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ヴァラール魔法学院の用務員は今日も問題を起こす  作者: 山下愁
第11章:試験会場では賑やかに〜問題用務員、試験会場乱入事件I〜
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第1話【問題用務員と中間考査】

 桜も散り始めた頃合いに、ヴァラール魔法学院では生徒たちにとって最も嫌な行事が待っていた。



「〈炎よ燃えろ〉!!」


「〈水よ蠢け〉!!」


「〈風よ吹け〉!!」



 放課後を迎えた中庭では木の枝みたいな杖を片手に、魔法の呪文を叫ぶ1年生たちが見える。誰も彼も教科書と睨めっこをしながら、上手く発動しない魔法に四苦八苦している様子だった。


 そんなピッカピカの1年生を眺める人物が1人。

 名門魔法学校であるヴァラール魔法学院にいて最大級の問題児と謳われる集団、その筆頭が微笑ましそうに魔法の練習中である生徒を見下ろしていた。


 透き通るような長い銀髪と色鮮やかな青い瞳、高級人形と真っ向から張り合える絶世の美貌。白磁の肌を強調させる肩のみが剥き出しとなった特殊な形の黒装束を身につけ、愛用の煙管キセルを悠々とくゆらせる。

 慈愛に満ちた表情で魔法の練習中である1年生たちを眺める銀髪碧眼の魔女は、穏やかな口調でこう言った。



「――くっだらねえ」


「え、今のそんな雰囲気じゃなかったよねぇ?」


「え?」



 銀髪碧眼の魔女、ユフィーリア・エイクトベルは隣で同じように1年生たちの魔法練習を退屈そうに眺めていた強面の巨漢へ視線をやる。


 灰色の短髪に銀灰色ぎんかいしょくの双眸、泣く子が黙るどころか命乞いでもしてきそうなほどに人相は悪い。美人なユフィーリアと並び立つと、美女と野獣という表現が相応しいかもしれない。

 見上げるほど身長は高く、筋骨隆々とした肉体を迷彩柄の野戦服に押し込む。ただし胸元は窮屈なのか大胆に開放した状態で、首からは犬が躾に用いる口輪を装飾品アクセサリー感覚で下げていた。


 強面の巨漢、エドワード・ヴォルスラムは「え? じゃないでしょぉ」と言う。



「すんごい微笑ましそうに見てたじゃんねぇ」


「いや、凄え下らねえなァと思って」



 雪の結晶が刻まれた煙管キセルをスパーと吹かすユフィーリアは、



「もうすぐ中間考査だか何だか知らねえけど、魔法の練習をするんだったら修練場に行けっての。魔法の呪文がうるさくて、おちおち昼寝も出来やしねえ」


「今の時期になるとぉ、修練場は完全に予約制となるからねぇ。1年生だとあんまり場所が取れないよねぇ」


「じゃあ迷宮区ダンジョンに行ってこい。実戦で覚えろ」


「1年生のうちから迷宮区ダンジョンなんて行けばねぇ、確実に心的外傷を残して帰ってくるじゃんねぇ。そのまま寮の部屋に引きこもったらどうするのよぉ」


「辞めればいいんじゃねえかな、学校」


「辛辣だねぇ」



 やれやれとばかりに肩を竦めるエドワード。


 そう、1年生たちが魔法の練習をしている理由は、3日後に中間考査が控えているからだ。1年生に限らず、学生全体にとっての嫌な行事となる。

 ただしヴァラール魔法学院は、筆記試験をやらない方針を掲げている。実技試験のみで評価を与え、成績をつける仕組みだ。これで筆記試験での成績の上下は関係なくなり、完全な魔法の実力によって優劣が決まる。


 ――というのは表向きに発している情報だが、真実は非常に簡単なことだ。



「あーあ、中間考査の時期はいい小遣い稼ぎが出来たんだけどなァ」


「そうだねぇ」



 初級の火魔法に失敗して前髪がチリチリに焦げた1年生をぼんやり眺めながら、ユフィーリアとエドワードは揃ってため息を吐く。


 ヴァラール魔法学院の試験が実技のみとなったのは、ユフィーリアたち問題児が試験の問題用紙を職員室や教職員寮から盗み出して、成績の悪い生徒に売りさばいていたのが原因だ。あの時は非常にいい小遣い稼ぎが出来たものである。

