第5話【問題用務員とピクシードラゴン】
学院長室の防音魔法を解除して扉を開ければ、硝子杯を耳に当てて壁の向こう側の様子を探ろうとする用務員の馬鹿どもと目が合った。
「…………あえて聞くけど、何してんだお前ら?」
「あ、終わったぁ?」
「質問の答えになってねえ」
エドワードが平然と硝子杯を口の中に放り込んで証拠隠滅を図り、バリバリと硝子片を口の端から零しながら笑う。
頭が狂ったのかと思うような光景だが、彼は入学式のあとに控える懇親会用の料理を平らげた上に皿まで齧った猛者である。硝子杯を消費するぐらい造作もないのだ。
同じく証拠隠滅を図ろうとしたらしいショウ、ハルア、アイゼルネも遠くの方に硝子杯をぶん投げて雑な片付けを披露した。遠くで硝子杯が床に叩きつけられて割れる音が聞こえてきたが、3人はしれっと明後日の方向を見上げることで誤魔化す。全然誤魔化せてないのだが、誤魔化す。
雪の結晶が刻まれた煙管をペン回しの要領でくるんと回すユフィーリアは、
「てやッ」
「ぎゃん!!」
「イッテエ!!」
「きゃッ♪」
「いたッ」
豆粒ほどの小さな氷塊を射出し、エドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウの額にそれぞれぶつけた。割と痛かったようで、4人は少し赤くなった額を押さえて一斉に抗議してくる。
「何すんのよぉ!!」
「ちょっと内容を探ろうとしただけだよ!!」
「学院長と逢引きしているんじゃないかって心配だったのヨ♪」
「もしそれが事実なら、再び学院長室を焼くことも吝かではない」
「お前ら怖い!!」
特に最後のショウに至っては、目が本気だった。今すぐにでも神造兵器である『狂王の炎宴』を取り出して、学院長室に火を放ちそうな勢いだ。
「別に何でもねえよ。中間考査の会場へ乱入しないように、念を押されただけだ」
「…………それならいいのだが」
ショウはまだ少し不満げな様子だったが、ユフィーリアの言葉を信じてくれたようだ。エドワードも、ハルアも、アイゼルネも、ユフィーリアが言うならそうだろうと判断する。
言える訳がなかった。
このヴァラール魔法学院にドゥンケルハイト監獄から脱走した3人の囚人が潜り込んでいることなど、絶対に口が裂けても言える訳がなかった。
(コイツらだけは守らねえと)
たとえ生徒や教職員が全て犠牲になったとしても、彼らだけは守ってみせる。
☆
「という訳で中間考査の会場に潜り込む為の作戦なんだがな」
「学院長から『乱入するな』と念を押されたのでは……?」
「アタシは何も聞いてない」
学院長から「中間考査の会場へ乱入するな」と言い渡されているにも関わらず、問題児たちは試験会場への乱入を画策していた。
生徒たちの魔法を練習する声を聞きながら、ユフィーリアたちは用務員室を目指す。
修練場はどうせ生徒で溢れ返っているだろうし、身体能力上昇魔法を練習するには生徒が邪魔である。ここはもう授業中を狙って修練場を占拠するか、あとは校庭や学院の屋上に行くしかない。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、
「やっぱり1番は生徒の格好をするべきなんだよな。『私たち生徒ですぅ』的な感じで」
「女子学生になって可愛く決めちゃウ♪」
「あ、それいいな」
アイゼルネの提案に、ユフィーリアは賛成を示した。
メイドさん事件の再来である。今度は女子学生の格好をした問題児が、試験会場で好き勝手に暴れるという地獄絵図が完成する。
まあそんなことをすれば学院長か副学院長の雷が落ちるのだが、もう楽しければいいのだ。
「そうなると女子学生の制服を調達しねえとなァ。購買にあったかな」
「女子学生ってやっぱりスカート短め!?」
「当たり前だろ」
ハルアの質問に、ユフィーリアは当然とばかりの反応を返す。
「女子学生のスカートを短めにして、長めの靴下を合わせて、絶対領域を作るんだよ」
「やだぁ、俺ちゃんまた下着を見せることになっちゃうじゃんねぇ」
「チラ見せしとけよ、女子学生の特権だぞ。可愛いの穿いとけよ」
「仕方ないねぇ、この前買った可愛い下着を穿いちゃおうかなぁ」
エドワードとユフィーリアの会話だけで通りすがりの生徒たちが目を剥いて驚いていたが、彼らは真面目に女子学生になろうとしているのである。真面目に面白いことを考えているだけである。
常日頃から問題行動ばかり起こしている問題児にとって、女装など朝飯前なのだ。男としての矜持など野良犬に食わせたのである。そんなものなど残っていても面白さは生まれない。
ユフィーリアの後ろに続くショウは、
「俺もスカートは短めにした方がいいのか?」
「お前は絶対にダメ」
