第2話【問題用務員と身体能力上昇魔法】
身体能力上昇魔法とは、身体を巡る第2の血液とも呼ばれる『魔力』を反応させ、自分の身体を思い通りに動かす魔法である。
この魔法によって常識の通用しない動きが出来る反面、体内の魔力によって強制的に身体を動かしていることから、使用者の体格によって制限時間が異なることと、使用後は酷い筋肉痛などに見舞われる可能性があることが挙げられる。
制限時間を超過すれば今度は筋繊維が切れる可能性が高くなり、魔力が流れる部分である魔力回路が損傷してしまえば魔法が使えなくなることも考えられるのだ。
用法容量を守って正しく使えば割と強力で、なおかつ実戦に使える魔法なのだが、最近のヴァラール魔法学院では身体能力上昇魔法を教えることはなくなってしまった。理由は不明だ。
「――以上が『身体能力上昇魔法』の説明だ。理解したか、ショウ坊?」
「ああ」
ユフィーリアの説明を受けたショウは、しっかりと頷いた。さすが理解力の高い期待の新人である。
「魔法で自分の身体を思い通りに動かすというものは凄いな」
「自分の身体が対象になると『身体強化』とかの補助系魔法になるんだけど、他人の身体が対象になると『操作・洗脳』の呪詛系魔法になるんだよな」
対象物が違うだけで聞こえが怖い魔法に早変わりである。
ちなみにヴァラール魔法学院では、体育の授業の際に身体強化の補助系魔法は少しだけやるが、操作・洗脳などの呪詛系の魔法はしっかりと専門の授業が存在するのだ。陰湿な魔女・魔法使いの誕生である。
これで少し体育系の魔法の授業が増えれば肉弾戦でも戦える魔女・魔法使いが生まれるのだが、不思議なことに頭を使う魔法しかやらないのだ。おかげで魔女・魔法使いは「魔法を使わせなければ勝ち」などと陰で言われる始末である。
まあ、そんな他人の心配などさておき。
「問題はこの身体能力上昇魔法を使う時の制限時間だな」
「超過すれば身体に異常を来たすと言っていたが……」
「筋繊維が吹き飛ぼうが足が千切れようが、最悪の場合は治癒魔法を使えば問題ねえんだけどな。魔力回路――身体の中で魔力が流れている部分が損傷したら洒落にならねえ」
これが1番厄介な部分である。
この魔力回路だが、治療は困難である。治癒魔法も適用外であり、修復はほぼ不可能だ。
魔力回路の損傷程度では日常生活に不便なことはないが、魔女・魔法使い生命を絶たれると言ってもいいだろう。魔女や魔法使いにとって、命の次に優先しなければならないのが魔力回路だ。
ユフィーリアは「そんな訳で」と言って、自らの両腕を広げた。
「ん」
「ん?」
「んッ」
両腕を広げた状態を強調するユフィーリアに、ショウが首を傾げる。
「触診するんだよ。お前が大体どれぐらい身体能力上昇魔法を使えるかっての」
「へあッ」
ショウの口から変な声が漏れた。
「え、えと、それはその、同性にやってもらうとか、ハルさんとか」
「オレには無理だよ、ショウちゃん!!」
広々とした修練場を馬鹿みたいに駆け回っていたハルアが、器用に足を止めて言ってきた。
「オレ、ショウちゃんがどれほど筋肉あるかってのは分かるけど、身体能力上昇魔法がどれほど使えるのかは判断できないよ!! 魔法使えないしね!!」
「え、じゃあエドワードさん……」
「ごめんねぇ、ショウちゃん。俺ちゃんも無理だよぉ」
ユフィーリアのすぐ側で身体能力上昇魔法の説明を受けていたエドワードが、ほんわかと否定してくる。
「残念だけどぉ、俺ちゃんも魔法が使えないからねぇ。ユーリにやってもらった方がいいよぉ」
「あうあう」
逃げ道を完全に塞がれた模様のショウは、ジリジリと距離を詰めてくるユフィーリアから同じくジリジリと離れていく。全く距離が縮まらない。
別に疾しいことなんてないのだ、ちょっと触診するだけだ。
それはまあ異性に抱きつかなければならないという思春期男子にはアレ的なものだが、これは身体能力上昇魔法に必要な事項なのだ。避けて通れない道である。
「ショウ坊」
「ちょ、ちょっと待て、待ってくれ、まだ心の準備が」
「ショウ坊」
「うう……」
恥ずかしそうに頬を赤らめるショウは、観念したように両腕を広げた。
「あの、優しくしてくれると……」
「大丈夫だ、乱暴にはしねえよ。力抜いてろ」
手始めにユフィーリアはショウの腕を握る。
出会った頃は細くて今にも折れそうな腕だったが、ここ最近の食生活のおかげで肉付きがよくなってきたようだ。袖の向こうに隠された二の腕も弾力があり、しっかりと肉がついている。
食生活が改善されたとはいえ、まだまだ腕は細い。このまま力を込めれば骨折してしまいそうなほどだ。この華奢な腕で弓を引ける力があることが奇跡である。
腕や肩に触れながら、ユフィーリアは「うーん」と眉根を寄せる。
「まだ筋肉が足りねえなァ。飯はちゃんと食ってるけど、あまり肉がつかねえ体質なのかな」
「そうだろうか」
「エドほどとは言わねえが、せめてハルぐらいにはしてえよな」