 成績の悪い生徒は緩い生活しかしてこなかった二流や三流貴族が多いので、金だけは持っているお坊ちゃんお嬢ちゃんに問題用紙は飛ぶように売れたのだ。普段は成績の悪い生徒が試験期間だけは優秀な成績を残すので、不審に思った教職員が生徒を尋問して問題児が関係していることが明らかになってしまったのだ。


 これが生徒中心であれば対策はいくらでも施せただろうが、相手が問題児となれば話は別だ。どれほど対策を施そうと、魔法の天才と呼ばれたユフィーリアが主導する限り、問題用紙は必ず盗み出されてしまう始末である。

 そんな訳で、教職員たちの嘆願によって、ヴァラール魔法学院の試験は実技のみとなったのである。


 不満げに煙管キセルを吹かすユフィーリアは、



「もういっそ、生徒に紛れて中間考査の試験会場に乱入した方が面白いんじゃねえのかな」


「それはいい考えだねぇ」


「だろォ?」



 ユフィーリアとエドワードで互いに顔を見合わせ、悪い笑みを見せたその時だ。



「ユフィーリア、エドワードさん」


「お、ショウ坊」


「あらぁ、ショウちゃんだねぇ。どうしたのぉ?」



 廊下の向こうから、極東の伝統衣装である『着物』を魔改造したような格好の少年が、長靴と融合した下駄をカラコロと鳴らしながらやってくる。


 艶のある黒髪を可愛らしくお団子に纏め、鈴のついた赤い髪紐がチリチリと小さく音を奏でる。紅玉に勝るとも劣らない色鮮やかな赤い双眸が真っ直ぐにユフィーリアを射抜き、少女めいた顔立ちは儚げな印象が先行する。

 彼が動くたびに雪の結晶の模様が刻まれた長い袖が揺れ、真っ黒な外套コートの裾はさながら淑女のドレスの如く翻る。抱き寄せれば折れてしまいそうな腰は帯を想起させる真っ白なベルトを巻き、真っ赤な組紐が色を添えていた。


 可愛い新人のショウである。ユフィーリアとエドワードを見つけることが出来て嬉しいのか、彼の背後にポコポコと小さな花が咲いているような幻覚が見えた。うん、今日も可愛い。



「たまたま姿を見かけたから、声をかけてみただけだ」



 小さくはにかむショウに、ユフィーリアは思わず天を振り仰いだ。エドワードなんかは胸を押さえて蹲っていた。



「えと、どうした……?」


「ちょっと待てショウ坊、今お前の可愛さを噛み締めてる」


「俺ちゃんの心臓がまろび出そう」


「ええ……?」



 奇怪な行動にやや困惑した様子を見せるショウは、



「そういえば、生徒たちがやたら魔法に力を入れている様子だが」


「ああ、中間考査が近いからな」



 天変地異を引き起こし、世界中から争いをなくす勢いがあるショウの可愛さを存分に噛み締めてから、ユフィーリアはようやく平常心を取り戻せた。


 窓の向こうに広がる中庭の様子に視線をやっていたショウだが、ユフィーリアの言った「中間考査」という単語に反応を示す。

 彼は小首を傾げると、



「魔法学院にも中間考査はあるのだな」


「そりゃまあ、学校だからなァ」


「中間考査とは懐かしいな。家に帰りたくなくて、学校の最終下校時刻ギリギリまで勉強をしていたから、中間考査や期末考査はありがたかったな」



 どこか遠い目をしながら、ショウは言う。



「……どれほど勉強をし、どれほどいい成績を修めたとしても、叔父さんや叔母さんは納得せずに暴力や小言の連続だったが」


「ショウ坊、考えちゃダメだ。忘れろ忘れろ」



 ショウの華奢な肩をガシッと掴み、ユフィーリアは遠い目をする彼を現実に引き戻させた。



「よし、ショウ坊」


「何だ?」


「中間考査3日前だけど、ここで魔法のお勉強のお時間だ」



 叔父夫婦による虐待の記憶を上書きするには、それなりに刺激のあることをすれば忘れるだろうとユフィーリアは判断した。


 という訳で魔法のお勉強である。

 ここは魔法が主流となった世界、エリシアだ。箒で空を飛べるし、人間は動物に変身できるし、本気になれば透明にだってなれちゃうのだ。ショウが今まで生きていた世界とは違うことを教えてやらなければ。