「何故!?」
「可愛いから」
ショウの申し出を、ユフィーリアは即座に却下した。
確かにショウの女子学生姿は可愛いだろうが、スカート短めで絶対領域など見せてしまうとよからぬ想いを抱いた変態どもが群がるに決まっている。変態野郎の好奇の視線に晒すなど出来なかった。
ショウの格好はスカート長めの優等生路線でいこうと思う。彼の真面目な性格にも似合っているので、伊達眼鏡でもかけて貰えば完璧だ。鋼鉄のスカートで夢の世界を守るのだ。
「ショウ坊、お前は可愛いことを自覚しろ?」
「俺は可愛いのか……」
「そう、お前は可愛いんだよ」
ショウに自分が可愛いことを刷り込み、ユフィーリアはさてどうするかと悩む。
制服は購買部にも売っているだろうが、エドワードぐらいの大きさはあるだろうか。あの購買部は何でも売っているというのが売りだが、女装用のチャチなものしかないだろうか。
もしそうなら今度は被服室を占拠して、制服を仕立てなければならなくなる。布は果たして被服室にあっただろうか。
その時だ。
「――――きゃああああああああああああああああああッ!!」
絹を裂くような悲鳴が、夕焼けに染まる校舎内に響き渡った。
「あ?」
廊下を悠々と歩いていたユフィーリアは、足を止めてその場を見回す。
異変は廊下の向こうからだった。
何か小さなものが大量に集まって、真っ赤に染まった廊下を飛んでくる。その気持ち悪さと言ったら、悲鳴を上げてもおかしくなかった。
虫の大群かと思ったが、違う。全身が青色の何かだ。
蚯蚓のように細長い身体から同じく細い手足を4本生やし、尖った耳とギョロギョロと蠢く黒色の眼球が特徴だ。突き出た口は左右に裂け、細かな歯が並んでいる。
手のひらに収まるほどの大きさとなった青色のドラゴンが、大量に問題児たちへ襲撃しようと向かってきていた。
「――ぎゃあああああああああああ!? 気持ち悪いんだけどぉ!?」
「ピクシードラゴンか!? 誰だこんなモンを廊下に放った奴!!」
ユフィーリアは舌打ちをして雪の結晶が刻まれた煙管を振るう。
真冬にも似た空気が廊下に漂い始める。
空気に冷たさが混ざり始めたことで、生徒たちは不思議そうに周囲を見渡していた。それがユフィーリアの得意とする氷の魔法が発動する合図とは知らないらしい。
「〈大凍結〉!!」
空気中の冷気が爆発し、飛んでくる青色の小さなドラゴンが一斉に凍りつく。
不恰好な氷像として廊下に転がる大量の小さなドラゴンは、ピクシードラゴンと呼ばれる世界で最も小さなドラゴンである。
悪戯好きでやんちゃな彼らは、群れで行動して人間や動物たちを脅かすのだ。農作物も燃やしたりするので害獣認定を受けており、見つけたら駆除することが言い渡されている。
数え切れないほど大量のピクシードラゴンは、全て卵から孵るはずだ。ピクシードラゴンの卵は小さいけれど、大量にあればどこかで見つけられるはず。
「――――ッ!!」
ユフィーリアは青い瞳を零れ落ちんばかりに見開いた。
廊下の奥で、誰かがこちらの様子を観察している。
柱の影から回見えた姿は男性にも見えるが、その濁った目は覚えがある。
学院長室で見た、ドゥンケルハイト監獄からの脱走犯であるウィドロ・マルチダに特徴が合致する。
「待てやゴラァ!!」
絶叫をすると同時に、ユフィーリアは凍りついたピクシードラゴンを踏み砕いて廊下を走る。
柱の影から様子を窺っていた男の姿は、慌てたように柱の影に引っ込んだ。逃げるつもりか。
男が逃げ込んだ廊下の奥に飛び込むが、その向こうには誰もいなかった。あの脱獄犯に特徴が合致する男の姿はなく、魔法を使って逃げたと思われる。さすがドゥンケルハイト監獄を脱走しただけある。
通りがかった生徒が怯えたように「ひッ」と上擦った悲鳴を漏らし、足を縺れさせながらユフィーリアから距離を取る。その他の生徒も何故か急いで視線を逸らした。
「ユーリ、どうしたのぉ?」
「何かあった!?」
「いきなり走って行っちゃうから驚いちゃったワ♪」
「……ユフィーリア?」
ウィドロ・マチルダを追いかけて廊下を駆け抜けたユフィーリアにようやく追いついたエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウは、彼女が纏うただならぬ雰囲気に異変を察知する。
彼らは何も知らない。
この平和そうに見える学院内に、3人の脱獄犯が潜んでいることなど。その1人が先程のピクシードラゴンを孵化させ、ユフィーリアたちめがけて放ったことも。
廊下を奥を睨みつけるユフィーリアは、
「あー、いや」
フイと廊下の奥から視線を逸らし、
「何でもねえ」
その「何でもない」という強がりは、自分でもぎこちなく聞こえるものだった。




