」
「? 義眼ではなく、普通の眼球なんですか?」
「いや違くて、本当に何もないんスよ。ほら」
そう言って、スカイは自分の目隠しを外した。
黒い布の下から現れたのは、人間の眼球でも魔法工学によって作られた義眼でもない。
ぽっかりと空いた黒い2つの洞窟――つまり眼窩のみがそこにあった。
「ぎゃああああああああああああああああ!?!!」
「うわあぁぁぁぁあああああああああああああ!?!!」
「目がああああああああああああああああああ!?!!」
エドワード、ショウ、ハルアの順番で悲鳴が上がる。
ユフィーリアは頭を抱えた。
スカイが目隠しをした状態でも普通に歩行が出来ているのは、スカイが取り付けた義手・義足型魔導兵器の『EDEN-markⅡ』を視神経に接続しているからに過ぎない。そのおかげで眼球がなくとも普通に歩けるし、世界を認識できるのだ。
ただし見た目が本当に恐ろしく、見つめられただけで狂気に陥らんばかりなので、普段はこうして目隠しをして生活しているのだ。
「こんな状態だから、生徒たちが作った義眼を試し放題なんスよね。いやー便利ッスわ、眼球がないと。あ、ちなみに腕も足も取り外しは可能なんで生徒が作った義手も義足も試し放題なんスよね。ヒッヒッヒ」
「スカイ、スカイ。誰もお前の話は聞いてねえぞ」
「あら?」
先程まで熱心にスカイの解説へ耳を傾けていた男子3名は、狂気に陥るスカイの目隠しの下の秘密を目の当たりにして、ユフィーリアの背中に隠れてしまった。特にエドワードは幽霊かお化けだと勘違いしたようで、頭を抱えてガタガタと震えている。大の男のくせに情けない。
雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、ユフィーリアはスカイに黒い布を巻き付けて目隠しされた状態に戻す。
ユフィーリアは見慣れたものだが、いつまでもあの状態を晒されると気が狂いそうになる。問題児でも怖いものは怖いのだ。
スカイは「あららー」と軽い調子で呟き、
「ダメだったッスかね」
「ダメに決まってんだろ。可愛い眼球でも嵌めとけよ」
「もう少し格好いいのにしたいッスね」
「何でもいいわ」
ユフィーリアは深々とため息を吐くと、
「じゃあ次のところ行くわ。お勧めの試験会場とかある?」
「飛行魔法や『天空舞踏』の試験会場は面白いと思うッスよ。一見の価値ありッス」
「よし、じゃあそっちに行くか」
副学院長の目隠しの下の秘密に怯えてしまった男子3名を強制的に立ち上がらせて、ユフィーリアは魔法工学の試験会場をあとにした。その際に、試験中の生徒たちから憐れみの視線を貰ったのは言うまでもない。
さて、次は飛行魔法と空中歩行魔法の試験会場だ。
果たしてどんな面白い魔法が見れるだろうか?




