第4話【問題用務員と囚人の情報】
そんな訳で、毎度恒例の学院長室での説教と謝罪大会である。
「えー、この度はぁ」
「大変!!」
「申し訳ございませんでしタ♪」
「お許しください、学院長殿」
「聞き飽きた台詞だね。しかも毎度同じように謝る体勢じゃないし」
立派な執務机に向かうグローリアは、赤い絨毯の敷かれた床に並んで膝を抱えるユフィーリアたち問題児を見下ろしながら言う。
現在、学院長の鼻には綿が詰め込まれていた。
問題児が可愛がる期待の新人が身体能力上昇魔法という阿呆みたいな魔法を使って、説教中のグローリアめがけて飛び蹴りを放ったのだ。華麗に決まった飛び蹴りは顔面へ的確に叩き込まれ、情けないことに学院長は鼻血を垂らしながら脳震盪を起こして気絶していたのだ。
ようやく復帰したのは夕方であり、問題児のお説教が遅れて再開されたのだった。
「しかも僕を蹴飛ばした張本人は謝る気ないみたいだし」
「当然だと思いますが」
先輩用務員に倣って膝を抱えるショウは、淡々とした口調で言い放つ。
「顔を見かけたら何かをすると決めていたので、飛び蹴りが成功してよかったです」
「この子ってこんなに暴力的な思考回路をしてたっけ?」
「学院長はもう1発がご所望のようですね? 分かりました、次も顔面でよろしいでしょうか」
「本当に君は変わったね!? ユフィーリアたちに悪いことでも吹き込まれたの!?」
「貴方に対する恨み辛みからですね」
「よし、この話は止めよう」
自分の形勢が一気に不利になり、グローリアは強制的に話題を終了させる。
彼からすれば、信頼に於ける大切な先輩と敬愛する魔女の死亡を偽装され、あまつさえ2度も魔力暴走を引き起こす原因を作ったのだ。当然のように恨みはあるし、一生許すことはないだろう。
音もなく首を傾けたショウが「夜道にはお気をつけくださいね」と脅しかけたのが効いたのか、グローリアは青褪めた顔でガタガタと震え始めた。
ちなみにユフィーリアたちは止めなかった。驚くほど無表情のままグローリアを恐怖の底に陥れたショウに羨望の眼差しさえ送っていた。
「凄え……ショウ坊凄え……」
「あの学院長が震えてるよぉ……よほど怖いんだねぇ……」
「あの飛び蹴りも凄え綺麗だった!! 10点満点!!」
「見習いたいものネ♪」
「君たち問題児が全員揃ってショウ君のようになったら、それこそヴァラール魔法学院は崩壊するよ」
深々とため息を吐いたグローリアは、
「ユフィーリア、生徒たちは3日後に中間考査を控えているんだよ。修練場は彼らの魔法の練習場所なんだから、占拠するのは止めてよね」
「じゃあ試験会場に飛び入り参加はありか?」
「何言ってるの?」
本気で「訳が分からないよ」と言わんばかりの表情を浮かべて、グローリアは言う。
「君たちが試験会場に入れる訳がないでしょ」
「問題児だからって入れねえのかよ。うわー、コイツ差別すんのかよ。見損なったわ」
「問題児だからって理由もあるけど、君たちは用務員だよ? 試験を受ける必要のない立場なんだよ、分かってるの?」
グローリアから半眼で睨みつけられるユフィーリアは、試験会場に入れないという部分が納得できなかった。
いや、納得できないもクソもない。
ユフィーリアたちはヴァラール魔法学院の用務員であり、本来であれば中間考査を受ける必要のない立場だ。無理やり混ざれば生徒たちの邪魔になるのは当然である。
しかし、面白さや楽しさを優先するユフィーリアが聞くはずなかった。
「なるほど、用務員だからダメなんだな?」
そう言って、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を取り出す。
「はいもう次の展開は分かってるんだよ。〈魔法看破・破壊〉」
「うおッ」
バチン、とユフィーリアの手元から紫電が弾けた。
以前、植物園の結界を破壊する際に用いた魔法に近い技術だ。グローリアはユフィーリアの使う魔法を予測して、その魔法の魔力を逆流させたことで強制的に魔法を終了させたのである。
まさかグローリアが『魔法看破・破壊』を使ってくるとは思わなかったユフィーリアは極小の舌打ちをする。腐っても名門魔法学校を率いる長というのが証明された。
グローリアは「はい、立って立って」とユフィーリアたち問題児に起立を促し、
