第1話【問題用務員と試験当日】
中間考査開始日。
ヴァラール魔法学院の中間考査は実技試験が主な内容なので、各試験会場を生徒たちが巡る仕様となっている。
最初はこの教室で属性魔法の試験、次にこの教室で魔法薬の調合、次にこの教室で変身魔法を披露するなど学年やクラス毎に試験会場を巡る順番が違っている。多少並ぶことはあれど、よほどのことがなければ順調に終わる手筈だ。
そう、順調に行けばの話である。
「はい、次の方どうぞ」
「うぃーす」
教員の呼びかけに応じて教室に足を踏み入れたのは、銀髪碧眼の女子生徒である。
ヴァラール魔法学院のものではない可愛らしい女子学生の制服を身につけて、さらに上から真っ黒な長衣を羽織っている。教室の床を踏む長靴は磨き抜かれ、その両手は真っ黒な手袋で覆い隠されている。
その彼女は、生徒であれば本来持つべきものではない雪の結晶が刻まれた煙管を携えていた。悠々と煙管を燻らせて、唖然とした様子の教職員たちへ爽やかな笑みを見せる。
それから長衣の裾を摘み上げ、淑女のようにご挨拶。
「用務員のユフィーリア・エイクトベルです。どうぞよろしく」
「不合格」
「何でだよ!?」
まだ魔法を使ってもいないのに不合格となった理由が分からず、ユフィーリアは不合格を言い渡した教職員に詰め寄る。
「おいふざけんなよ、まだ魔法を使ってねえのに不合格とか差別じゃねえか!!」
「あなた方に試験を受ける資格はありません。お引き取りを」
教職員の判断は常識的なものだった。
ユフィーリアたち用務員は中間考査を受ける資格を持たないのだ。
なので試験会場にしれっと混ざられても困るし、そもそも受ける資格を持たないのだから不合格は当然のことである。何でもクソもないのだ。
しかしユフィーリアは無視した。問題児には受験資格も関係ないのだ。
「じゃあ水の魔法だっけ? それを披露しまーす」
「だからお引き取りを」
「はい、お前ら。水の魔法」
手を2度ほど叩けば、試験会場の扉が勢いよく開いた。
飛び込んできたのは、これまたヴァラール魔法学院の制服ではないものを身につけた女子学生の集団である。特に「人間を殺すのが趣味です」と言わんばかりの強面で筋骨隆々とした肉体美を無理やり制服の中に押し込め、立派な胸筋でいくつかの釦を吹き飛ばした下着チラ見えのやべえ女子学生は白目を剥きたくなるほど悲惨である。
他には厚化粧をした小柄な生徒、南瓜頭の扇情的な生徒、膝下まで届くスカートを揺らす優等生など個性豊かな面々が揃っていたが、身長2メイル(メートル)超えの女子学生には度肝を抜かれた。
彼らが握っていたのは、水風船である。しかも妙に風船の生地が薄いような気がする。下手をすれば今すぐ破けてしまいそうだ。
「やれ」
ユフィーリアが彼らに命令を下すと、唖然とした教師たちめがけて女子学生の集団が一斉に水風船を投擲する。
ものの見事に顔面へ当たり、全身をびっしょびっしょに濡らす教職員たち。中には当たりの教師もいたようで、何故か全身がぬるぬるとした液体を帯びていた。
教職員たちは何が起きたのかしばらく理解できていない様子だったが、ユフィーリアが「じゃあ次に行こうぜ」と言ったところで正気に戻る。ガタンと座席から立ち上がると、
「待ちなさい、問題児!!」
「〈凍結〉」
「ぎゃーッ!!」
追いかけようとした教職員たちの足元を狙って、ユフィーリアは氷の魔法を発動させる。
床が一瞬で凍りつき、その部分を踏んだ教職員は盛大にすっ転ぶ。
全身がぬるぬるの先生は氷の部分を踏んだ途端に教室の隅まで吹っ飛ばされ、頭を壁に強打して気絶した。無様である。
問題用務員は見事にすっ転んだ教職員たちを指差して笑ってから、すたこらさっさと逃げ出した。もはや反乱である。
☆
これで5箇所目の出禁である。
「全員揃ってつまんねえ内容の試験ばっかなんだよなァ。属性魔法とか退屈するだろ」
「家事ぐらいしか使い所がないじゃんねぇ、属性魔法なんてぇ」
生徒たちで行き交う廊下をグダグダと歩き回りながら、ユフィーリア はつまらなさそうに唇を尖らせた。
先程から試験会場に突撃して、教職員たちめがけて避妊具で作った水風船を投擲しているのだ。あの試験会場で5箇所目である。
特に氷の魔法で足元を凍らせてすっ転ばせるのは滑稽だ。全員して面白いぐらいに引っかかってくれる。
ユフィーリアは試験会場を確認しながら、
「次はどこにしようか?」