 赤い双眸を瞬かせたショウは、



「どんな魔法を教えてくれるんだ?」



 ニヤリとユフィーリアは笑うと、



「自分の身体を思い通りに動かす魔法」



 ☆



 場所を移動した方がいいと判断し、ユフィーリアたち問題児が向かった場所はヴァラール魔法学院の修練場である。


 修練場とは魔法の練習に使う場所であり、試験時期が近づくと予約しなければ使えないことになっている。現在も予約した生徒で長蛇の列が出来ており、並んでいる間は教科書を読みながら魔法の呪文を復習している様子だった。

 実に勉強熱心な生徒たちである。これには教職員もニッコリではないだろうか。



「並んでるよ!?」



 長蛇の列を眺める毬栗いがぐりのような髪色の少年、ハルア・アナスタシスがデケェ声で叫んだ。

 赤茶色の短髪と琥珀色の双眸、18歳と言い張る割には幼さを残す顔立ち。数え切れないほどの衣嚢ポケットを縫いつけた黒いつなぎを身につけ、お洒落よりも機能性を重視した格好となっている。無数の衣嚢が少しばかり異様な雰囲気を漂わせていたが。


 長蛇の列を指で差したハルアは、



「どうすんの!?」


「追い出すに決まってんだろ」



 笑いながら言うユフィーリアは、



「アイゼ、やれ」


「あいあいサ♪」



 ユフィーリアの「やれ」の一言に応じたのは、南瓜かぼちゃ頭の娼婦である。


 収穫祭で見かける橙色の南瓜で頭部を覆い、零れ落ちる長い頭髪は色鮮やかな緑色。豊満な体躯を露出の多い紫色のドレスで包み、スカートに刻み込まれた深い切れ込みから艶かしい足が覗く。

 南瓜頭の消費、アイゼルネは即座に了承の返事をすると、確かに存在する胸の谷間から1枚のトランプカードを引っ張り出した。その瞬間を近くにいた男子生徒がチラ見していた。


 トランプカードをひらりと放ったアイゼルネは、



「〈私は恐怖を抱くモノに化ける《トリック・オア・フィアーズ》〉」



 空中をひらひらと舞っていたトランプカードだが、突如としてポンと消えた。


 一体どこに消えたのかと思った瞬間、長蛇の列のその向こうから幾重にもなった悲鳴が聞こえてきた。

 同時に大勢の生徒が修練場らしき扉から飛び出してくると、並んでいた生徒たちも修練場の様子を覗き見してから回れ右をする。脱兎の如く逃げ出した生徒たちは、全員揃って青白い顔で目には涙を浮かべていた。


 修練場の列に残ったのはユフィーリアたち問題児だけである。本来なら生徒たちで溢れていた修練場を横から掻っ攫い、自分がルールだと言わんばかりに占拠する。



「ユフィーリア」


「どうした、ショウ坊?」


「あの、ちゃんと並ばなくてよかったのか? 生徒たちは中間考査を控えているのに」


「知っているか、ショウ坊」



 ユフィーリアは綺麗な微笑みをショウに向けると、



「魔法の練習って校庭とか屋上でも出来るんだぜ?」


「なるほど、修練場が使えなくても他の場所で練習をすればいいと」


「そういうことだ」



 どのみち理不尽なことに変わりはない。

 生徒たちから魔法の練習の機会を奪ってしまったのは事実なので、ユフィーリアたち問題児はあとでコッテリと絞られることだろう。時間の問題である。


 広々とした修練場に足を踏み入れた問題児は、



「さて、ショウ坊」



 可愛い新人に振り返り、ユフィーリアは言う。



「これから教える魔法の正式名称は『身体能力上昇魔法フィジカル・アップ』だ。心してかかれよ」


「ああ、よろしく頼む」



 そんな訳で、魔法の天才による魔法の授業第2弾が開始された。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 山下愁さん、こんにちは! 新作、楽しく読ませていただきました! 斗真「・・・ユフィーリアさん、用務員の皆さま方、この度は僕の保護者が夜中に部屋に忍び込んで、シーツを鼻血で血まみれにしてし…
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