エドワードは一目で分かるほど筋骨隆々とした肉体美の持ち主なので、ショウがあの体格になった正直なところ恐怖しか湧かない。一瞬だけ想像しかけて、すぐに脳内からムキムキなショウの幻覚を追い出した。
ハルアは小柄で鍛えていなさそうに見えるが、同年代の魔法使いと比べると筋肉量はある方だ。日頃から広い校舎内を駆け回っているのが影響しているのか、しなやかな筋肉がついている。
彼の場合、元の運動神経がすこぶるいいので、おそらくそれも原因の1つだろう。ショウの現在の筋肉量から鑑みると、ハルアと同じぐらいの筋肉量を目指した方が早い。
腕や肩の触診を終え、ユフィーリアはショウの腰に抱きついた。
「ぴッ」
「動くな、力抜いてろ」
カッキーンと石像よろしく固まるショウの腰回りや背中の筋肉などを触って確かめ、身体能力上昇魔法に耐え得るか調べる。
体重も増えている模様であり、出会った頃と比べて肉付きもマシになってきた。本音で言えばもう少し食べた方がいいのだが、時間はまだたっぷりあるので、これから体質の改善に努めることにしよう。
むぎゅむぎゅとショウの薄く華奢な身体を抱きしめ、ユフィーリアは「よし、いいぞ」と解放する。
「終わった、か?」
「終わったぞ」
「よかった……」
ホッと安堵の息を吐くと同時に、ショウはその場にへなへなと座り込んでしまった。
触診をしただけで膝から崩れ落ちるとは聞いていない。それほど強く掴んだり抱きついたりしてしまったのだろうか、とユフィーリアは焦りを覚えた。
顔を覆い隠すショウにハルアが駆け寄り、膝を折って可愛い新人と目を合わせる。「大丈夫!?」と彼が問えば、ショウはかろうじて頷いた。
「思いの外……」
「うん!!」
「小さくて、少しひんやりして、柔らかくて、いい匂いがした」
「そうなんだ!!」
「もうお婿に行けない……」
「それは大変だ!!」
ボソボソと喋るショウに元気よく相槌を打ち、ハルアはユフィーリアに勢いよく振り返る。
「ユーリ!!」
「な、何だよ。触診は必要なことだったんだぞ」
「責任取って!!」
「ゲホッ」
噎せた。
「ショウちゃんを責任取ってお嫁さんにしてあげて!!」
「何でそんな話が飛躍するんだ……?」
「お婿さんに行けないって言ってたから!! 抱きついてベタベタ触るのは刺激が強すぎると思うよ!!」
「思春期の男の子には刺激が強すぎちゃったかァ」
さすがにやっちまったモンは仕方がないので、未だに顔を覆ったまま座り込むショウの前にしゃがみ込み、ユフィーリアは「ごめんな」と謝る。
「もう触診とかしないから安心しろ」
「え……」
「今度からお前の親父さんに頼むから」
冥府を牛耳る冥王の補佐官に、ショウの実の父親が働いているのだ。彼もまた魔法の知識は豊富なはずなので、触診が必要な場面になったら通信魔法で連絡を取るようにしよう。実の父親であれば、彼も精神的に安心だろう。
ショウは少しだけ寂しそうな表情でユフィーリアを見上げ、黒い外套の裾を摘んで引き止める。
耳まで赤く染まった彼は、絞り出すような小さな声で訴えてきた。
「いや、じゃなぃ、から……」
窺うように見つめてくる彼の赤い瞳には、ゆらりと炎が揺らめく。
「そんなこと言わないでほしい……」
「でも、同性の方が安心するだろ?」
「まだ心の準備が出来てなかっただけで、その……」
ショウは少しだけ言い淀み、消え入りそうな小さな声で言う。
「俺は、ユフィーリアがいい……」
はい、可愛い。
もう天変地異の前触れかと思うほど可愛い。こんな可愛い生物がいるのだろうか? ここにいた。
ユフィーリアは修練場の天井を見上げて「ふー……」と静かに息を吐き出し、可愛いと叫びたくなる衝動を理性で抑えた。
「よーし、ショウ坊」
「?」
「立てるか?」
「あ、ああ」
しっかりと自力で立ち上がったショウを見届けて、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を振る。
すると、今まで何もなかったはずの修練場の地面がモコモコと盛り上がる。
少し小高い山を形作ったり、柱のような形で地面から突き出てきたり、あっという間に修練場の地面が障害物を形成した。
ポカンとした様子の可愛い新人の背中を軽く叩き、ユフィーリアは言う。
「身体能力上昇魔法を使うんだから、これぐらいは飛んだり跳ねたり出来ねえとなァ?」
身体能力上昇魔法を使えば簡単に越えられるほどの障害物ばかりだ。もし転落などの怪我の可能性が出てくれば、即座に魔法で対処するつもりである。
まずは簡単に身体を解してから、魔法の授業である。いきなり魔法を使えば初っ端から身体を痛めてしまう可能性が考えられる。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、
「ショウ坊、まずは簡単に身体を解しとけ」
「分かった」
「ハルはショウ坊を手伝ってやれ」
「うん!!」
暇そうなハルアにショウの手伝いを命じて、ユフィーリアは修練場に出現させた障害物の微調整をするのだった。