「属性魔法の試験会場は飽きたねぇ。次は魔法薬学の試験会場とか狙っちゃう?」
「お、材料をすり替えて全く違う薬品が出来上がる悪戯でも仕掛けるか?」
「飛行魔法は!?」
「いきなり競争でも仕掛けてみるか」
「変身魔法でも面白そうだワ♪」
「失敗したら合成獣みたいになるアレな。面白いよな」
もう試験の邪魔をすることしか考えていない問題児だった。
その中で唯一、話題についていけない人物がいた。
可愛い新人のショウである。魔法の話題についていけない様子で、先程から首を傾げてばかりだ。
「あの、ユフィーリア」
「どうした、ショウ坊」
「属性魔法とか、飛行魔法とか、一体何だろうか?」
おっと失念していた。彼は異世界からやってきたので、魔法の知識は皆無である。
「属性魔法ってのは火とか水とかの魔法のことだ」
「ユフィーリアが得意とする氷の魔法も、属性魔法の1つなのか?」
「さすがだな、ショウ坊。頭がいい」
火や水などの魔法を俗に『属性魔法』と呼称し、魔法の中では基本中の基本と呼ばれる。ただし使い所はあまりなく、魔物との戦い以外で日の目を見るところはない。
さらに、属性魔法を使いすぎると身体に悪影響を及ぼすという研究結果が出ているのだ。特に氷の魔法は、使いすぎれば身体に冷気が溜まっていき、定期的に吸い上げなければならなくなる。炎の魔法は平均体温が高くなって他人に火傷を負わせてしまったり、風の魔法は身体が軽くなって少しの衝撃でも飛んでいってしまうという現象が確認されている。
これらの原因は身体中に流れる魔力が属性魔法の性質に慣れてしまうこととされており、属性魔法の使いすぎはよくないと注意喚起が促される。魔女や魔法使いにとって基本の魔法なので、まあ多少の使用は許されているが。
「そんで次に飛行魔法なんだけど」
「浮遊魔法とどう違うんだ?」
「箒に乗る」
「おお」
「ただし男子は乗れない」
「ええ……」
ユフィーリアの言葉を受けて、ショウが分かりやすくしょんぼりと肩を落とした。
「ショウ坊、箒に乗る魔法は女子にしか許されてねえんだわ」
「男女差別なのか……?」
「いや、単純に大切な部分が潰れるからだな」
飛行魔法とは箒に乗って空を飛ぶ魔法のことを示すのだが、こちらは女子にしか許されない魔法である。
何故なら、箒に乗った際に男子の大切な部分が潰されてしまうのだ。身体ごと浮かぶ訳ではないので、これは痛い衝撃である。残念だが男子のショウには諦めてもらう他はない。
代わりに男子専用の飛行魔法として、空中歩行魔法というものがある。これは空を足場にして自由に駆け回る魔法であり、別名を『天空舞踏』と呼ばれている。こちらは男子専用であり、女子生徒は学ぶことが出来ない。
「な、なるほど……そんなことがあるのか」
「ご納得していただけたようで何よりだ、ショウ坊」
ショウが青い顔で身震いしたので、少し怖がらせてしまっただろうかとユフィーリアは反省する。
怖がらせることは本意ではない。飛行魔法はこんなことがあるので仕方がないのだ。
可愛い新人を魔法の話題で怖がらせるのは忍びない。ここは1つ、面白いことでも提案しよう。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、
「じゃあショウ坊、次にお邪魔する試験会場はお前が選んでもいいぞ」
「え」
「どこがいい?」
試験会場は中間考査の試験範囲の分だけある。ほとんどの教科がどこかしらで中間考査の試験を執り行っているので選り取り見取りだ。
ショウは迷うように視線を彷徨わせ、それから1箇所に視線が留まる。
そこは先程からガションガションと不思議な音が漏れていた。教室を覗き込めば、金属のようなものを魔法で操る生徒たちの姿が見れる。
「これは一体何をしているんだ?」
「魔法工学だな」
ユフィーリアは生徒たちの使っている魔法を見て、そう判断を下す。
魔法工学とは、魔力を動力源とする人形や装備品などを開発・使用する魔法の分野である。魔導兵器や魔法で動く自立型兵器など、主に兵器の開発をしている魔法だ。
見た目は飛び抜けて格好良く、鉄と油に塗れた歯車と発条仕掛けの魔法と呼べよう。3年生からの選択授業の1つであり、授業には男子が主に参加するが、女子も数名だけ混ざることがあるとか。
ショウは魔導工学の試験会場を示して、
「あそこがいい」
「いいぞ」
ユフィーリアは清々しいほどの笑顔で、
「じゃあ次は魔法工学の試験会場にお邪魔しようか」