「今回の問題は修練場の出入り禁止だけにしておくよ。特にこの3日間は絶対に生徒の邪魔をしないこと、いいね?」
「考えておく」
「考えておきまぁす」
「考えておくね!!」
「考えておくワ♪」
「貴方の言葉を聞くのは癪なので、ユフィーリアの指示に従います」
「ショウ君? 僕に恨みがあるのは分かっているけど、学院長の言うことは聞いてほしいな?」
説教は終了した模様なので学院長室から立ち去ろうとするが、寸前でグローリアが何かを思い出したように「あ」と言う。
「ユフィーリア」
「ンだよ、グローリア。説教のお代わりは勘弁だぞ」
「そうじゃくて」
紫色の双眸に真剣な光を宿して、グローリアはユフィーリアを真っ直ぐに見据える。
ただならぬ気配を感じ取ったユフィーリアは、仕方なしに学院長室へ残ることを選んだ。
おそらく、以前の会議内容の続きだろう。色々と不明な部分が多かったので、何か新しい情報でも得たのか。
「お前らは先に戻ってろ」
「でも……」
「ちょっと話をするだけだ」
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えて笑うユフィーリアは、
「大丈夫だ」
☆
部下の4人が学院長室を退出したところを見届けて、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りする。
閉ざされた学院長室の扉に薄い膜のようなものが張られ、それは学院長室全体を包み込む。
防音魔法だ。扉は施錠魔法で閉じられるが、音が漏れてしまう可能性がある。今回の件に全く関係のない彼らに聞かせるような話の内容ではない。
ユフィーリアは改めてグローリアに向き直り、
「で?」
「脱獄した囚人の情報が分かったよ」
グローリアが指を弾くと、どこからか丸められて筒状になった羊皮紙がユフィーリアの目の前に出現する。
ご丁寧なことに、封蝋まで施した正式な文書形態の羊皮紙だ。
ユフィーリアが羊皮紙を受け取れば自動的に封蝋が解かれ、紙面に記された脱獄犯に関する情報を明かす。
上から下までビッシリと文字が書き込まれた羊皮紙には、囚人の情報が詳細に至るまで記載されている。
「ウィドロ・マルチダ……」
「300年ぐらい前かな、禁じられているはずのドラゴンの卵を孵化させて国を1つ焼け野原にした死刑囚だね」
平然とそんなことを言うグローリアの表情は変わらない。彼にとって、あの程度の事件は凶悪でも何でもないようだ。
300年前、飼育や所持を禁止されているドラゴンの卵を無断で所持した挙句、それを孵化させてしまったことが悲劇の始まりだった。
そのドラゴンの卵を孵化させた張本人――ウィドロ・マルチダは、ドラゴンの子供をやはり無断で飼育し、自分の住んでいた国を焼け野原に変えたのだ。ドラゴンの吐き出す炎によって国は燃え、人々は焼け死に、多数の死者を出した悲劇となった。
ドラゴンは当時のヴァラール魔法学院の教職員によって討伐され、ドラゴンの親であるウィドロ・マルチダはドゥンケルハイト監獄に収容された。死刑を言い渡された彼は、いつしかやってくる自分の死刑の瞬間を待ち続けていた。
「ドラゴンは基本的に資格を持つ人じゃなければ飼育してはダメなんだけど、ウィドロ・マルチダは独学でドラゴンの卵の孵化に成功したみたいだね。死んだら脳味噌がほしかったんだけど、脱獄の件は見過ごせないなぁ」
「それにコイツ、過去に2度ぐらい無断でドラゴンの卵を孵化させてるだろ。あの悲劇で3度目か」
「3回も独学で卵を孵化させたの? うわあ、ますます脳味噌がほしいよ。今からでも終焉を取り消せないかなぁ?」
「却下」
囚人の脳味噌がほしいと宣うグローリアに冷ややかな視線をやり、ユフィーリアは羊皮紙を丁寧に折り畳んでグローリアに突き返した。
「いいの?」
「覚えた」
「君は頭がいいなぁ」
グローリアは突き返された羊皮紙を受け取ると、炎の魔法によって羊皮紙を燃やしてしまう。
これでいいのだ。
重要な情報が記された紙は、裁断して捨てるより燃やして捨てた方がいいのだ。修繕魔法を使って修復される心配もない。
ユフィーリアは黒い外套の裾を翻し、
「ソイツを終わらせればいいんだろ?」
やることは決まっていた。
情報を得れば、あとは終わらせるだけ。
簡単な仕事だ。




